見出し画像

野家啓一『パラダイムとは何か』にて

パラダイム概念は、トーマス・クーンが、1958年末から59年初め(日本では東京タワーが完成する頃)にかけて思いついたもののようです。

パラダイム
 クーンの科学論を支える最重要語。もともとはギリシア語で「模型」や「モデル」を意味した。下ってはラテン語など語学学習における語形活用の「模範例」を意味する。クーンが依拠したのは後者の語義であり、彼はパラダイムを「一定の期間、研究者の共同体にモデルとなる問題や解法を提供する一般的に認められた科学的業績」と定義している。つまり、現場の科学研究を先導する具体的指針のことである。個別の専門分野はパラダイムを確立することによって、「科学」として認められる。したがって、パラダイムを放棄することは、科学研究を止めることに等しい。クーンは科学の歴史を、知識の累積による連続的進歩の過程としてではなく、パラダイムの交代による断続的転換の過程として捉え直した。そのため、クーンの科学観には「パラダイム論」という呼称が与えられている。しかし、クーン自身がパラダイムを「世界観」と同一視するなど意味の拡散に一役買ったため、マスターマンはその曖昧さを批判し、パラダイムに二一種類の異なる用法があることを指摘した。クーンはそれを受けて、パラダイムを「専門母型」と言い換えたが、この用語はまったく流通しなかった。晩年のクーンはパラダイムを「解釈学的基底」や「辞書」という概念によって表現し、その内容を解釈学的考察や意味論的分析を通じて分節化することを試みている。他方、パラダイムはクーンの意図を越えて「物の見方」や「考え方の枠組」を意味する一般語として使われ始め、現在にいたっている。

――p.314キーワード解説

 パラダイムは、任意の時期の成熟した科学者共同体によって受け入れられた方法、問題領域、解決の基準の源泉となるものである。その結果、新たなパラダイムの受容は、しばしばそれに対応する科学の再定義を必然的に伴う。幾つかの古い問題は別の科学に追いやられるか、まったく「非科学的」と宣告されることもある。それ以前は存在しなかった、あるいは陳腐と見なされていた問題が、新しいパラダイムとともに、重要な科学的業績の原型となる。そして問題が変化するにつれて、非常にしばしば、真の科学的解決を単なる形而上学的思弁、言葉の遊び、数学ゲームなどから区別する基準も変化する。科学革命から出現した通常科学的伝統は、先行する伝統と両立不可能であるのみならず、実際に通約不可能であることも多い。
(『科学革命の構造』第九章)
 
 しかしながら、基準の通約不可能性以上のものがそこには含まれている。新しいパラダイムは古いパラダイムから生まれるのだから、新しいパラダイムはふつう、概念的であると操作的であるとは問わず、伝統的パラダイムがこれまで採用してきた語彙や装置の多くを取り入れる。しかし、新しいパラダイムがこれら借用した要素をほかならぬ伝統的な仕方で用いることは稀である。新しいパラダイムの内部では、古い用語、概念および実験はお互いに新たな関係を取り結ぶ。その不可避的結果として、適切な言葉ではないかもしれないが、二つの競合する学派の間の誤解と呼ぶべきものが生ずるのである。(中略)アインシュタインの宇宙に移行するためには、空間、時間、物質、力、等々といった糸からなる概念的織物の全体を作り変え、もう一度自然全体にかぶせ直さねばならない。
(『科学革命の構造』第一二章)

―― 第四章 『科学革命の構造』の構造

パラダイムが変わると、副次的に、価値観が変わり教科書が変わる。まあ、そういう体験は、言語(ラング)が変わっても、起こることだけど。

以上、言語学的制約から自由になるために。