墨色の海の底で 最終話
ついに真夜中に近づいてきた頃、彼と私は初めて出会った海にたどり着いた。彼はただ黙って、遠くを見つめていた。私は沈黙に嫌気がさして、今まで気になっていたことを尋ねた。
「そういえばさ、名前聞いてなかった」
彼の瞳は光を入れる隙もないほどに、この世界の真っ黒い部分だけを取り込んでいた。そうして彼は脈絡もなく、呟いた。
「綺麗だな。あそこ、みて。銀色に光る金魚」
「え……?」
私には、それが見えなかった。目の前には墨色の海と空が途方もなく広がっているだけである。
彼がほんの一瞬笑っているのが見えて、私は彼に手を伸ばした。彼の皮膚はあまりに冷たくて、まるで死にながら生きているかのようだった。
彼はそれ以来、私の前から姿を消した。
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