志野のお茶碗との再会
先日、三井記念美術館にて開催中の茶の湯の美学ー利休・織部・遠州の茶道具ーを訪問しました。
「茶の湯の美学」といえば「わび・さび」という、頭の中では、秋、さびれた家屋に冷たい木枯しが吹くイメージが浮かんでくるのですが、言葉で説明しようとするとなかなか難しいです。
この「わび・さび」というのは、千利休が完成させたものであるのは有名な話かもしれません。しかし今回は独特で、利休七哲のひとりである古田織部、さらには遠州流を興した小堀遠州の美的感覚にもアプローチした企画となっていました。
古田織部といえば、ややくすんだ白に黒みがかった緑色がぼてっと塗られた、ちょっと変わった形の焼物を思い出します。織部の美学というのは、師匠の教えを守り、破り、離れた境地で生まれた「破格の美」。
そして小堀遠州。古田織部を師匠としながら、茶の湯以外の趣味、文学や建築への傾倒と、平安時代の王朝文化へのあこがれが茶道具の好みにはっきりと反映されているように感じました。
さて、国宝の茶碗はたったの2つしかありません。
そのうちのひとつが、こちらの美術館に所蔵されている志野茶碗。
重厚な美術館の1スペースにどーんとひとつ、このお茶碗が展示されていました(とはいえ、うろおぼえ)。
いつもながら、「ほほう、これが国宝なのか」とぼんやりと感心していましたが、そういえばこのお茶碗は、作者や窯元については不詳なのですね。たしかに素敵ではありますが、他の茶碗も由緒あるもの、著名な作者のものなどがある中で、なんでこれが国宝なのでしょうか。
そこに引っかかっていた矢先、たまたま手にした積読本をひさしぶりにひらいてみたら、2017年に開かれた東京国立博物館の「茶の湯」展のしおりを発見。そのしおりに、この卯の花のお茶碗の写真がどーんと載っていました。
あれれ、私はすでにこのお茶碗を見たことがあったのか……(頭を搔く)
そうじゃなくても三井記念美術館の茶の湯展はこれで3,4回目なので、多分何度も見ているはずなんだけれどな。
何度見ても新しい感動があるのは素晴らしいことだ、と思うことにしましょうか。
さて、今日は国際博物館の日だそうです。いろんな美術館や博物館でイベントやキャンペーンが展開されているようですね。
この企画展のチケットですが、事前に入手していたことをすっかり忘れていて、この時は窓口で並んで料金を支払い入館しました……。
手元にまだ1枚残っているので、期間中にもう一回鑑賞してこようと思います。
また、ほぼすべての展示品を初めて見るような感じになるなんだろうなあ(遠い目)
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