ちょっと未来志向で

初めまして!
くるくる坊主と申します。

2024年となり、何か新しいことを始めてみたいなと思っていたところ、自分の希望とnoteが重なるところがありましたもので、やってみたいと一念発起したところです。

私がどんな人物か、至極簡略に。
・九州のとある県の浄土真宗本願寺派の住職です。
・本願寺派の宗門関係学校の職員をしています。
・さまざまなご縁により、お念仏の人生を歩ませてもらっています。

あんまり個人的なことは載せなくてもいいかな、と思っております。
私が読み手ならどうでも良いと思ってしまうので(笑)

次にnoteを始めさせていただく理由について。
日々の生活のルーティーンの中で、あることに気づきました。

「ご法話で話せる何かネタはないかな~?」と考えている時間が意外と多い

ということ。
1つ補足が必要ですね。「ご法話」って??
これは簡単に申しますと、「仏さまのお話」になるかと思います。
仏さまの教えを、私というフィルターを通して、縁ある方々へお伝えする。
浄土真宗という仏教では重視をします。
私自身も法話させていただくこともあり、皆さんに「より伝わる法話」を目指して、若造なりに日々アンテナを張っているところです。

ただ、ただですね。
ご法事や法要(お寺での法話含む)でのお話では、ちょっとこぼれてしまいがちな法話ネタがあるなあ、と感じていたところなのです。
便利なものでスマホでちょこちょこメモ程度に残していたのですが、折角ならばそんな法話ネタたちにも活躍してもらいたいな、と思っていました。

そんな場所を探していたところ、出遇ったのがこのnoteです。

普段お話させていただくご法話から漏れがちな、いわばアウトテイクなご法話をまとめていきます。
意外と私自身の本音や、実は最も伝えたいことも出てきそうな気がしていますので、場合によっては脱アウトテイクになるかもしれません。
(それが期待しているところですが 笑)
あまり肩肘張らずに、備忘録としてもこの場を使わせていただきたいと思っています。
お読みいただいている皆さんも、気楽にお付き合いくださいませ。

では早速年初のご法話を。合掌、南無阿弥陀仏、礼拝。

今年の目標として、タイトルの通り「ちょっと未来志向で」というものを念頭に置いていきたいなと思っています。
40歳を過ぎて、「自分ってこんな人間だな」と痛感することがあります。
その一つに「意外と過去のことにこだわってくよくよしてるな、お前」ってところです。
日々の仕事・生活の中で、上手くいくことよりも失敗すること、後悔することが多い私。
にしても結構な量で、過去に囚われがちだな…と思っています。
もちろん過去の失敗や後悔を受け止め、改善をしていくのはこれからも必要なことです。しかし、それにしても要するに引きずり過ぎ!

そんなことをぼんやり考えていた年始に、お釈迦さまの言葉を思い出しました。

過ぎ去れるを追うことなかれ。
いまだ来らざるを念(おも)うことなかれ。
過去、そはすでに捨てられたり。
未来、そはいまだ到らざるなり。
されば、ただ現在するところのものを、そのところにおいてよく観察すべし。
揺らぐことなく、動ずることなく、そを見きわめ、そを実践すべし。
ただ今日まさに作すべきことを熱心になせ。

「一夜賢者の偈」(増谷文雄訳『中部経典』より)

私が仏教を学び始めた頃に出遇った、今でも背中を押していただいている言葉です。
過去は過ぎ去った、未来はまだやってきていない。
だから今やるべきことを精一杯やりなさい。

スラムダンクの珠玉の名シーン、桜木花道の「俺は今なんだよ」ですね。
今でもこのシーンでは涙ですね、やっぱり(笑)
今(現在)を大切にしなさい、ということ。
同時に年初の目標として、ちょっと今の気分でアレンジさせていただきます。(お釈迦さま、ちょっとごめんなさい)
今を大切にしながら、半歩先の「ちょっと未来」を考えながら行動してみる、ということです。
自分の性格上、今を大切にする=今に囚われる、に持っていかれがちなので。そこはやんわりとアレンジです。
ベースは「一夜賢者の偈」です、もちろん。

「ちょっと未来志向で」考え、行動し、生活する一年にしてみたいなと思っている次第です。それが今を大切に生きることにつながる予感がしています。
その一つがこのnote開設なのでしょうか。
読んでいただいている皆さんは、どんな年初の目標を立てられましたか??
まあ、慌てずぼちぼち行きましょう。

本日もお参りいただき有難うございました。
合掌、南無阿弥陀仏、礼拝。





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