海
アラームが鳴る前の、7時過ぎに起きた。
夏休みの生活リズムは狂っているが、楽しみな予定がある日は朝型人間に急変する。
時間に余裕があったので、ゆっくり準備をした。久しぶりに赤と黒のワンピースを着た。
寮の廊下に、長蜘蛛が現れた。いかに退治しようか考えながら、ひたすら壁を這っていくさまを凝視していた。こいつは何がしたいんだ?
後輩の部屋のドアをノックし、寝ぼけ眼のふたりに手伝ってもらって、蜘蛛をころした。
約束の9時20分ぴったりに、恋人が車で来てくれた。「京都から日本海を見る」旅行のはじまり。
朝マック食べたいね、と彼に言われた。朝食は済ませていたが同意した。ちょうどマックのバーガーを食べたい時期だったし、そういえば昨日バーガーの夢を見たんだった!ふたりともマフィンのセットを頼んで、ドライブ中に頬張った。
彼は、自分のApple Musicに入っている、ジャンルがバラバラな曲をランダムで再生し、気分によって何曲も飛ばしていた。
特徴的な声が聞こえて、これKing GnuかTempalayかわからん、と私が言うと、King Gnuでしたー、と彼は返した。Shazamにかけたら、Tempalayの「のめりこめ、震えろ。」だった。
私は終始助手席を担当した。ほんとうに申し訳ないが無免許なのである。疲れた?と彼に確認するたび、余裕です、とさらりと言われた。
こわい道を抜けたとき、命を預けるよ、と私が軽く口に出すと、もうずっと預かってるよ、と彼が言ったのがうれしかった。
ながいながい道のりだった。雨が何度も降っては晴れた。
道の駅に着いた。混み混みの駐車場だったが運良く停められた。そこから階段を降りて、伊根町の舟屋群を見に行った。
日差しの強さはあったけれど、適度に風が吹いて清々しい気候だった。
海があおくてきれいだった。
歩いて飲食店を探した。しかし、どこも行列ができていたりランチが終わっていたりした。
細い路地にあるカフェでサイドイッチを頼んだ。私はたことわさび、彼は海老。彼は売り切れていた他のものが食べたそうだったので、可哀想に思った。
車に戻る途中、にわか雨に降られた。あわててふたりで走った。
そのあとのドライブでは、リリー・フランキーさんのアダルトなラジオをほぼ無言で聴いた。
宮津のスーパーで日本酒とビールとおつまみを買ってから宿へ向かった。
宿のお部屋はオーシャンビューで、すごく素敵な和室だった。手厚いお出迎えと設備紹介をしてくださった女将さんが退席されたあと、あかるいお部屋で立ってセックスした。浴衣に着替えて、他に使うお客さんがいないため貸し切り状態だった、家族風呂という名の混浴風呂に向かった。
私たちはおのおの淡々とからだを洗い、自分のタイミングで湯船に浸かった。ここからも海が見えた。彼は疲れが癒えたようなため息を何度かついた。
部屋に戻り、買った缶ビールを飲もうとしていたら、給仕の方がお見えになった。夕飯の準備をしようとしてくださったのでビールは断念した。
貝の酢の物、お刺身、焼き鮭、天ぷらなど、お魚がふんだんに使われたきれいなお料理が並べられた。宮津と玉川という地酒を1合ずつ追加して、彼と分け合った。ぜんぶ美味しくて、しみじみと幸せを感じた。
しずかに、お互いの家族の話をした。一度きいて忘れていた、彼の名前の由来をふたたび教えてもらった。
また、根本的に私と彼とはけっこう異なるのだと再認識した。彼は、考えすぎていた自分を自覚し、今は深く考えないようにしていると言った。考えることが好きな私にとってはそのことがどうしても理解できずにいる。けれどもべつに、彼は理解などされたくもないだろうし、湿度のないフラットな会話を望んでいるのだろうとも思った。からかったりしょうもない話をしたりかわいがったり、彼が私に対して求めていることは、多分それだけ。
缶ビールをあけた。そのあと、彼はインスタやYouTubeに上がっているネタ動画を延々と見せてきた。興味はないが彼が面白がっているならいいと思った。彼がこうして、自宅で夜をダラダラと過ごしている様子を想像した。
消灯して、彼は寝て、私は布団の中で日記を書いた。寝息をたてていると思ったら、彼は急に起き上がり、座った体勢で布団に突っ伏した。私が声をかけて背中をさすると、また横たわって眠った。
私はこの人のことがわからない。それでもなお、
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