将野ササ

将野ササ

最近の記事

ハルカヒビク 第三十九話「ハルカ」

 響と一つになる。私も響も男ではないので物理的には不可能だ。ただ、気持ちは、心は間違い無く一つになった。性的な接触は何か単純にお互いの性欲を満たすものだけではないと私は知った。響の肌に触れる。響も私に触れた。それはこの上なく心地よくて、私の心を溢れるほど満たした。セックスがしたいからじゃない。彼女の心にも触れたいから。そんな感覚だった。 愛の「ただいまー」の声を聞いて心地よく眠っていた私たちは飛び起きた。お互いが裸だったからだ。「やばいやばい」と響が急いで下着を履こうとする

    • ハルカヒビク 第三十八話「ヒトツ」

       遥の舌に私の舌が触れる。生暖かくて、濡れていて、少しざらついている。心臓は早鐘のように打っていたけれど、内心はそれほど動揺していなかった。驚かせてしまっただろうか? それとも引かれた? 遥の反応はなかった。未だ硬直しているようだった。だがそれでも私は自分の欲望に従った。私は自分の舌をさらに絡めた。快感の波が押し寄せる。 「ん…」 遥の吐息が漏れる。遥も…気持ちいいのだろうか? わからない。もちろんこんなことをするのは初めてだ。他の誰でもない。遥とだからしたくなった。遥と

      • ハルカヒビク 第三十七話「かいかん」

        「どうぞー」 「お邪魔しまーす」 橘家に入ると直ぐに何か焼き菓子のいい匂いがする。何か私に作ってくれているのだろうか。 「何作ってるの?」 「後で。先に部屋上がってて。今日、誰もいないから」 「…そっか」  橘家に遥しかいないのはもちろん知っている。「両親は無事連れ出せたので頑張って下さい」と、しばらく前に愛ちゃんから連絡があった。私は一人、階段を上がり、遥の部屋に入る。遥が来ていないのを確認して、鞄の中を見る。かわいいリボンの付いた小さな箱。遥にあげるネックレス

        • ハルカヒビク 第三十六話「アイ」

           土曜日、私は電車で二駅先の繁華街にあるショッピングモールに来ていた。ここならばお店もたくさんあるし、目当てのものが見つかるかも知れない。というのも、遥に告白するのは決めたのだけれど、手ぶらではなんとなく締まりが悪いと考えた。プレゼントを渡して「付き合ってください!」と言う。うん。なんだかしっくり来るし、何となくやり易い気がした。それに私は遥からもらったクリスマスプレゼントのお返しをまだ出来ていない。遥は手編みの手袋だったが、私に手作りなんて無理だ。私は不器用だし、時間がかか

        ハルカヒビク 第三十九話「ハルカ」

          ハルカヒビク 第三十五話「きぼう」

          なんということだろうか。私と遥は付き合っていなかった。私達は付き合ってもないのに、抱きしめ合って、何度も何度もキスをした。順番がおかしいと思う。付き合う前にそんなこと…。なんだか凄く自分がいやらしい人間に思えてきて顔が紅潮する。私は顔を手で覆う。 ドアが開く音がする。顔を覆った指の隙間から覗くと、谷さんが驚いたように私を見ていた。 「え。あんた何してんの?」 山中と噴水で別れた後、私は一人保健室に来ていた。保健室に入った時、谷さんの姿は見えなかったので勝手に座って考えを巡らせ

          ハルカヒビク 第三十五話「きぼう」

          ハルカヒビク 第三十四話「かくにん」

          次の日の朝、目を覚ました瞬間恐怖が全身を覆う。夢?! 昨日のことも夢じゃないか?! 私は急いで枕元に置いてある携帯電話を確認する。携帯電話を持つその手は小刻みに震えた。画面には響からのメッセージが表示された。「おやすみ遥。また明日ね」響からきた一番新しいメッセージはそれだった。日付は…昨日の夜のものだった。私は安堵で胸を撫で下ろす。吐く息とともに重い疲労感を感じる。きっと暫くはこんな朝が続くかも知れない。だが、何度確認しても夢じゃないのは確かだ。 響が、境響が私のものになっ

          ハルカヒビク 第三十四話「かくにん」

          ハルカヒビク 第三十三話「かんぺき」

          「遥…待たせてごめん。許して」  そう言うのが精一杯だった。息を切らして走ってきた遥は必死に私を探して叫んでいた。愛ちゃんからの電話で、遥が数時間家に帰っていないことは聞いていた。ずっと私を待ち続けていたのだろう。この寒空の下、何時間も私を。返事すらしなかった私を。健気と言うより、もはや痛々しい。その痛々しい遥の様子は私の胸を愛おしさと罪悪感で締め付けた。掛ける言葉が思い付かず、下手な冗談を言って失敗した。私は自分の間違いを正さなくてはいけない。この状況で「許して」なんて虫

          ハルカヒビク 第三十三話「かんぺき」

          ハルカヒビク 第三十二話「まって」

          山中の肩に顔を埋めて、どれくらい泣いていたのだろう。泣きすぎて頭が痛いし、ボーッとする。私の嗚咽がおさまるのを待ってくれていたのだろうか、山中が優しく言う。 「…大丈夫か?」 「…うん」  私は山中の肩から顔を離すと、素早く手で顔を覆った。 「どした?」 「顔…ぐちゃぐちゃ」 「あはは。まぁそうだろうな」  私は自分の鞄からハンカチを取り出して、顔に当てる。 「…山中、ありがとう」  まだ声が震えていた。 「いいよ」  山中が私の頭をポンと叩く。 「ま

          ハルカヒビク 第三十二話「まって」

          ハルカヒビク 第三十一話「ほうかい」

          山中との待ち合わせはプラネタリウムが近くにある遊園駅に12時だった。最寄りの駅から電車で1時間掛かる。遥のメールにあった時間は13時。今から電車に飛び乗っても間に合うことはない。それより何より私は遥の元に行く気が無かった。行ってしまったら、もう後戻り出来ない気がしてならなかった。返事すら私は出来ずにいた。 私は遊園駅のホームのベンチに腰掛けていた。山中はまだ来ていない。駅の外にいるのだろうか? まぁ連絡が来るだろう。 私は何故かホームから出られないでいた。何故か。何故かは

          ハルカヒビク 第三十一話「ほうかい」

          ハルカヒビク 第三十話「ヤクソク」

           二日ぶりに学校に来た。でも教室に入る勇気は今日は無い。学校に行く日が減れば減るほど、行きにくくなる。こうして不登校になっていくのだろうなと他人ごとのように思った。不安がないわけではない。学校を辞めるつもりはないが、今は毎日学校で響と顔を合わせる勇気も忍耐も無かった。  私はわざと授業中の時間を狙って学校に来ていた。皆と登校時間が被ることを避けた。できるだけ皆と顔を合わせたくは無いし、皆に哀れみの表情で話しかけられるのにはもううんざりしていた。「橘さん最近どうしたの?」「なん

          ハルカヒビク 第三十話「ヤクソク」

          ハルカヒビク 第二十九話「つみ」

          山中と二人、放課後、帰路を行く。付き合い出してから山中は毎日家まで私を送ってくれる。山中は必ず車道側を歩く。そんな優しさが少し痛かった。私が恋愛対象として見たことはないと言ったのに、山中は、本当に自分を好きになってもらおうと努力している。手を繋ごうとすらしない。もちろん、キスや、その先も…。求めたりはしない。その健気さが私の心をチクチクと刺し始めていた。 今日は途中にある神社に隣接した小さな公園に寄り道をしていた。 「最近、橘あんまり学校来てないらしいじゃん」 隣のブラ

          ハルカヒビク 第二十九話「つみ」

          ハルカヒビク 第二十八話「ユメ」

          辛い。苦しい。堪らない。耐えられない。 その全ての言葉を足しても足りることはない。表現できる言葉を私は持ち合わせていなかった。ただ、痛い。とにかく痛い。胸が、頭が、心臓が痛い。 ふと思う。 「別に良いじゃないか。友達が一人減っただけだ」 痛い。 「普通に喋りかければ良い。普通の友達に戻るんだ」 痛い。 「またきっと別の好きな人ができるはず」 痛い。 何を考えても痛みは増すばかりだった。 自問する。何故こうなった。上手くいかなかった。私と響は、上手く、私の求

          ハルカヒビク 第二十八話「ユメ」

          ハルカヒビク 第二十七話「イバショ」

           振り向くと南の空にオリオン座が見えた。その左下にシリウスがある。おおいぬ座のシリウスは青白く瞬く。その名はギリシャ語で「焼き焦がすもの」という意味らしい。中学生の時見たプラネタリウムで解説者がそう言っていた。それが私にはとても印象的だった。 「焼き焦がすもの」それは私にとっては遥という存在そのものだと今は思う。遠くから見ていれば美しく、側に寄れば暖かい。かと言って近づき過ぎれば心を焼いた。  私は今日も一人散歩に出た。散歩のルートは前までとは違う。考え過ぎなのかも知れな

          ハルカヒビク 第二十七話「イバショ」

          ハルカヒビク 第二十六話「ひめい」

          (この痛みは私自身が招いたことだ。恋人になれない時点で関係を立ち切らなければならなかった。私は目先の痛みから逃げて、その先にあるより大きな闇から目を逸らした。 私の孤独を和らげてくれた人間は彼女しかいなかった。彼女だけが私の孤独を理解し、それを包み込んでくれた。なのに、私はそれを失う道を自ら進んでいた。後から考えればそれは滑稽で、どうしようもないほど呆れたことだ。過去の自分に言ってやりたい。 「馬鹿はやめろ!」「余計なことを言うな!」 だが、私の欲動は孤独を選んでいた。

          ハルカヒビク 第二十六話「ひめい」

          ハルカヒビク 第二十五話「きす」

          クリスマスを家以外で過ごすのはいつ以来だろう。この歳になると、親からのプレゼントも無いし、どこか外へ食事に出かける事もない。うちはクリスチャンでも無いし、なんの変哲の無い日々の1つでしかなかった。それについて何か悲しんだり、他の人の様に人恋しいとも思わなかった。ただ今年は少し違う。私は遥と過ごす。愛ちゃんもいるのだから何か変な意味がある訳では無い。でも、今年は特別だ。友達であり、好きな人と過ごすのだから。私はソレを胸にしまって橘家に来た。時間は16時。丁度の時間に私はチャイム

          ハルカヒビク 第二十五話「きす」

          ハルカヒビク 第二十四話「ごめん」

          「え! フラれたの?!」 「先生声大きい」 「あ、ごめん」  週明け、私はまた部活をサボって放課後、保健室へと来ていた。 「それから、どうしたの?」 「普通に友達に戻ることになって、今日も一緒に登校しました」 「え〜。大丈夫なの?」 「何がです?」 「いや、あんた辛くないの?」 「なんか、意外と平気でした」  自分でも驚いていた。フラれたことは確かにショックだった。でも、正直予想していた。それに響は友達でいてくれると言っていた。流石に今日の朝は少し気まずい空気はあったが… 「

          ハルカヒビク 第二十四話「ごめん」