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怠デレ彼女は今日も「めんどくさい」 (2/3)

■過去回想なんて「めんどくさい」■


 俺が那楽だらめぐみと出会ったのは入学式の日のことだ。

 学校の最寄り駅に着いた途端、急に雨が降ってきた。朝の天気予報をしっかり見ていた俺は当然傘を装備していたのだが、

「はぁ~~~~~~~~~~~~~~~~~~あ」

 どうやら隣の女子は傘を忘れたらしい。それはもう深いため息をついていた。
 駅の出口から雨空を見上げる彼女のめんどくさそうな顔といったら凄かった。
 茶色の長髪、八の字の眉、眠たげな瞳。袖で手の半分を隠した女子生徒。なんとなく、雰囲気的に自分と同じ一年生だろうなと思った。
 一人で心細かった俺は友達第一号が欲しくて、彼女に声を掛けることにした。

「傘、忘れたんですか?」
「見てわからないか?」
「すみません」

 そのあまりの塩対応に心が挫けそうになるが、俺はめげずに会話を続ける。

「そこの売店で傘を買ったらどうです」
「いま財布に一万円札しかないんだ」
「? だったらなにか問題ありますか?」
「釣りが多い。めんどくさい」
「……」

 なんだその理由。ちょっと面白いわコイツ。

「でもそうだなぁ、それしか方法ないかぁ……って、ん? お前の傘、結構大きいな」
「少しでも雨に濡れるの嫌なんで、大きめの買ったんです」
「そっかそっか」

 女子生徒はなにも言わず、俺の右裾を掴んできた。その顔は笑顔だ。

「なんのつもりです?」
「入れてくれ!」
「相合傘ってかなり目立つと思うんですけど、しかも入学式の日に」
「大量の釣りを貰うよりマシだ!」

 この女子にとって見知らぬ男との相合傘より傘を買う方が嫌らしい。裾を放す様子もないので、仕方なく俺は傘に入れてやることにした。

 初めての通学路を見知らぬ女子と歩く(しかも相合傘)。あまりドギマギしないのはその女子が隣で大欠伸をしているからだろう。見た目はかなり可愛いと思うのに、動作で損してるな……。

「ところでアンタ、私と同じで新入生だよな?」
「そうですけど」
「じゃあ敬語やめろよ」
「ん……そうか。そうだな」
那楽だらめぐみ
「え?」
「私の名前。アンタは?」
古津こつ晋也しんや。古今東西の古に、津軽海峡の津。それで……」
「いいよ別に、詳しく説明しなくて」

 逆に俺はダラという名前はどうあてるのか気になるのだが……むしろそれが知りたくて自分の名前を説明しようとしたのだが。しかし、この短時間の付き合いでもわかる。この女子は漢字を聞いたら絶対めんどくさそうな顔をする。

「アンタ、学校までの道のり頭に入ってるのか?」
「ああ。約100メートル毎に目印となる建物を記憶している。数日前にも道を覚えるために来たし、俺が迷う可能性はゼロパーセントだ」
「よくもまぁ、そんなめんどくさいことをするな」
「遅刻は絶対にしたくないんでな。皆勤賞は譲れん」
「皆勤賞とか、時代遅れだな……」
「ダラはあれか、めんどくさがりというやつか」
「うん。めんどくさいの嫌いだ」

 ダラはそのなで肩気味の肩を回してそう言った。

 学校までの道があと少しとなった頃、雨が上がった。
 俺は傘を畳む。

「晴れてよかったな。こっからは別々に行こう」

 俺が言うと、ダラは呆れたような顔をした。

「異性と登校するのがそんなに気恥ずかしいか?」
「まぁな。むしろ、こういうのは女子が気にすることだと思っていたけどな」
「正直どうでもいい。周りにどう思われようが――」

 ダラは話の途中で目を見開くと、突然走り出した。

「ダラ?」

 ダラの走っていく先には野良猫がいた。
 野良猫は無防備に車道に出ようとしている。そして、車道には今まさにトラックが走ってこようとしていた。
 野良猫の歩く速度、そしてダラの走る速度から計算するに、野良猫が道路に飛び出す前に間違いなくダラは猫を回収できる(つーか、アイツ足速っ!?)。
 ダラは身を屈めて猫が車道に出る直前に回収。そしてトラックがダラのすぐ側を通る。

 トラックは思いっ切り水たまりを蹴飛ばし、ダラはその水を背中から浴びた。

「ダラ!」
「うへぇ……」

 ダラは猫を手放す。
 猫は命の恩人に一切目をくれることなく、どこぞに走って消えた。

「ビショビショ。下着までいってる。怠い……」
「俺としたことが、ハンカチは持っていてもタオルを持ってきてなかった。仕方ない、もうすぐ先にコンビニがある。そこでタオルを買おう」
「いやいいって、そんなめんどいこと」
「ダメだ。風邪ひくぞ。入学早々風邪で三日も休んでみろ。完全に出遅れる。孤独なスクールライフを送る羽目になる」
「コンビニ寄ってたら遅刻するぞ。皆勤賞逃してもいいのか?」
「ここで一人先に行って取った皆勤賞なんて、価値はない」

 ダラは呆れたような顔をする。

「……めんどくさいやつ」

 しかしコイツ、めんどくさがりの癖に迷いなく走り出したな。あの猫が車道に出ず、引き返す可能性だって大いにあっただろうに。

「ほれ」

 俺はコンビニで買ったタオルをダラに渡す。

「ありがとう」

 ダラはタオルで体を拭き出した。ダラのワイシャツが透けて、下着が見えていることに気づいた俺はダラに背中を向けた。コイツ、スレンダーに見えて結構立派なモン持ってやがる……。

「お前……」

 ダラの声が後ろから聞こえる。

「どうかしたか?」
「……私もちょっとコンビニで買い物する。待っててくれ」
「? 構わないが……」

 さっき一万円崩すの面倒とか言ってなかったか?
 なにを買うのかと疑問に思いながら待っていると、

「ほら」

 俺は頭にタオルを投げられた。

「タオル? なんで?」
「お前、肩濡れてるじゃないか。……傘、こっちに傾けてくれてたんだろ」

 確かに、俺はダラが濡れないよう傘を傾け、左肩を犠牲にしていた。だがこんなの、ハンカチでもなんとかなる範囲だ。
 でもまぁ、ちょっと嬉しいな。俺のために一万円崩してくれたのか。重度のめんどくさがり屋だが、悪い奴じゃないらしい。

「ダラ。お前の名前、どういう漢字で書くのか教えてくれ」
「……」

 ダラは予想通り、めんどくさそうな顔をする。

「お前の名前、ちゃんと知りたいんだよ。ダメか?」

 俺が笑顔で聞くと、ダラは前髪を引っ張って目元を隠した。

「怠いな……」

 やっぱダメか。と思ったら、

「――ん」

 ダラは生徒手帳を見せてくる。そうか、こういう漢字で書くのか……。

「改めて。よろしくな、那楽」
「ああ。よろしく。古津」

 この時はまだわかってなかったな。
 コイツが常軌を逸しためんどくさがり屋だと言うことも、そして、ここまでの仲になるとも……。


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