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無人駅で孤独に過ごす贅沢な一夜 鉄道旅行の至高の楽しみ方・駅寝を実践しよう!


 旅行はしたいけれど、カネはない。
時間はやりくり次第でなんとかなるものだけれど、移動にも三度の食事にも、カネがかかるもの。特に、無駄に感じるのは宿代である。

露天風呂を楽しむとか、上げ膳据え膳で豪華な食事に舌鼓を打つのでなければ、寝るためだけに宿代を支払うのは勿体無い。

 そこで挑戦してみたいのがSTB、station bivouac(ステーション・ビバーク)、すなわち、駅寝である。

今回、飯田線沿線を旅することになった筆者は、最初から駅寝を前提に旅行計画を作成。途中でくじけないように、財布の中には2万円だけ。東京駅で、青春18きっぷを購入したので、列車に乗ったときには既に残金は8500円。駅寝前提ならば、これくらいで旅の資金は十分なのだ。

 正直なところ、最近では旅をしていても駅寝をする人の姿を見かけることは少なくなった。インターネットで宿を探せるようになって、うまくすれば3000円台の宿も見つけられるようになったからだろう。

 それに、終電近くまで乗り降りがある街に近い駅だと、自分が不審人物に間違われる可能性もあるし、危険な目に遭遇する可能性もある。


 というわけで、まずは駅寝を愛好する人々に伝わる「STB憲章」を復唱して筆を進めていこう。

1:われわれは旅を愛し、旅の原点の「ビバーク」を愛する。

2:駅泊を旨とするが、1宿の義理は欠かさないつもりだ。「最終列車が 出るまで寝ない」「駅舎内で火は使わない」「始発列車が入るまでに去る」「ゴミはきちんとかたづける」。

3:そして人との「出会い」をたいせつにする。

□秘境駅で夜を過ごしたいのは、俺だけじゃなかった

 さて、まず一泊目の宿に選んだのは、飯田線の秘境駅として名高いA駅(どの駅かは、空気を読んでね)である。最終電車を降りるときは、まさか誰も降りないだろうと思っていたら、なんと筆者のほかに、二人も下車する人影が。

 先に駅舎に入った二人は、早速、長椅子のあたりを確保していたので、まずはこちらからにこやかに挨拶。

 お互いに「あれは何者だろう……」と不審な視線を送り合いながら一晩を過ごすのは、よい気分じゃない。大学生風の二人は友人同士で訪れた様子で、なぜか手に持っていたスーパーの袋からはネギが飛び出していた。

 あんまり、偶然、出会った人とは交流をしたい雰囲気ではなさそうなので、こちらからは積極的に話しかけないことにした。二人も気を使っているのか、こちらが荷物を広げている間に、ホームの端まで移動して酒盛りを。

 この駅、事前にインターネットで情報を得た限りでは、たまに駅寝をする人もいる様子。情報によれば、深夜には駅の電灯が消えてしまうという情報もあったので、まずはヘッドライトを頭に装着してから行動を開始することに。

 まず、駅寝に欠かせないのは、自炊の装備である。筆者が持参したのは5000円程度で揃う登山用のガスストーブとコッヘルだ。一回、買えば、そうそう壊れるものでもないので(次第に高級品が欲しくなる人もいるようだが)、重宝する。

 持参した食料は、白米と棒ラーメン。アウトドアでは非常食のアルファ化米を使う人が多いようだけれど、やはり米を持参して炊くに限る。棒ラーメンは、100円ショップでも必ず売られているものだが二食入って100円なので、貧乏旅行には欠かせない。

 さて、食事を終えて散策もしたら、やることもないので就寝。「始発までに去る」ルールを絶対視しているので、朝は早い。それに、朝もやの中で、ようやく自分が寝た駅の全貌が見えてくるのが駅寝の醍醐味なのだから。 

 ……と、目覚めはガサゴソと動く人の音だった。なにかと見てみたら、まだ随分と早い時間なのに二人組は起き出しているではないか。

 と、見ると彼らは寝袋は持参しているのに駅舎のコンクリートの床に敷いているのは、ハイキングとかで使うレジャーシート……。この駅、ホーム側はドアがなくて、外気がモロに侵入してくる、ただでさえ寒さ対策が必要な構造なのだが……。せめて銀マットくらいは、持ってこようよ!

□突然現れた人影に驚く

 さて二晩目である。実は伊那市駅の先のどこかの駅で寝ようかと思っていたのだが、田切駅で「登山ですか?輪行ですか?」と話しかけてきた、地元の人から得た情報で予定を変更することに。

 筆者が正直に「昨晩も駅で寝たんですよ」と話したところ、「長野県側は、もっと寒いし、このあたりは悪いヤツらが多いよ」と指さしたのはまさに伊那市駅よりも辰野・岡谷よりのあたり。

 なるほど、街に近づくに連れて、人も増えるし結果的に、トラブルの可能性も高くなるのは間違いない。というわけで、天竜峡駅よりも豊橋寄りの秘境っぽい駅を探すことにする。

 しかし、情報は少ない。携帯でネットに接続して得られる情報(これだけでも筆者が最初に駅寝した90年代初頭に比べて、もの凄い進化だが)は、せいぜい駅舎にドアがあるかどうかくらい。でも、そんな情報でも貴重だ。念のため、終電よりも二本ほど早い列車に乗って、候補地のB駅(光画部がみんなで泊まった駅だよ!で察してくれ)に到着。まったく人の気配はなし、前夜の駅と同じく、あたりは真っ暗である。

 設備的には、昨晩よりも豪華だ。駅舎にドアはあるしトイレも綺麗。さっそく準備をして、とりあえず終電が過ぎるまで待つことに。

と、そこへ突然、自動車の音が聞こえたかと思うと、駅舎の傍に停まるではないか。小心者の筆者は、思わず身を隠す。

 車から出てきた人も、なんだか、恐る恐るこちらを伺っている様子だ。車の中をガサゴソやっている様子なので「なにも見ていないことにしよう……」と、気配を消してみる。

 ……保線区の人であった。単に作業着に着替えてただけのようで、そのまま、しばらく線路を伺うと、また車に乗って去って行った。うーん、この真っ暗な山道を、一人で車でやってきた彼のほうが、よっぽど怖かったはず。

 さて、この夜は完全に一人。川の流れを除いてはまったく音がしない静まりかえった空間で過ごすことになった。これも駅寝の魅力の一つ。

 最近では、高い山に登っても頂上は、大賑わいだったりして、なかなか自然の中で孤独を楽しむのは難しい。なにより、駅寝だとわざわざ、岩にしがみついて山に登ったり、必死で自転車のペダルをこがなくても、孤独を楽しめるところへ運んでくれるのが楽だ(いや、もちろん登山も自転車も筆者は大好きです)。

 とはいえ、やはり一人だと、やることもなくて気がついたら深い眠りの中へ……。

 翌朝目覚めて、驚いた。夜の闇でまったく見えなかったのだが、駅は天竜川の雄大な流れに面していたのだ。うん、やはり朝一番の驚きこそ駅寝の醍醐味だ。

 
 単に駅で寝る。それだけのことで、ちょっとした冒険気分を味わうことができる、それが駅寝だ。おそらく冬の北海道でもなければ、日本のどこでも駅寝は可能なはず。ぜひ、多くの人々に挑戦して貰いたいものだ。あ、最初にやるなら夏になってからがいいよ!


(初出:「日刊サイゾー」2012年4月11日掲載http://www.cyzo.com/2012/04/post_10360.html


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