ハルカヒビク 第二十四話「ごめん」


「え! フラれたの?!」
「先生声大きい」
「あ、ごめん」
 週明け、私はまた部活をサボって放課後、保健室へと来ていた。
「それから、どうしたの?」
「普通に友達に戻ることになって、今日も一緒に登校しました」
「え〜。大丈夫なの?」
「何がです?」
「いや、あんた辛くないの?」
「なんか、意外と平気でした」
 自分でも驚いていた。フラれたことは確かにショックだった。でも、正直予想していた。それに響は友達でいてくれると言っていた。流石に今日の朝は少し気まずい空気はあったが…
「無理するなよ? 月並みだけど、泣きたい時は泣いた方がいいよ。溜め込むと詰まっちゃうから」
 谷先生は本当に心配そうに私を見た。
「ふふふ、大丈夫です。響の胸で沢山泣きました」
「そう聞くとなんかあいつタラシみたいだな。フっといて」
「あはは。そうですね。それに確かに辛かったです。けど…」
「けど?」
「私、諦めませんから」
 谷先生はハッとした顔をした後、ニヤリと笑った。そして何度も頷いた。
「そうだね」
「はい」
「境は厄介な子に好かれたな」
「ふふ、はい。厄介です。私は」
 元から希望なんて薄かった。無かったかも知れない。でも私は響にフラれても尚、響が好きだった。心の底から好きだった。響のことを考えると、陽だまりにいるように、胸が暖かくなる。この想いを響が受け入れてくれた時、私は本当の幸せを感じる気がする。その幸せを手に入れるために命を燃やせる気がした。諦めるという選択肢を私は持っていない。自分でも思う。ちょっと怖い。でも、それがなんだと言うんだ。私は響を手に入れたい。それは私が人生で初めて抱いた強い願望だ。その願いに抗うことは自分を殺すのと同じだ。なんとしても私は響を自分のものにして見せる。そのためにはなんでもしてやる。そんな私の燃える心を知ってか知らずか、
「まぁ、ほどほどにな」
 谷先生は私の頭を大雑把に撫でた。

 遥の告白から数日。私たちは自分でも驚くくらい至って普通に過ごしていた。一緒に登校し、たまに一緒に帰る。手を繋ぐことは無くなった。そこはお互い気を使っているのだと思う。
私も学校に行くようになった。噂の件は私の耳に直接は入らないが、きっと続きているのだろう。憂鬱な気持ちになるのは避けられなかった。だが、いつまでも逃げてはいられない。時が解決するのを願うしかない。噂になるのは嫌だが、遥と離れ離れになるのはもっと嫌だった。我ながら自分勝手だと思う。告白を断っておきながら、それでも尚私は遥と一緒にいる。
ふと考える。私の遥への想いは、友情という形から変化したものなのだろうかと。もし最初から私の想いが「恋」だった場合。遥と友達に戻るなど不可能なのではないだろうかと。遥と一緒にいたいという気持ちは「恋」を前提としたものの可能性があるということだ。友情など、はなから存在していなかったら、それこそ私は遥とどう接していけばいいのかわからない。わからないまま私はそれをなあなあにしてしまっている。
遥はどうなのだろう。遥は私にフラれている。それでも私と友達でいたいという。彼女の私への想いが最初から「恋」だった場合、彼女は今後私とどう接していくのだろう。
私達二人の間に最初から友情なんて無かった? そんな疑問を抱えつつも、今日も私は遥と登校していた。
「明日から冬休みだねー」
 ポンポンのついたニット帽、マフラーで口元を覆った完全防備の遥がそう言う。
「そうだっけ?」
「えーなんで知らないんだよー」
 今日は12月24日、クリスマスイブだ。それは知っていたが、どうやら今日で学校は休みらしい。
「あんまり季節とか気にしないで生きてるから」
「ふふふ、気にしなさすぎでしょう」
 遥の様子は告白以前と何にも変わらない。無理をさせているのかも知れない。でもそれを私から聞くことはしてはいけないことの様に感じた。
「明日さ、うちにこない?」
「え」
 クリスマス当日に遥と過ごす。魅力的な提案であるのは間違いない。だが、私は遥のへの想いを殺すと決めていた。その一瞬の迷いが遥にも伝わったのだろうか。
「愛もいるよ」
「あ、そうなんだ」
「私と二人じゃ嫌でしょう?」
 ドキリとする。
「そんなこと! …ないよ」
「あはは、ごめんごめん冗談」
 胸がひどく痛んだ。本当は私だって…。でももう決めたのだ。痛みを無理やり抑え込む。
「お父さんとお母さんは? 私邪魔じゃない?」
「二人で出かけるから。気にしなくていいよ」
「へー仲良いんだね」
「毎年そうだよー」
 純粋に羨ましく思った。結婚して子どもも大きいのに、未だにクリスマスは二人で過ごす。理想の夫婦だ。そんな理想の家庭を、私は持つことができるのだろうか。理想。私の理想はまさにそれなんだ。自分に言い聞かせる。遥への想いはきっと、いっときの気の迷いなんだと。いっときの感情に任せたら、その後取り返しのつかない事態になりかねない。
「愛も喜ぶから来てよー」
「んーじゃあお邪魔しようかな」
「やったー」
 そんなことを考えているのに、私は遥からの誘いを断れなかった。

「明日って暇?」
 放課後、廊下で呼び止められ、そう山中に聞かれた時、私はきっととんでもない間抜け面をしていただろう。
「は? なんで?」
「え! いや、この前悪いことしちゃったし、なんかこう、お詫び的な? 感じで、どこか行かないかなぁと…」
「お詫び…? 山中別に悪くないじゃん」
「え! いや、そうかも知れないけど…」
「それに明日は遥の家に…」
 そこまで言って気がついた。明日はクリスマス当日だ。それってつまり、
「え! はぁ?!」
「え!? なに?!」
「山中私のこと好きなの?!」
「!!!!」
 山中の顔が驚きの表情で硬直した。
「あ! ごめん!」
「お前っ! ほんと! ふざけんなよ! デリカシーとかそういうの…! お前!」
 山中は挙動不審に頭を抱えたり、天を仰いだりしたいる。言葉にならないようだ。
「ごめんごめん! 驚いちゃって。ほんとごめん!」
 山中はこめかみに手を当てたまま、
「いやもういいです…。で、明日はダメなの?」
「ごめん。遥と約束してて」
「また、橘か」
「またとはなんだっ」
「クリスマスも一緒か」
「遥の妹もいるよ。山中もくる?」
「いや、アウェイ過ぎる。というかこの状況で誘うか普通…」
「あはは、ごめん」
「まぁいいや。とりあえず、明日はダメと。じゃあいつなら空いてるの?」
 山中の意外な攻めの姿勢に私は心底驚いた。本当に私のことが好きなのだろうか。
「山中」
「何」
「まじですか?」
「まじだよ」
「わぁお。まじか」
「境が言わせたんだろ…」
 まさかこんなところで半ば告白するハメになるとは山中も思っていなかっただろう。私は本当に余計なことを言ってしまった。でもクリスマスに女子を誘うということはそういうことに他ならない。ごめん山中。私は驚きのあまり、デリカシーという概念を紛失してしまっていた。
 ただ、山中は「まじ」らしい。どうするべきだろう。私は遥が好きだ。でも、それは隠していかねばならない。だからと言って、山中に変に気を持たせるような真似もしたくはない。それこそ、最近の関わり合いで山中がいい奴だということは分かった。だから尚更だ。
「友達としてなら! どっか行ってもいいよ」
「いや、もうそれフラれてんじゃん俺」
 山中はガックリと肩を落とす。
「あ…ごめん。こういうときどうしたらいいかわからなくて」
「いや、謝らなくていい。境は悪くない」
 山中は深呼吸を一回すると、私を見た。
「また今度誘う。友達でもいい。だめか?」
「…うん。分かった」
 今更私は少し緊張してきていた。山中には悪いが、山中を男として意識したことはなかった。でも、山中の表情は真剣だった。それに本当に少しだけだけど、心が揺れた。
「よし、それじゃあ、また来年な」
「うん。良いお年を」
「おう」
 山中は笑顔で手を挙げて去っていった。
「私、モテ期来てんの?」
 私は近くに人がいないのを確認してそう言ってみた。




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