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Quant College レクチャーシリーズ(8)マーケットコンベンションのまとめ(マイナー通貨のスワップ編(2):アジア通貨,BRL,MXN)

1.はじめに

概要:
マイナー通貨のスワップについて、マーケットコンベンション(市場慣行)をわかりやすく体系的にまとめたもの。

マーケット部門に配属されて真っ先に学ぶのが、各種スワップから様々なイールドカーブを構築する方法である。しかし様々なマーケットコンベンションを理解していないとイールドカーブを正確に構築することはできない。また、実際のスワップのトレードでは細かいコンベンションを一つ一つ指定し、その通りにプライシングしないといけない。コンベンションによってイールドカーブ構築方法が変わり、結果として使用するインプットレートも変わってくるため、リスク管理部門などミドル部署でもコンベンションの理解が必要である。休日調整や利払スケジュールなどのコンベンションはバック部署でも必要な知識と言えるだろう。

ところがマーケットコンベンションに関する情報は、英語ならネットや書籍から断片的に得られるものの、日本語の情報はほぼ皆無に等しい
また、どのような場合にどのコンベンションを使うのかは、実務を経験した者でないとそもそも知り得ない情報である
そういうわけで、マーケット部門に配属された後にゼロからほぼ独学で、必要な知識をつまみ食いで学ぶことになる。内容としては難しいものではないものの、本業の合間に英語資料を見つつ、基礎知識を独学で身に付けていくのは効率が悪い。
さらに、最近ではRFR移行に伴い新たな商品が出てきており、最新の動向を自力で追って行くのは骨が折れる。

そこで当noteでは:
エマージング通貨などのマイナーな通貨について、スワップのコンベンションを体系的に整理する。これらは日本語の情報はもとより、英語でも整理された情報があまり出回っていない内容と思われる。また、コンベンションの理解に必要となる、エマージング通貨に特有の商品に関する基礎知識を補足説明する。

当noteの特徴:
・実務で必要な内容に絞って要約
・専門用語を平易な日本語で解説
・RFR移行に伴い新たに出てきた金利も含めて整理
・似た用語の違いやそれらの関連について解説
・数式をできる限り用いず直感的に説明
・文献ではあまり説明されない前提知識も含め、理解しやすい順番で解説

当noteの著者について:
・クオンツとして新卒入社後、デリバティブ評価関連の実務に長年従事
・LIBOR廃止による評価モデルへの影響調査、イールドカーブ構築のロジック開発、ライブラリ改修の実務を経験
・自身の運営するサイトQuantCollegeでは、金融工学・デリバティブに関する記事を600本以上執筆
・noteは累計500部以上を売り上げ済み

当noteは以下のような方向け:
・マイナー通貨のスワップのコンベンションを学びたい金融機関勤務の方
・RFR関連の新しいマーケットレートについて知りたい方
・英語を読むのはしんどいので、日本語で効率的に学びたい方
・ネット等での断片的な理解ではなく、一つにまとめて整理したい方
・必要な資料を集めて読んで体系的にまとめる、という時間を節約したい方

当noteで前提とする知識:
・金利スワップの初歩的な知識
・スワップコンベンションの一般的な基礎知識(当noteの姉妹編(メジャー通貨のスワップ編)を参照)

当noteを読んで得られるメリット:
・マイナー通貨のスワップのコンベンションが詳しくわかる
・マイナー通貨のイールドカーブ構築方法について概略をイメージできる
・ネット上の英語資料を調べ回る必要がなくなり、時間を節約できる
・頭の中に「地図」ができ、社内やネットの情報を効率的に吸収できる

当noteに書いていない内容:
・スワップコンベンションの一般的な基礎知識(当noteの姉妹編(メジャー通貨のスワップ編)を参照)
また、以下のような理論的な内容などは書いていない。
・イールドカーブ構築に用いる計算式
・スワップのプライシングに用いる計算式

当noteに関する注意点:
・マーケットコンベンションは市場環境の変化に応じて変わることもあるため、当noteに記載のコンベンションが常に唯一の答えであるとは限らない。
・noteに記載のイールドカーブ構築方法の概略は説明の都合上、実務をかなり大胆に単純化しているほか、イールドカーブ構築方法は会社や拠点によっても異なるため、あくまで一つの例に過ぎない。

ディスクレーマー:
当noteに掲載されている記事の内容につきましては、正しい情報を提供することに最大限努めてはおりますが、情報の完全性については保証せず、また責任を負いません。
当noteは初心者が理解しやすいことを優先した記述となっていますため、厳密には完全に正確とは言い切れない記述も含まれる可能性がある点につきましては、ご理解・ご容赦のほどお願い致します。
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当noteに記載の内容や意見につきましては、当note運営者の個人的見解であり、当note運営者の雇用主の公式見解ではありません。
当noteの内容を著者の許可なく複製、転載、共有、配布、転用、譲渡、販売すること、およびそれらに準ずる行為を固く禁じます。上記の禁止事項が発覚した場合は、然るべき対応をとらせて頂きます。

1.1 当noteの構成

当noteの構成は以下の通り。

2章では準備として、エマージング通貨に特有の商品であるNDF、NDS、NDIRS (ND-IRS) を簡単に説明する。

3章以降が通貨ごとのコンベンションのチートシートである。各種マーケットレートのコンベンションを詳しく見ていく。
3章~13章でアジア通貨
(CNY, CNH, HKD, SGD, KRW, TWD, THB, IDR, MYR, INR, PHP)、
14章~15章でラテンアメリカ通貨 (BRL, MXN)、
について説明する。

16章で当noteをまとめる。

アジア通貨はどれも似通った部分が多いが、BRLとMXNはそれぞれ特殊なマーケットコンベンションになっている。

2.エマージング通貨に特有の商品

2.1 NDF (Non-Deliverable Forward)

NDFとは、満期での勝ち負けをUSDに換算して差金決済するタイプの為替フォワード(為替予約)である。

資本規制を行っている新興国の通貨は、非居住者による取引が制限されるため、先進国からこれらの通貨建てでキャッシュフローを受け払いすることが困難となっている。

通常の為替フォワードでは、例えばKRW(韓国ウォン)買いUSD売りなら、満期でKRWを受け取りUSDを支払う。しかしKRWは先進国にある金融機関で決済することは困難であるため、KRWを実際に受け取ることは難しい。そこで、もし仮にKRWを満期の為替スポットでUSDに倒し、受け払いのUSDを相殺した場合に求まる、差額をUSD建てで決済する。こうすれば、KRWの受け払いをすることなく、為替フォワードの勝ち負けをUSD建てで決済できる。

NDFは、ノンデリバラブル通貨のUSD担保ディスカウントカーブ構築において、1年未満などの短期グリッドに用いる。

2.1.1 ノンデリバラブル通貨一覧

現在、先進国から通常の為替フォワードを取引するのが困難であり、NDFの形で取引する通貨(ノンデリバラブル通貨)は以下の通り。

アジア:
CNY(中国人民元)
IDR(インドネシアルピア)
INR(インドルピー)
KRW(韓国ウォン)
MYR(マレーシアリンギット)
PHP(フィリピンペソ)
TWD(台湾ドル)
VND(ベトナムドン)

中東・アフリカ:
EGP(エジプトポンド)
KZT(カザフスタンテンゲ)
NGN(ナイジェリアナイラ)

中南米:
ARS(アルゼンチンペソ)
BRL(ブラジルレアル)
CLP(チリペソ)
COP(コロンビアペソ)
CRC(コスタリカコロン)
GTQ(グアテマラケツァル)
PEN(ヌエボ・ソル)(ペルー)
SRD(スリナムドル)
UYU(ウルグアイペソ)
VEF(ボリバル・ソベラノ)(ベネズエラ)

以下を参照。
https://en.wikipedia.org/wiki/Non-deliverable_forward

2.2 NDS (Non-Deliverable Swap)

NDFは、差金決済型の為替フォワードであった。
同様に、NDSは差金決済型の通貨スワップである。

NDSでは、USDの変動金利(LIBOR3MやLIBOR6M)と、ノンデリバラブル通貨の固定金利を定期的に交換し、満期に元本交換が行われる。しかしキャッシュフローはいずれも、ノンデリバラブル通貨をUSDに倒して、USD建てで求めた受け払いの差額を決済する。通常の(差金決済ではなく現物決済の)通貨スワップでは、満期日だけではなく取引開始日のSpotラグ(たいてい2営業日)後にも元本交換が発生するが、NDSでは発生しない。

NDSは、ノンデリバラブル通貨のUSD担保ディスカウントカーブ構築において、1年以上などの長期グリッドに用いる。実際にエマージング通貨のスワップを評価するうえで必要になるイールドカーブは、多くの場合、このUSD担保ディスカウントカーブ、およびそれを用いて構築するJPY担保ディスカウントカーブである。

2.3 NDIRS (Non-Deliverable Interest Rate Swap)

NDIRSは、差金決済型の金利スワップである。NDSはUSDの変動金利とノンデリバラブル通貨の固定金利の交換を差金決済で行うが、NDIRSはノンデリバラブル通貨の変動金利と固定金利の交換を差金決済で行う。変動金利は、現地独自のIBOR(Local IBOR)である。ここで、IBORとは銀行間金利をもとに算出される変動金利指標のこと。Local IBORとはJPYだとTIBOR、EURだとEURIBORのことである。

エマージング通貨の多くは現地独自のIBORを持たないか、あるいはIBORがあってもそれを参照する金利スワップが広く取引されていない。しかし一部のエマージング通貨では、NDSのようにUSDを介在させることなく、現地独自のIBORを参照する金利スワップが取引されている。

NDIRSは、ノンデリバラブル通貨のIBORプロジェクションカーブ構築に用いる。IBORプロジェクションカーブはIBORを参照するスワップの変動金利(の期待値)を求めるのに使う。しかし実際には、エマージング通貨でよく取引されるのは通貨スワップだが、エマージング通貨Legは固定金利の場合が多い。このため、IBORプロジェクションカーブが評価に必要となるケースはまれである(プロジェクションカーブは将来に確定する変動金利の期待値を求めるのに使うことを思い出そう)。

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