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ブラックホールの内側は不安定。

ブラックホールは、一般相対論の有名なアインシュタイン方程式の解として得られる時空の1つです。通常は重い星の重力崩壊などで作られると考えられています。事象の地平面という因果律の境界を持ち、その地平面を越えて内部に入ってしまうと、古典的一般相対論が成り立つ範囲では、決して外に戻れません。光でさえも戻って来れないので、外から見ていると黒い穴が時空に開いたように見えます。それがブラックホールの語源の由来にもなっています。

物質が全部地平面内に既に落ちているならば、地平面の外側は静的な時空になっていて、安定しています。電荷や角運動量を持たないブラックホールは、「シュワルツシルト解」と呼ばれるアインシュタイン方程式の真空解で記述されます。そして座標変換を使えば、この真空解を地平面内部まで拡張することが可能であり、時空曲率が発散をする特異点領域が見えてきます。光の軌道が斜め45度の直線となる時空構造のペンローズ図を用いると、図1のr=0に、その特異点領域は生じます。

図1

図1のr=0は横方向に延びており、光の軌道よりも傾きが小さくなっています。つまりr=0はある空間点を指定しているのではなく、ある時刻の一定面を表しているのです。図1の真空解の地平面の内部は、静的な外部時空とは異なり、無限に長いホースのように伸びた空間で、そのホースの半径rが零へと潰れていく、非常にダイナミックな収縮宇宙を記述しているのです。

水素原子の中心点であるr=0と同じように、ブラックホールの図1でもr=0にだけ物質がデルタ関数的に集中していると考える人も居るかもしれません。もしそうだとすると、r=0にあるその物質は光の速さを超える速度のタキオン粒子からできていることになってしまいます。相対論的因果律を壊すこのような設定は通常除外され、タキオンではない重力崩壊した普通の物質が、r=0で指定された時刻の内部空間領域に広く、そして非常に高い密度で分布していると考えます。

球対称な星の重力崩壊でこのr=0の特異的領域ができる場合のペンローズ図は図2になります。崩壊初期のr=0は星の中心の空間点を指してしますが、ブラックホールが形成された後のr=0は、時空曲率が発散する時刻の空間領域を表すのです。

図2

ここまでは古典的な一般相対論の話です。量子効果をいれると、ホーキング博士が指摘をしたようにブラックホールは熱輻射(つまりホーキング輻射)を出して蒸発をしていきます。この蒸発過程に対しては、図3のペンローズ図が理論的に提案をされています。

図3

図3でも、時空曲率がプランクスケール程度に大きくなる特異点領域でのr=0は、やはり時刻一定の領域を表しています。ブラックホールが蒸発した後は、特異点も地平面も持たない平坦な時空に戻るシナリオです。

しかし図3は飽くまでブラックホール蒸発の1つの仮説にすぎません。実際にこのような時空が実現しているのかどうかは、現時点では分かっていません。

特に蒸発中の特異点近傍の時空領域はとても不安定であると考えられます。
ホーキング輻射には電子などの荷電粒子も含まれています。輻射中のその電荷Qの平均値は零と計算されるのですが、その量子揺らぎδQは零にはなりません。そのため図4のように、ブラックホール内部の電荷も実は完全に零にはならず、揺らいでいます。

図4

ところが電荷が零と非零の地平面内部では、その時空構造が大きく変わるのです。電荷が完全に零であれば、図1のようにr=0の特異点は時刻一定の領域(つまり空間的な特異点、spacelike singularity)になります。ところが、いくら小さくても、電荷Qが非零の値を持っていれば、図5の破線のように、r=0は新しく現れた「時間的な特異点(timelike singularity)」を指すことになります。


図5

図1と図5の特異点近傍の時空構造は全く違うことに注意してください。この2つのブラックホールの電荷の差が有限であれば、いくらその差の値が小さくてもこうなるのです。これが意味するのは、ブラックホール内部領域の強い不安定性です。この不安定性を真面目に受け取れば、図3の簡単なブラックホール蒸発の時空構造の仮説も、決して信憑性は高くないと言えるのです。

量子効果を入れると、蒸発によってブラックホール内部領域の物質や量子情報は外部に最終的に開放される可能性があります。つまり古典論とは異なり、内部領域も「観測可能性がある領域」と言えます。しかしこの内部領域は現時点ではまだまだ分からないことも多く、世界中で研究が進められています。ブラックホールは地平面外部領域だけでなく、その内部領域も大変エキサイティングな研究対象なのです。

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