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<読書日記>季節はうつる、メリーゴーランドのように(岡崎琢磨)


あらすじ

奇妙な出来事に説明をつける、つまり、「キセツ」。
夏樹と冬子は、高校時代、「キセツ」を同じ趣味とする、唯一無二の存在だった。
しかしそれは、夏樹の恋心を封印した上で成り立つ、微妙な関係でもあった。
天真爛漫で、ロマンチストで、頭は切れるのにちょっと鈍感な冬子。
彼女への想いを秘めたまま大人になった夏樹は、久々に冬子と再会する。
冬の神戸。バレンタインのツリーを避けて記念写真を撮るカップルを見て、冬子は言った。
「キセツ、しないとね」
謎を乗せて、季節はめぐる。
はじけるような日常の謎、決して解けない恋愛の謎。
夏樹の想いの行方は……。
若き才能、岡崎琢磨が描く、新たなる恋愛ミステリの傑作。



ざっくりストーリー

 高校時代の親友だった、夏樹と冬子。プロローグでは冬子との思い出を思い返しながら、決意する夏樹が描かれる。
 そして、物語はある冬の日から始まり、春、夏、秋、そして次の冬の日へとうつる中、昔の事件を振り返りながらそれぞれの季節に起こる小さな出来事を「キセツ」していく様子が語られる。

 夏樹と冬子の中でのみ伝わる単語。「キセツ」。

 「キセツ」。それは「奇妙な出来事には、説明をつけてあげないとね。」を略した言葉。
 物語は、うつりゆく季節の中で起こる出来事をキセツしていくと共に、冬子に伝えたいことがあるのに、いつもはぐらかされてしまう夏樹の様子が描かれている。そして、最後には思わぬ結末が待っていた。



- 以下ネタバレあり -






感想

娘のお薦め

 作者の岡崎琢磨さんについては、このミス大賞の候補にもなった「珈琲店タレーランの事件簿」で知っていたのだが、今回この作品を手に取ったのは本好きの娘から薦められたのがきっかけだった。

 思春期真っ盛りで、話しかけても「さあな」か「あっちいって」か「無視」のほぼ3択の娘が、珍しく「読んでみたら。」と無造作にテーブルの上に「ポンッ」と置いていったのがこの作品だった。
 よほど面白かったのか、私に読んで欲しいと思ったのか、いずれにせよその素っ気ない態度とは裏腹に大きく心を揺さぶられたのだろうと思い、私はその本を手に取るとすぐにページを開いた。
 そして、普段はゆっくり時間をかけて(かかって?)1冊1週間ぐらいのペースで読んでいる私が、丸1日で読み切ってしまったのだから、娘の目は確かだったのだろう。

読みやすさ

 ストーリーと謎解き。どちらも楽しめる作品が好きだ。難解で複雑な殺人事件のトリックなどに頭悩ますのも楽しいのだが、この作品のように、ささやかで意識しなければ素通りしてしまうような出来事を解決していくような作品も楽しい。主題となるのは夏樹と冬子の関係であるのでそのストーリーについても続きが気になり、するすると読み終えた。

懐かしさ

 作者は京都大出身とのことで、おそらく作者自身の学生時代の風景であろう京都や奈良、神戸の描写は、まさに私にとっても学生時代に見た風景であり、懐かしさを重ねながら読んでいた。
 第1章の舞台となったのは神戸。南京町やモザイク、そして摩耶山の掬星台という、私自身が学生時代にデートした場所であったり、夏樹が「西大寺の友人宅から待ち合わせ場所に向かった」というシーンなどは、まさに大学時代、毎日のように屯っていた西大寺にある友人の下宿先を自然にイメージしてしまうぐらい、身近でリアルなところがより作品に入り込めたのだと思う。
 まあ、西大寺の下宿先をイメージしてしまったのがその後のミスリードにつながる訳なのだが。
 最終章には私自身、子供の頃の思い出が残っている遊園地が出てくる。奈良にある、今は廃墟となった遊園地といえばあそこしかない。ドリームランド。ここが最終舞台となる。

どんでん返し

 私がミステリ、そして、どんでん返し好きであることを知っている娘が薦めてくるぐらいなのだからこの作品には最後に大きなどんでん返しがある。
 最終の舞台であるドリームランドでの告白はまさに大どんでん返し。さらに、エピローグでやられた。タイトルや、章、そして、キセツ。畳みかけるように季節を意識させられることが、まさか無意識下でのこのミスリードに繋げられていたとは。確かになぜ一人だけ漢字表記がこれなの?と違和感は感じたのだが、残念ながら真相に繋げることはできなかった。

心情

 ストーリーとしては、夏樹の冬子へのなかなか伝えられない想い。その心苦しさ。フラストレーション。それがどんどんページをめくらせる。そして最後にその心情すらひっくり返されると、何か自分だけが取り残された気になった。
 あれ、夏樹・・・。共に歩んでいたと思ってたのに。。。

最後に

 なにはともあれ、最速で読み切ったこの作品の感想を娘に伝えようとしたが、相変わらず「ふぅん。」と素っ気なく返される。ただ、その短い返答の中にはきっと笑顔が含まれていたと思う。・・・含まれていただろう。・・・含まれていたと思いたい。
 本を薦めてくれたお礼も兼ねて、仕事帰りに近鉄百貨店で販売していた観音屋のデンマークチーズケーキをお土産に買って帰る。この作品の第1章で夏樹と冬子がモザイクの観音屋で食べていたチーズケーキだ。そのことを娘に伝えてみたが「そんなん覚えてへんわ。」と何の思い入れもなく、スポンジの上にとろけたチーズが載った風変わりなチーズケーキを口に運んでいた。


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