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イスラエルのパレスチナ占領に対する日本政府の公式見解


 2024年2月19-26日、ハーグの国際司法裁判所(ICJ)でイスラエルのパレスチナ(東エルサレム・ヨルダン川西岸)占領に関する公聴会が開かれ、2月22日には日本政府の立場を代表して二人の識者が口頭弁論を行なった。以下の動画(2:09-2:35)で視聴することができる。

 陳述としては基本、国連総会の問いに答える形で一種の法解釈を淡々と進めることに終始しており、現在のイスラエルの暴虐を直接非難するような語調ではない。だが、そこに展開された議論は、国連憲章2条4項を根拠とし、いわゆる友好関係宣言(国連総会決議2625)に明示された原則「武力による領土取得の禁止」が、

  1. 正式な国境ではない「国際的境界線」に囲われた領土にも適用されること

  2. 明示的な軍事侵攻による併合だけでなく、占領を「既成事実」として恒久化するような措置も「事実上の併合」として禁じていること

  3. 「自衛権」の行使から帰結した場合を、例外として許容するものではないこと

を説得的に論証していくものであり、実質的には、イスラエルの施策を正当化するためにシオニストが常用する論理を狙いすまして無効化するものと言える。
 イスラエルは10月7日以前から「武力による領土取得」という明白な国際法違反をパレスチナに対して犯しつづけてきた——そのような判断に直通する見解を、日本は公式の立場として表明しているのだ。これはまた、現行のハマス憲章で主張されていることにも一致する。

 以下に、その口頭弁論の全訳を載せる。パレスチナ連帯のためにイスラエルの所業を国際法の観点から批判する手がかりとして、また、そうした批判はアメリカに同調してばかりの日本政府からも提出されていることを証する資料として、参照してもらえたらと思う。



▪️御巫智洋(外務省国際法局長、法律顧問)

 裁判長、そして裁判官の皆さん、まず日本政府の代表としてこの場に立てることを光栄に思います。
 国連総会から提起された法的な問いを扱う前に、まず中東の和平プロセスに関する日本の立場を簡単に再説させていただきます。日本の声明書にも言明されていることです。
 イスラエルと、将来的に独立したパレスチナ国家とが平和と尊厳を守りながら共生するという「二国家解決案」こそ、両国民が生存できる唯一の道であると、日本は固く信じています。また、イスラエル側とパレスチナ側との紛争は、いかなる暴力行為や一方的行動にもよることなく、交渉と、そして国際法を尊重しながら当事国の間に相互信頼関係を築いていく努力とによって解決されるべきであると強調しておきます。

 以下の陳述では、国連総会から裁判所に提起された問いに関連する限りで、武力による領土取得に関する問題に焦点を絞って話したいと思います。
 日本は、武力による領土取得の禁止を、日本も深く信奉している国家間での法の支配に必要不可欠な要素であり、とりわけ地域および国際社会の平和と安定を保つために重要なものであると考えています。この禁止は、力による支配の再来から国際社会を守ってくれる重要な防壁になると信じます。一般に友好関係宣言(Friendly Relations Declaration)と呼ばれる国連総会決議2625は、「武力行使の結果であるような領土取得は、決して合法と認められてはならない」と述べています。裁判所は、武力による領土取得の非合法性は、国連憲章に盛りこまれた武力行使の禁止から必然的に導かれる系(corollary)であると、戦争に関する勧告的意見で明言しました。2023年4月18日の日本を議長国としたサミットでも、G7外相はこの禁止を再確認しました。声明書の関連する条項には、「1970年の友好関係宣言で再確認された、武力による威嚇または武力行使の結果であるような領土取得の禁止は、誠実に遵守されるべきである」と言明されています。
 今日の私たちの声明は、三部から構成されます。最初に私が、武力による領土取得の禁止はどの領土に適用されるかという問題を扱います。第二部では、ダポ・アカンデ(Dapo Akande)教授が、何が武力による取得に該当するのかについて語ります。第三部では、アカンデ教授がこの禁止と自衛権との関係を検討します。

 裁判長、まず日本として明確にしたい最初の論点から始めさせていただきます。武力による領土取得の禁止は、確定された、あるいは国際的に認められた国境(border)だけに適用されるものではありません。国際的に認められた国境が存在しない領土であっても、この禁止は、それが平和的に統治された領土であれば及ぶのであり、また国際的境界線(international line of demarcation)を超えた武力行使にも適用することが可能です。武力による領土取得の否定という原則に関連する友好関係宣言の条項には、「国家の領土は他国によって取得される対象となってはならない」と言明されています。国家の試みる他国領土の取得が焦点化されていることは、驚くに値しません。例えば、2022年10月に国連総会は、ウクライナの四つの地域を非合法的に併合しようとすることを非難しました。そこでは明らかに、武力による領土取得の禁止が、この領土に適用されていました。それは、ウクライナの国際的に認められた国境の内側にあるからです。しかし、友好関係宣言は、国際的に認められた国境内での武力による領土取得の禁止を確認するにとどまらない、さらに踏みこんだものであるように思われます。同条項には、「国家」の領土には言及することなく、「武力による威嚇または武力行使の結果であるような領土取得は、断じて合法的なものと認められてはならない」と主張されています。日本としては、領土の主権が国際的には認められていない場合でも、武力で占領してきたのではない国家によって領土が平和に統治されている場合、やはり武力による領土取得の禁止が適用されるのだという立場をとります。
 この原則は、エリトリア・エチオピア請求権委員会の裁定で採用されていた推論から導かれます。当裁判所がどの勧告的意見でも認めてきたように、武力による領土取得の禁止は、武力の禁止から導かれます。従って、その禁止範囲は国連憲章2条4項の解釈を参照して決められるべきです。エリトリア・エチオピア請求権委員会は、当時エチオピアによって平和に統治されていたと認められる町バドメを攻撃し、占領したことで、エリトリアは国連憲章2条4項に違反したと認定しました。この点については2023年4月に開かれたG7外相サミットの声明書でも、「我々は、世界のどこであろうと、平和に確立された領土の現状を武力や強制力によって一方的に変えようとする試みには、強く反対する」と言明されています。さらに、友好関係宣言は、「いずれの国も等しく、自国がその当事国であるか、そうでなくても尊重しなければならない国際協定によって、あるいは国際協定に準じて確定された停戦ラインのような国際的境界線を、武力による威嚇または武力行使によって侵すことを慎む義務を負う」と言明しています。この宣言が示唆しているのは、国際的に認められた国境は存在しなくとも、ある種の国際的境界線を諸国が尊重しなければならないような領土であれば、武力による領土取得の禁止は適用されうるのだということです。国連憲章2条4項も国連の目的に言及していますが、日本は国連憲章1条1項こそ、2条4項を解釈するための重要な文脈と目標および目的を構成するものであるという立場をとります。

 安全保障理事会は、国内の平和と安全の保持するという主要な責任を負っています。武力による領土取得の禁止がある領土に適用されるかどうかを決めるに際しては、安保理の見解が重視されるべきです。パレスチナ被占領地OPTについては、戦争による領土取得は認められないこと(inadmissibility)を、安保理決議242 の前文2条が強調しています。そこではまた、憲章の原則を実現するには中東に公正かつ恒久的な平和を確立する必要があること、そのためには「最近の紛争により占領された領土からのイスラエル軍の撤退」を含む形で原則を適用しなければならないことも再確認されていました。
武力による領土取得の禁止が特定の領土に適用されるかどうかを検討するに際しては、安保理の関連決議を十分考慮すべきだというのが、日本の見解です。裁判長、副裁判長、そして裁判官の皆さん、ご静聴ありがとうございました。ここからは、アカンデ教授に場を譲りたいと思います。



▪️ダポ・アカンデ(オックスフォード大学国際公法チチェレ教授、イングランド・ウェールズ法廷弁護士)

 裁判長、そして裁判官の皆さん、まず日本の代表としてこの場に立てることを光栄に思います。
 裁判所では、パレスチナ被占領地におけるイスラエルの行動から生じた様々な法的問題をめぐって口頭弁論が行われました。日本は、武力による領土取得の否定という原則の適用範囲、この特殊な問題に焦点を当てています。御巫氏が述べたように、この原則の適用をめぐる重要な論点は三つあります。彼は第一の問題、即ち武力による取得の禁止はどの領土に適用されるのかという問題に対する日本の立場を述べました。私が扱いたいのは、この原則に関わる他の二つの問題です。第二の問題は、この原則の目的からみて何が武力による取得に該当するのかに関するものであり、第三の問題は、この原則と国連憲章第51条に明記された自衛権との関係に関するものです。

何が武力による取得に該当するのかという問いから始めさせていただきます。裁判長、武力による領土取得は二つの要素から構成されます。即ち、1. 強制的手段を用いた領土に対する支配の確立と、2. その領土を武力による領土の取得または併合によって恒久的に占有する意図、の二つです。武力による領土の取得、あるいは明らかな併合とは、国家が強制的な行為によって領土への権原(title)を取得しようと試みており、そうしなければ正当な権原を領土に対して得ることができないような場合のことです。
 最も明白な併合のケースとなるのは、被占領地を「権利上(de jure)」併合するような試みでしょう。この場合、占領国は併合された領土に対する主権を正式に宣言します。しかし、戦争に関する勧告的意見のなかで当裁判所が示したのは、他国が受け入れざるを得ないような恒久化した事由による状況、裁判所が「既成事実(fait accompli)」と呼ぶものを国家の行動が招来した場合も、併合は「事実上(de facto)」起きうるのだということです。国際社会からの非難を避けようとする国家は、領土併合を正式に宣言することは控えようと動機づけられるかもしれません。軍事作戦に従事することで、また他の請求者には死や身体的損傷や所有物への損害を被るリスクを冒さないと実質的に旧状を回復できなくさせるような一連の措置をとることで、領土を併合する意図は明示的に表現することなく、占領している領土の恒久的な支配に至ろうとするかもしれません。別言すれば占領国は、こうした措置を通して「既成事実」と呼ばれるものを作りだすかもしれないのです。
 もし領土を併合するという真の意図を隠蔽するだけで、また「既成事実」を作りだすような措置により他の請求者には恒久的な支配を受け入れるよう強制するだけで、禁止を回避するということが国家に許されるなら、武力による領土取得の禁止の効力は著しく損なわれるでしょう。従って重要なのは、どのような場合に、そうした措置は「事実上」の併合に該当するのか、武力による領土取得という非合法的な試みに等しいものとなるのかを、明示することです。戦争に関する勧告的意見のなかで裁判所は、パレスチナ被占領地にイスラエルが分離壁を建設したことについて、もし実際に恒久化した「既成事実」を作りだしたなら、それはグリーンラインと分離壁のあいだに広がる地帯におけるイスラエル国民の入植地確立を促進するような統治体制の創設と同様、「事実上」の併合に等しい類の行動であると考えました。日本としても、領土に支配を押しつけるなかで継続的な威圧的効果を持つような行為は「既成事実」を作りだしかねないものであり、その領土で恒久的に支配を保とうという意図を示している可能性が高いと考えます。
 そのような継続的な威圧的効果を持ちうるのは、占領国による以下のような行為です。第一に、土地の収容、住民の立ち退きなどに行使される軍事力や他の物理的な力を背景とした、領土の人口構成の大規模な変更です。第二に、占領国による物理的なインフラ網の建設と継続的な維持で、とりわけそれが相当の財政投資を表しているために相当の期間にわたって存続することを意図したものとみなされる場合です。これには例えば、道路通信システム、ヘルスケア施設、大規模な軍事施設や法執行施設などが含まれます。第三に、水を含む天然資源の、占領国による継続的で威圧的な没収と搾取です。こうした行為は、必ずしも死傷や破壊をもたらすわけではありません。しかし、相当な規模で累積的に実施され、長期にわたって続いたなら、それは継続的にして不可逆的でもある影響を領土に及ぼすことになるのです。その場合には、たとえ漸進的にであったとしても当該地域に恒久的な主権を確立することこそ占領国の意図であるという証拠が見つかるかもしれません。そうした行為が、措置の不可逆性を肯定したり、被占領地に対する主権を確立する意志を主張したりするような国家公務員の声明のもとに為されているなら、いま挙げたような措置は、領土を取得する意図を示したものである可能性がいっそう高くなります。その意味で、武力によって領土を取得するという禁じられた試みに等しいものと言えるでしょう。

 裁判長、裁判官の皆さん、何が武力による領土取得に該当するのかについて日本の見解を概説してきましたが、ここからは武力による領土取得の否定という原則と国連憲章51条にも明記されている国家固有の自衛権との関係に話を移させていただきます。ここで鍵になる問いは、それ以外の方法では領土に対する正当な権原を持てないような国家であれば、武力行使によって権原を取得してよいのかという問いです。というのも、そういう国家は自衛のために行動しているのだと言い張るだろうからです。この主張を日本は拒否します。日本の立場を支持するのは、二つの択一的な、ただし暫定的な主張です。第一の主張は、武力による領土取得を禁じる原則は、その武力が不法であるか自衛権の行使として許されているかには関係なく、武力による領土権原の取得を排除するものだということです。あるいは、領土併合に帰結するような武力行使は、いかなる場合にも決して自衛権の行使として適法にはならないでしょう。恒久的な併合は決して、軍事侵攻に釣りあった(proportional)対応ではありえないからです。
 第一の主張から概説します。日本の見るところでは、強制的な領土取得を禁じる原則は正しく理解するなら、国家による武力行使は、たとえ最初は適法であったとしても、断じて権原を取得する正当な根拠にはならないと規定するものです。この包括的な禁止(blanket prohibition)は、国連憲章の文脈では領土征服権の完全な廃止から必然的に帰結します。戦争に関する勧告的意見のなかで裁判所は、武力行使の結果であるような領土取得の非合法性を規定した原則を、武力行使そのものの禁止から必然的に導かれる系であると評しました。この原則はまた、国際法の他の基本原則に、とりわけ友好関係宣言で述べられ、当裁判所も認めた民族自決権に結びついています。それは従って、20世紀における、とりわけ国際関係の場で武力に一方的に頼ることを最小限に抑えようとしてきた国連憲章発効後の時代における、国際法の根本的な変化を反映しています。武力行使の禁止、ならびに武力による領土取得の禁止から描かれる図式は、自衛権とも矛盾するものではありません。自衛権が国家に許すのは、国民を守るため、既に所有している領土を保つために、武力に頼ることです。さらなる領土権原を得るための武力行使権を認めるものではありません。また私としては、その武力が自衛のために行使された場合、征服は国家に権原を与えうるのだと裁判所が認定するなら、実際問題として広範な濫用が起きかねないことも強調しておきます。

 自衛権の適正範囲については、国際法の世界でも議論があります。何らかの武力行使を自衛権の行使として適法だとする主張が、国家間で交わされることは少なくありません。そのため武力によって領土を取得しようとする国家は、この曖昧さを利用しようとすることがあります。この曖昧さは、原則を損ない、さらには武力行使の禁止を損なう危険を孕んでいます。
 原則の適正範囲についての日本の見解を支持するのは、国連総会の友好関係宣言です。改めて引用すると、そこでは「国家の領土は、武力による威嚇または武力行使の結果として他国によって取得される対象となってはならない。武力による威嚇または武力の結果であるような領土取得は決して合法と認められてはならない」と言明されていました。宣言のこの部分は、自衛のための武力行使を例外にしていませんし、武力による領土取得を禁じる原則の適用先を不法な武力行使に限定してもいません。対照的に、いま引用した一節の直前で宣言は、「憲章の条項に違反した武力行使の結果であるような軍事占領」を禁じています。一見すると、武力行使が憲章によって禁じられたものでない場合、軍事占領も合法でありうるかのようです。しかし先の結論、武力による領土取得の包括的禁止を宣言は支持しているのだという結論は、その後に続く「これは憲章の規定を揺るがすものとして解釈されるべきではない」という再確認によっても揺るがされるものではありません。自衛権は軍事侵攻への対応においては武力行使も許容されることを規定しているのであり、そうした武力行使によって国家が領土権原を取得してよいかという問いを扱っているわけではないのです。従って、友好関係宣言は、この後者の問いへの回答は「ノー」であることを明示しなければなりません。ただし、それによって武力行使を正当とする自衛権の範囲を揺るがそうとするものではありません。

 裁判長、裁判官の皆さん、ここからは武力による領土取得の禁止と自衛権との関係をめぐる別の論点に話を移させていただきます。私の扱いたい最後の論点です。領土併合は決して、自衛権の厳格に定められた要件を満たすものではありません。裁判所も繰り返し指摘してきたように、自衛権の行使と称される行動は、必要かつ適度なものでなければなりません。その定義からして自衛権が正当化できるのは、目的に達するための一時的な措置だけです。自衛権の目的は、侵攻から国家と国民を守ることに限定されています。そのため、軍事侵攻を被っているときでも、ある国民から領土を恒久的に奪うことは、決して適度な措置ではありえません。この点で想起すべきは、武力による領土取得は、自衛権のための行為を国家が主張しているような文脈でも拒絶されてきたことです。
 イラクのクウェート侵攻、そして併合と称される行動への1991年の安保理の対応は、注目に値します。イラクには「その行動を直ちに撤回する」ように要求しながら、同時に決議686で安保理は「イラクとクウェートの独立、主権、領土保全を全加盟国は承認する」と断言していたのです。この点で、クウェートを防衛するために諸国が動かなければなかったとしても、それでイラクの領土が併合されそうになったわけでないことは明白です。もう一つ関連する例として挙げられるのは、もちろん安保理決議242です。そこでは、その武力行使が適法であるか不法であるかは全く区別されることなく、「戦争による領土取得は認められないこと」が強調されています。

 裁判長、裁判官の皆さん、陳述を閉じるにあたり、武力による領土取得の否定という原則は、侵略の禁止という「強行規範(jus cogens)」を補強する重要な規範であり、国家間に法の支配を保つための要であるという日本の立場を改めて表明いたします。この立場が、日本の口頭弁論を結論づけるものです。ご静聴ありがとうございました。


太字強調は訳者。原文は⏬

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