ほんのひび 4

 新聞の切り抜きをためている。
 仕事柄、時事問題を作成したりすることがあるので、1年を通して広く浅く、さまざまな分野の記事を、ちょきちょきちょきちょき、はさみで切り取っている。
 切り抜きは紙に貼りつけたりしないで、A4サイズのクリアホルダーに突っ込む。だいたい、「政治」「国際」「経済」「生活」「文化」みたいな大枠のカテゴリー順に並べて。これが4センチぐらいの厚みになるまでたまって、ファイルがたわんできたら、整理する。
 例えば法律の改正や、企業の経営統合・合併といったニュースは、「~される見通しとなった」「~となることが分かった」みたいな感じで報道されることが多い。見込みを示した記事は処分して、改正法の成立や施行、企業からの正式なリリースを示す記事に差し替えて、残していく。
 こういうことを、年がら年中、誰の眼にも留まらないところで粛々と続けている。

 それはともかく、2年ぐらい前からは、新聞に載っている書評や短評、本を出した著者への取材・インタビュー記事の中で、気になったものを切り取って残すようにしている。こちらは切り抜きをコピー用紙に並べて貼っていて、そこには新聞広告も含まれる。
 気になる本というのは、いくらでもあって。
 単に、タイトルやテーマから、「読んでみたい」と直感的に思う本。
 自分が編集している本、今後の企画に関わる内容なので、「読まなければ」と思う本。
 初めて知った出版社の場合、あとで調べてチェックするためにスクラップしておくケースもある。

 ここでものすごく現実的な話をすると、本をつくる・売る側の人間ではあっても、世の中に溢れるすべての本を即座に購入することは難しい。経済的な意味でも、物理的な意味でも、限界がある。
 だから、その時々で気になった本を、忘れずにいつかは手に取れるように、記事のスクラップという物体として残しておく。蓄積される切り抜きを時折見返すことで、ああ、この本が読みたかったんだと思い出せるから。
 それに、一度切り抜きをした経験があれば、本屋の棚をめぐっているときに本のタイトルがぱっと視界に収まって、立ち止まることができる。あのとき気にかかった本が、この本屋には置かれている。そう気づいた瞬間は、素直に楽しくなる。

 十代や二十代の頃と比べて、読みたい本が多くなったのかと言えば、そうとも限らない。あのときに読んでいたのはほとんどが漫画と小説で、同じ漫画家と小説家の作品を数十冊・百冊と読み進めていくことで、創作の単著だけでなくアンソロジー、エッセイ集、対談集にも出会えた。
 やがて、本の編集に関わるようになると、仕事のために購入して読む本の比率が増していった。一方で、仕事でも趣味でもない読書も増えた。ある年を境に、このまま同じジャンルの本ばかりを読んでいたら、自分の思考がしりすぼんでいくように感じられて、そんな危機感から全く未開の分野に足を踏み入れたのも、だいぶ昔の話。
 だから今のスクラップは、そういう全部が入り混ざった、「とにかく気になった」本をひとまとめにして貼りつけておく、いつかの読書のための備忘録みたいになっている。たまったコピー用紙の束は、現在進行形でクリアホルダーをたわませ、減る気配がない。
 それは、自分が消えてなくなるまでの間、続けられていく。
 スクラップを消化せずには終われないし、まだ読む本がこれだけ残っているんだということが、生きていくための動機づけみたいになっている。


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