見出し画像

意欲的になる方法

〈エネルギーがなければ、誰もやれない〉
==エネルギーさえあれば、誰でもやる説==

さて、エネルギー説を称えた。
それはこのようなものである。

“ひとは、エネルギーがあれば、自然に活動的かつ、意欲的に行動するものである”


これが、第一定理だ。
ここから、第二定理を導こうとすれば、簡単だ。要は、エネルギーさえあれば、自然に、活動的で、意欲的な行動をするということであるなら、今自分に問いただして、枯渇気味だなあと感じるなら、エネルギーを増やさなければならないし、逆に、いや、すでに、活動的だというのなら、問題はないということだ。
第二定理を導くとこうなる。
では、エネルギーとはそもそも、どのように生じるのかということが、疑問なる。
その答えは、次のようなものである。

①他者のして欲しいことと、自分のしたいことが、常に、アンバランスだが、バランスを取るようにすると、エネルギーが得られる

②自分のしたいことができていないひとは、エネルギーが、不足している状態にあるため、他者のして欲しいことを優先的に先行して、終わらせることが先決であり、そのほうが、エネルギーが得られやすい

③エネルギーを得るには、瞑想などの休息処置も必要である

④やることリストのうち、自分のしたいことが、半分、他人のして欲しいことが、半分であれば、そのバランスは取れているとみなせ、エネルギーが、得られやすい


このようなものが最低でも挙げられる。

〈潜在的なエネルギーを得る方法〉

では、貯金みたいに、潜在的なエネルギーを溜め込むには、どうすれば良いだろうか。
それも簡単であり、この貸借対照表のように、他者のして欲しいこと(+)と、自分のしたいこと(-)をあえてアンバランスにすることが、良いだろう、と結論づけられる。

他者のして欲しいこと例;+

①家族は、家事を先行して、して欲しい
②家族は、草刈りを先行し、して欲しい
③両親は、学習を主体的にして欲しい
④上司は、仕事を主体的にして欲しい

自分のしたいこと例;−

①ゲームがしたい
②ピアノが弾きたい
③本を読みたい
④漫画を読みたい

などがある。
この貸借対照表をあえて、他者寄りにし、少々、アンバランスにすれば,意外と、自分のしたいことへのエネルギーが、得られるということだ。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?