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野田クリスタルという天才の偉業、バグだらけの納品 ~スーパー野田ゲーPARTY謝罪会見を見て~
納品後にバグが発見される。
このフレーズを怖いと思うのは基本的にSE等の職種に就いている人だと思う。もしくは、プロのクリエイター。
しかし、それがお金になる瞬間を僕は目撃した。
昨年のR-1およびM-1王者、マヂカルラブリー野田クリスタルが販売した、「スーパー野田ゲーPARTY」という、Nintendo Switchによる配信限定のゲームが、まさにそれだった。
僕は衝撃を隠せなかった。社会というものはまだほとんど理解できていないし、知識も足りない。そんな僕ではあるが、「バグがお金になる」という点だけを見て感じたこと、考えたことをここに記そうと思う。
自分は今、ITエンジニアとして働いている(休職中ではあるが)。日々のストレスは人それぞれだと思うが、自分は「納品後にバグが発見される」というストレスに怯えることが大半であった。もちろんユーザーはバグのない、求めている通りのモノ、もしくは少し付加価値をつけた製品を受け取りたいと思っている。例えばUIがより良いものになっているとか。無論、ユーザーの思い通りに動かない製品や、分かりにくい製品は作り直しだ。それが納品後に判明したとなればとんでもないことだ。納期はさらに遅れ、どこのプログラミングで間違えたのかを突き止め、修正し、再度テストを行い、会社自体がきちんとしている所だと、なぜ今回のバグが起こったかを話し合い、特定し、今後二度と同じようなエラーが起こらないような仕組みを考え、体制や業務の進め方から考え直し、修正していく必要がある。
上記の流れはモノづくりの考えからしたら至極当たり前で、社会で働いてる以上は続けるべきサイクルであるし、自分自身もそれがより良いモノづくりになっていく流れであると、頭と心で理解している。
だが、一つだけ自分の気持ちを言わせてもらうと
「めんどくせぇ」
である。
同じような職種に就いている方は共感していただける感覚だと思う。自分の業務の内訳で考えると、5割程度は「実装した機能のテスト」が占めている。正しい機能の製品を作った自信はあるのだが、細かいテストの項目を自分たちで考え、作成し、実施する義務がある。自分たちでは見えていなかった「バグ」を探し出すためだ。
もう、ほんっとにめんどくさい。
大体ちょっとぐらいバグがあっても黙って使えよ!1、2回動かしたら分かることなんだから、そっちが理解して使えよ!ちょっとぐらい使いにくかったってしょうがないよ!ちょっとぐらい起動が遅かったってしょうがないよ!ウチに頼んだということはそれ相応のモノしかできないよ!現時点が僕らがもっている技術の最高到達点だよ!こっちはしゃかりきに働いているよ!お互いに「まぁまぁしゃあないか」って言いあいながら妥協しあおうよ!
とは思っても、発言できないのが、社会である。なぜなら、欠陥品ではお金にならない。ちょっと使いにくいけど利用者は我慢してね~とはならない。
だから日々アプリは起動速度が速くなるし、グラフィックは変わるし、新しい機能が追加される。人の欲求は止まらないから、新しいアプリケーションも生まれるだろうし、それがまた欲求を加速させていく。
そんな、僕から言わせてもらえば「ガチガチ」になってしまっているのが、たった3年だけ経験した「社会」であった。もうちょいお互い譲り合いましょや、それが人情でっせ。
上記の感覚は、僕が心を壊した1つの要因かもしれない。
(僕は、躁鬱病、っちゅーやつです、多分)
だが、そんな当たり前が覆るモノが、この世の中に爆誕した。
その名も、「スーパー野田ゲーPARTY」だった。
僕自身、昔から好きなものと言えば、音楽と、お笑いと、ゲームだった。その三つは自分の時間があればかじりついていたし、時間が過ぎ去るのも一瞬と感じれる、僕の人生には欠かせない存在であった。
マヂカルラブリーという芸人は特に大好きで、漫才はもちろん、野田クリスタルが自作している野田ゲーというものがとても面白くて、動画を見るたびに、僕もやりたいなー、ゲーム自作できるってスゲーなー僕には無理だなー、と感じていた。
昨年のあくる日、野田クリスタルがクラウドファンディングを行い「スーパー野田ゲーPARTY」をNintendo Switchで作る!といった内容のツイートが流れてきた。クラウドファンディングとはまず自分のやりたいことや作りたいものを掲げ、支援者を募り、お金を先行で投資してもらい、そのお金を元に掲げた目標を実現する、というシステムだ。それ自体は5年以上前から盛んに行われており、著名人やミュージシャンがたまに行ったりしているのをツイッターで閲覧している程度だった。
そしてそのゲームが今年の4/29にダウンロード限定で販売された。価格は1000円。自分も前々から気になっていたこともあり購入。実際にプレイしてみた。グラフィックがかなり古臭くはあったが、それを味なんだな、と感じ、やりこめるゲームもあったり、アイデア自体がとてもユニークであったり、楽しいゲームだった。自分は1週間ほどで飽きてしまったが、憧れの野田クリスタルの脳内を少し閲覧できるだけでも1000円以上の価値はあったと思っている。
そしてその後にまた自分のツイッターに流れてきた不可解なツイートを目撃し、僕は違和感を覚えこのnoteを書く原点の発想にたどりつく。
#スーパー野田ゲーPARTY のバグのご報告をいくつかいただいております。制作チームとしてもバグを把握したいと思います。
— スーパー野田ゲーPARTY@好評発売中! (@nodaparty) May 2, 2021
バグを発見された方は@nodaparty に
バグ発生時の動画と発生前の状況をDMしてください。
発見された方の中から抽選でプレゼントを考えております。
ご協力お願いします!
えっ。
バグ発見者にプレゼント!?
聞いたことのない言葉、発想である。
前々からYoutube等の情報で「バグはあるかも」ということ自体は認識していた(もうその時点で自分が長々と書いた「モノづくり」について思うところからかなりずれているのだけれども)。
しかし、それを逆手にとり、「バグをユーザーに探させる」つまりは、「めんどくさいからお前らがテストしろ」を、あの野田クリは、やってきたのである。しかも、かなりしれっと。こちらに利益が生まれるようにして。
というかよくよく考えたら、バグが存在しているのに、納品を行っているのである。え?何それ?そんなことあり得るの?状態である。
でも、それがまかり通ってしまっている。しかも、このゲーム、かなり売れているらしい。ポケモンスナップ等に紛れて、週間のSwitchの配信ソフトの売り上げで1位だか2位だかを記録したらしい。僕たちが毎日している仕事は何だったのだ…
そして、今日(日付が変わってしまったので昨日、ではあるが)YouTubeおよびニコニコ動画で、野田クリスタルは生配信を行った。
簡単に言うと、ゲームのバグに対する謝罪会見、である。
しかし謝罪会見とは体のみ。見て頂いたらすぐにわかると思うとが、これは1時間のコント番組である。
野田クリスタルが謝罪を行いながら、先ほどのツイートによって発見されたバグを、実際に確認し、その場で意見を述べていく、それに村上がツッコむ、上質なコント番組である。
しかも、とんでもないところが、このコント、ノンフィクションなのである。当たり前だが。
しかも、見ているだけでワクワクする、とんでもなく面白い1時間なのだ。このゲームをやったことがない人、マヂカルラブリーに興味がない人も是非1回、最初の10分でもいいから視聴していただきたい。
視聴しない方のためにも、以下に動画の感想を述べておく。
おもしろポイントでいうと、野田クリスタルの態度だ。
出てきて頭を下げて何を言うかと思えば「こちらがバグと認識できるもののみは修正させていただきました。」と、上から目線でモノを言い、ユーザーから来たバグともとれる、ゲームの仕様についての報告に関しては「イラっときた。」という一言で片づけている。こいつはヤバすぎる。
金返せ!とこちらが言う場合は野田クリスタルに直接会いに行き、土下座をしないといけないらしい。ユーザーの方がだいぶ下手に出ないといけない。傍若無人とは正にこのこと。
広告を主に行っていたファミ通の編集担当者には、「調子に乗って沢山取り上げて申し訳ありませんでした。」と謝罪を行わせている。なんなんだこの男は。
最初のバグ紹介の際には、実機を使って行うのだが、なかなかバグが起こせなくてグダグダしている。なんだこの謝罪会見。やっぱり流れが完全にコント。
こんな調子でバグの紹介をしては野田クリスタルが、うだうだ言い訳をしていく。仕様です。やら、バグだけどこんなんでとやかく言うな!や、知ってたけど納期まで時間が無くてそのまま行ったとか。いい加減にしろよ野田クリ。
今回のバグ全体について質問すると、「僕だけのせいじゃないし。沢山の人が関わって作ったんだから。ねぇ。」と完全に開き直る始末。
最後にはツッコミの村上すら「まあみなさんもバグを見つけることも楽しみの一つということで」とフォロー。この1時間は何だったんだ。
(まあ上記のバグは基本的は修正を行ったらしい。別にそのままでいいのになーもったいない、と僕は思った。)
もう一度言うが、これは上質なコント番組だ。腹を抱えて笑える。しかも、ノンフィクションだ。ノンフィクションなのだ。はぁ?
これを自分の仕事に置き換えると、こうだ。
製品を作る際のテストを、時間がないからある程度までしか行わない。
そんでその段階で、もう納品しちゃう。
納品した製品のテストを、ユーザーに行ってもらう。
そしてテストの結果出てきたバグを、ある程度は解消するが、仕様だと言い張り修正を行わないものを。
その後の謝罪では、完全に開き直り言い訳を伝える。忙しかった。こんなんはバグじゃない。言い過ぎだから。こっちだってイラっとしてるんだけど。
こんなのは、仕事とは言えない。お金なんてユーザーから貰える訳がない。こんなことを個人がしたら即クビである。会社全体の評判は急降下、仕事も受注できなくなり縮小していく一方だ。
でも、その「バグだらけが金になる」という現実は目の前に存在している。バグが多いからこそ、このゲームは面白いし、こんな愉快な1時間の動画を配信できた。この動画は何度も再生されるだろうし、ファミ通にもお金は入るだろう。
動画を見ることでとんでもなく笑えて、このゲームの未来についてワクワクし、馬鹿らしい愉快な気持ちと共に、僕らが毎日していた仕事はなんなのだろうか。そんな失望感も同時に手に入れることができた。
長々と自分の思いを記してきたが、「バグがお金になる」というマジックの答えを言ってしまうと、相手にしているユーザーが違う。ユーザーが違えば、ニーズも違うよね。ということではあると思う。
僕らが相手にしているユーザーの欲求は「日々の業務を楽にしたい。時間を短縮したいし、なるべく頭を使いたくない。」というところだ。普通のゲームを遊ぶユーザーの欲求は「楽しみたい。時間を経過させたい。日々のストレスをこのゲームで解消したい」であり、スーパー野田ゲーPARTYを遊ぶユーザーの欲求は上記のゲーム対する欲求+「笑いたい」というところだろう。
まずユーザーが求めているものが全く違う時点で比べることはお門違いである。そんなことは分かっている。
でも、「バグがお金になる」世界がこの世には存在する。というか、そんな世界を野田クリスタルは創り出した。
天才だな、と思った。
仕事の本質は、相手を喜ばせることだろう。相手を楽しませたり、日々の生活を楽にしてあげたりすることで、その対価となるお金を頂けるのだろう。
あくまで僕らが日々行っていることは「仕事を行う」という目標のための「過程」であり、その「過程」は誰か昔の人が作り上げた「システム」でしかない。その「システム」が正しいのかどうかは、実は分かっていない。
野田クリスタルはその「システム」の崩壊を起こした。ゲームを作るという「仕事」の本質「人を楽しませること」+野田クリスタルが普段行っている「仕事」の本質「人を笑わせること」を徹底的に追求した結果、「システム」の大部分を、ひっくり返したのだ。
バグがある方が面白い。
テストはユーザーにやらせればよい。
僕らが今のっかっている「システム」は、本当に正しいのだろうか?と考えさせられるセンセーショナルな現象なのではないのだろうか、と僕は思う。
僕はうつ病の休養期間の3カ月に感じたことがある。それは「お笑いって逆転できる」ということだ。
普段間違っていると思っていることが「笑えるかどうか」という軸を設けることで、価値基準がまるで正反対になり得ることが多くあるのだ。
日頃からお笑いに関連することで薄く感じていた感覚なのだが、上記の気づきにより、それがより明確になり、こうやって自分の言葉で説明を行うことができた。
僕は、その「笑えるかどうか」という価値基準の世界で生きていたい、と今強く思っている。
誘われてしまうかもしれない。まだ未来は分からないのだが、ヤバい世界に自分は一歩足を踏み入れてしまう気がしている。
自分語りが少々過ぎましたが、以上が今回の1件で感じた自分の感覚、気持でした。最後まで読んでくださった方、どうもありがとうございました。
バグのある生活を。面白がれる人生を。
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