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Quant College レクチャーシリーズ(6)マーケットコンベンションのまとめ(メジャー通貨のスワップ編)

1.はじめに

概要:
本稿は、メジャー通貨のスワップについて、マーケットコンベンション(市場慣行)を可能な限りわかりやすく、体系的にまとめたもの。

当noteリリースの背景:
マーケット部門に配属されて真っ先に学ぶのが、各種スワップから様々なイールドカーブを構築する方法である。しかし様々なマーケットコンベンションを理解していないとイールドカーブを正確に構築することはできない。また、実際のスワップのトレードでは細かいコンベンションを一つ一つ指定し、その通りにプライシングしないといけない。コンベンションによってイールドカーブ構築方法が変わり、結果として使用するインプットレートも変わってくるため、リスク管理部門などミドル部署でもコンベンションの理解が必要である。休日調整や利払スケジュールなどのコンベンションはバック部署でも必要な知識と言えるだろう。

ところがマーケットコンベンションに関する情報は、英語ならネットや書籍から断片的に得られるものの、日本語の情報はほぼ皆無に等しい。
また、どのような場合にどのコンベンションを使うのかは、実務を経験した者でないとそもそも知り得ない情報である。
そういうわけで、マーケット部門に配属された後にゼロからほぼ独学で、必要な知識をつまみ食いで学ぶことになる。内容としては難しいものではないものの、本業の合間に英語資料を見つつ、基礎知識を独学で身に付けていくのは効率が悪い。
さらに、最近ではRFR移行に伴い新たな商品が出てきており、最新の動向を自力で追って行くのは骨が折れる。

そこで当noteでは:
・実務で必要な内容に絞って要約
・専門用語を平易な日本語で解説
・RFR移行に伴い新たに出てきた金利も含めて整理
・似た用語の違いやそれらの関連について解説
・数式をできる限り用いず直感的に説明
・文献ではあまり説明されない前提知識も含め、理解しやすい順番で解説

当noteの著者について:
・クオンツとして新卒入社後、デリバティブ評価関連の実務に長年従事
・LIBOR廃止による評価モデルへの影響調査、イールドカーブ構築のロジック開発、ライブラリ改修の実務を経験
・自身の運営するサイトQuantCollegeでは、金融工学・デリバティブに関する記事を600本以上執筆
・noteは累計500部以上を売り上げ済み

当noteは以下のような方向け:
・スワップのコンベンションを学びたい金融機関勤務の方
・RFR関連の新しいマーケットレートについて知りたい方
・英語を読むのはしんどいので、日本語で効率的に学びたい方
・ネット等での断片的な理解ではなく、一つにまとめて整理したい方
・必要な資料を集めて読んで体系的にまとめる、という時間を節約したい方

当noteで前提とする知識:
・金利スワップの初歩的な知識があるとより深く理解しやすい

当noteを読んで得られるメリット:
・スワップのコンベンションについて、全体像を把握できる
・似ているコンベンションや専門用語の違いがわかるようになる
・USD, EUR, JPY, GBP, AUDのスワップのコンベンションが詳しくわかる
・RFR移行後のイールドカーブ構築方法について概略をイメージできる
・ネット上の英語資料を調べ回る必要がなくなり、時間を節約できる
・頭の中に「地図」ができ、社内やネットの情報を効率的に吸収できる

当noteに書いていない内容:
以下のような専門家向けの内容や理論的な内容などは書いていない。
・イールドカーブ構築に用いる計算式
・スワップのプライシングに用いる計算式

当noteに関する注意点:
・マーケットコンベンションは市場環境の変化に応じて変わることもあるため、当noteに記載のコンベンションが常に唯一の答えであるとは限らない。
・noteに記載のイールドカーブ構築方法の概略は説明の都合上、実務をかなり大胆に単純化しているほか、イールドカーブ構築方法は会社や拠点によっても異なるため、あくまで一つの例に過ぎない。

ディスクレーマー:
当noteに掲載されている記事の内容につきましては、正しい情報を提供することに努めてはおりますが、情報の完全性については保証せず、また責任を負いません。
当noteは初心者が理解しやすいことを優先した記述となっていますため、厳密には完全に正確とは言い切れない記述も含まれる可能性がある点につきましては、ご理解・ご容赦のほどお願い致します。
当noteで提供している記事の内容及びリンク先から、読者様・購入者様へいかなる損失や損害などの被害が発生したとしても、当noteでは責任を負いかねますのでご了承下さい。
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当noteに記載の内容や意見につきましては、当note運営者の個人的見解であり、当note運営者の雇用主の公式見解ではありません。
当noteの内容を著者の許可なく複製、転載、共有、配布、転用、譲渡、販売すること、およびそれらに準ずる行為を固く禁じます。上記の禁止事項が発覚した場合は、然るべき対応をとらせて頂きます。

1.1 当noteの構成

当noteの構成は以下の通り。

2章と3章は準備である。
2章では、そもそもマーケットコンベンションとは何かを簡単に説明する。
3章では、金利スワップの分類と各種スワップの特徴を復習する。

4章と5章では6章以降のチートシートに出てくるコンベンションの定義を事前に確認しておく。
4章ではスワップで登場する各種コンベンションがそもそも何なのかを順番に説明していく。
5章では4章で説明した中から、特にデイカウントコンベンションに焦点を当ててコンベンションの内容を順に説明する。

6章以降が通貨ごとのコンベンションのチートシートである。
6章でUSD、7章でEUR、8章でJPY、9章でGBP、10章でAUDについて、各種マーケットレートのコンベンションを詳しく見ていく。

11章で当noteをまとめる。

2.マーケットコンベンションとは

Market Conventionは日本語にすると市場慣習、市場慣行、市場規約などである。マーケットコンベンションとは、市場参加者の暗黙の了解となっている標準的・一般的な取引内容のことを言う。

市場で取引する際には細かい取引条件を指定し合意する必要があるが、これら取引条件の選択肢は多く、非常に多くの組み合わせが考えられる。しかし、「普通はこういう取引条件を選ぶよね」という一般的な取引条件が、暗黙の了解としてある程度定められている。これがマーケットコンベンションである。

例えば情報端末から取得できるマーケットレートは、そのレートのマーケットコンベンションに従って求められている。マーケットコンベンションを誤って覚えていた場合、取得したマーケットレートの前提となっている取引条件を勘違いしてしまうことになる。

3.金利スワップの種類

主に以下の2種類に分かれる。

・変動金利と固定金利を交換するスワップ:アウトライトスワップ
・変動金利と変動金利を交換するスワップ:ベーシススワップ

アウトライトスワップのことだけを「金利スワップ」と言うことが多い。「アウトライトスワップ」はベーシススワップと区別するために用いる用語だが、それほどよく使う用語ではない(ちなみに為替系商品では「アウトライト」は「スワップ」の反対語のように使われ、上記の意味とは異なる)。

通貨スワップの一種であるクーポンスワップは、異なる通貨の固定金利同士を交換するスワップだが、これは金利系商品というよりは為替系商品(クーポンスワップはフラット為替と呼ばれる商品と同じ)なので、ここでは省略する。

例えばアウトライトスワップの場合、変動金利を支払うサイドと固定金利を支払うサイドに分かれるが、各サイドを変動Leg (Floating Leg)、固定Leg (Fixed Leg) のように呼ぶ。

3.1 アウトライトスワップ

変動金利と固定金利を交換するスワップをアウトライトスワップと言うことがある。アウトライトスワップに加えて、後で説明する、変動金利同士を交換するベーシススワップも含めて「金利スワップ」と総称することもある。

マーケットでは変動金利と釣り合うような固定金利のレートを呈示して取引する。スワップを買う・売るではなく、払う・受けると表現する。固定金利の受け手のことをレシーバー (receiver)、固定金利の支払い手のことをペイヤー (payer) と言う。

アウトライトスワップはOISとIBORスワップに分けられる。

3.1.1 OIS

OISはOvernight Index Swapの略で、翌日物金利スワップのことである。つまり翌日物金利指標と固定金利を交換するスワップのことをOISと呼ぶ。翌日物金利指標(Overnight Index)とは、今日借りて明日返す場合の金利をもとに算出される金利指標である。LIBOR廃止後はOISが金利スワップ(IRS; Interest Rate Swap)の代表選手となる。

Overnight Indexのうち、各国の規制当局にRFR(Risk Free Rate)として指定されたものをRFRと呼ぶ。当noteでは、RFRと固定金利を交換するスワップのことをRFRスワップと呼ぶ。すなわち、OISのうちRFRを参照するOISをRFRスワップと呼ぶことにする

3.1.2 IBORスワップ

LIBORなど、銀行間金利の指標を総称してIBOR(アイボー)と言う。日本円であればLIBOR以外にZTIBORやDTIBORがある。当noteでは、IBORと固定金利を交換するスワップをIBORスワップと言うが、これはOISと区別するためのものであり、あまり一般的な用語ではない。

IBORスワップのことを指して金利スワップ(IRS; Interest Rate Swap)と言うことも多い。しかしLIBOR廃止後はOISが金利スワップの代表選手になるので、IBORスワップのことを金利スワップと呼ぶのは今のうちだけだろう。

OISとIBORスワップの違いは以下の通り。

OIS翌日物金利を変動金利とするアウトライトスワップ
IBORスワップターム物金利を変動金利とするアウトライトスワップ

ターム物金利とは、金利の期間(テナー)が1営業日より長いものを言う。例えば6カ月物金利や3カ月物金利などである。IBORの中には翌日物IBORもあるが、IBORスワップの変動金利に用いるIBORは、翌日物ではなくターム物である。翌日物金利を変動金利に用いるスワップは、IBORスワップではなくOISと呼ぶ。

3.2 ベーシススワップ

異なる種類の変動金利を交換するスワップのことをベーシススワップと呼ぶ。ベーシススワップは以下の4種類に分かれる。

・テナーベーシススワップ
・インデックスベーシススワップ
・OIS vs IBORベーシススワップ
・通貨ベーシススワップ

3.2.1 テナーベーシススワップ

テナーベーシススワップは、通貨は同じで金利指標の種類も同じだが、金利指標のテナーが異なる変動金利を交換するスワップである。最もメジャーなのはIBOR3MとIBOR6Mを交換するもので、3s6sなどと略記する。マーケットでは、テナーが短いサイドに乗るスプレッドを呈示して取引する。

3.2.2 インデックスベーシススワップ

インデックスベーシススワップは、通貨は同じでテナーも同じだが、異なる種類の金利指標を交換するスワップである。例えば、LIBOR6MとTIBOR6Mを交換するLTスプレッドや、ZTIBOR6MとDTIBOR6Mを交換するZDスプレッドなどがある。マーケットでは、一般的にレート水準が低いと思われるサイドに乗るスプレッドを呈示して取引することが多い。

3.2.3 OIS vs IBORベーシススワップ

OIS vs IBORベーシススワップ(OISベーシススワップ)は、同じ通貨の翌日物金利指標 (Overnight Index) とIBORを交換するスワップである。(見方によってはインデックスベーシススワップの一種と考えることもできるかもしれない。)例えば日本円なら、後決め複利TONAとLIBOR6Mを交換するスワップなどである。マーケットでは、翌日物サイドに乗るスプレッドを呈示して取引する。

3.2.4 通貨ベーシススワップ

通貨ベーシススワップ (Cross Currency Basis Swap, XCCY Basis Swap) は、異なる通貨の変動金利を交換するスワップである。例えばUSDの変動金利とJPYの変動金利を交換するスワップである。マーケットでは、主要通貨(主にUSDで、USDが介在しない場合はEURが多い)の反対サイドに乗るスプレッドを呈示して取引する。

以前はIBOR3Mを交換する形(IBOR通貨ベーシススワップ)だったが、今後は後決め複利RFRを交換する形(RFR通貨ベーシススワップ)に移行していくだろう。

エマージング通貨が介在しない場合、利払いのたびに主要通貨(主にUSD)サイドの元本を、足元の市場実勢で洗い替えて、Before/Afterの元本差額を受け払いするものが多い。例えばUSD/JPYの場合、為替が円高に振れたら、JPY元本と釣り合うようにUSD元本を増加させる。このように元本が変動する条項をMtM (Mark-to-Market) 条項と呼ぶ。

エマージング通貨とUSDを交換する場合は、たいていMtM条項が付いていない。また、USDサイドは変動金利だがエマージング通貨サイドは固定金利になっていることも多い。その場合は通貨ベーシススワップではなく通貨スワップということになる。

4.スワップ関連のコンベンション

4.1 復習:利息額を構成する3つの要素

スワップの両サイドではそれぞれ、以下の式で求めた利息額を支払う。

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