2023年度新刊ミステリ雑感
昨年度はサボったんですが今年度は書く気になったので。内容はタイトル通りっす。なお、今年はあんま手が回らなかったので、ぼくが今年読んだ新刊ミステリ小説はぜんぶ国内で発刊されたものになっております。海外ミステリのおすすめがあれば教えてください。30%くらいの確率で読みます。じわれは結構当たるのでお気軽に(とはいえまぁnoteにコメントする数奇者はいないと思いますが……)。
以下につらつらと新刊ミステリの雑感を書いていきます。既読の新刊は太字で書きますね。
今年の新刊でいちばんの話題作といえばやはり、30年ぶりの〈百鬼夜行シリーズ〉最新作である『鵼の碑』ではないでしょうか。刊行が発表された瞬間、Twitterのフォロワーが沸きに沸いていた記憶があります。影響力がすげぇ。鵼という妖怪の発生と解体を扱った本作は、妖怪小説として出色の出来であり、電子の海を渡って鵼が跋扈する現代に放った矢としては間違いなく的確な作品だったと思います。じゃあミステリとしてどうかというと、評価にその定規を使う必要はないんじゃないというのが正直な感想。定規を当てるにしても当てかたの問題がある。例えば、推理小説と陰謀論の関係性を論じるときには、本作は確実に無視できない作品になりますが、初期百鬼夜行シリーズのような、事件どうしの連関が思わぬ真相を導くような構造を評価軸に据えると、そりゃまぁ面白がれはしないのでは。
メフィスト賞作家繋がりだと、早坂吝『しおかぜ市一家殺害事件あるいは迷宮牢の殺人』が印象深い。犯人がめちゃくちゃ賢くてめちゃくちゃ馬鹿です。解決編で「え?w」ってなります。おすすめです。
あとは夕木春央さんが2作も新刊を出してましたね。精力的だなぁ。『時計泥棒と悪人たち』は「晴美氏の外国手紙」が頭抜けてて、「宝石泥棒と置時計」がアイデア賞って感じでした。『十戒』もアイデア重視の作品。少なくとも『方舟』の二番煎じではなかったですし、こやつぬけぬけと……って思える爆弾事件の顛末には面白味がありました。かなりよかったより。
実はメフィスト賞出身である古処誠二さんが『敵前の森で』を出していたりもしました。ビルマ戦線で英軍の捕虜となった士官が、捕虜の処刑と現地人の虐待の嫌疑により尋問されるところから始まり、当時の戦場を回想していく話です。物語開始地点からは想像できないような着地点が用意されており、道中の戦線の描写も相まって、練達の作品だなと思います。おれの知識不足のため、時おり晦渋ではありましたが……
あと『ゴリラ裁判の日』が久々のメフィスト賞受賞作として出てたり、井上真偽さんが『アリアドネの声』『ぎんなみ商店街の事件簿』を出してましたね。あれはどうだったんでしょうかね。いや読めよ。はい。
『時計泥棒と悪人たち』の話から繋げますと、今年度は短篇集のミステリによかった作品が多かった印象があります。『11文字の檻 青崎有吾短編集成』は、書き下ろしの表題作が傑作。11文字のパスワードを入れれば脱出できる刑務所という魅力的な設定、それを現実的な舞台に落とし込む手腕、トライ&エラーによる類推の妙、堅実さと飛躍の距離、外連の効かせかたと真相の見せかた……どれをとっても間然とするところがない。この短篇単体だけでみたら年度ベスト級の作品でした。
『黒真珠 恋愛推理レアコレクション』もよかったっすね。「新刊……?」とはなりますが。なんで落穂拾いでこのクオリティが出ちゃうんだよ。「過剰防衛」「裁かれる女」「ひとつ蘭」あたりが単著として纏まってないのなんなんだよ。ちなみにおれは「媚薬」と「白い言葉」がお気に入りです。連城作品、短いほうが技法が際立つ説。
『素敵な圧迫』は(無理にミステリに繋げて語らなくてもいい気がしますが)、独創的な作品が多かった印象。ミステリの観点からみると、「ダニエル・《ハングマン》・ジャービスの処刑について」がベストになるんすかね。おれは突然ガキが変なことを言い出す(語弊があるだろ)「論リー・チャップリン」と、この題材で青春小説を!?ってなった「ミリオンダラー・レイン」が好み。独立短篇集だとこの辺がよさげでした。『三人書房』も読んどきたかったなぁ。
続いて連作短篇集。短篇どうしの連関が強めだったなかでよかったのは、『化石少女と七つの冒険』。途中まで不穏さにビビりながら読んで、最終話でぼくの脳が破壊されました。お前、お前、なんてものを読ませてくれやがる……。この作品について考えると冷静さを失うので正当な評価をする自信がないんですが、「彷徨える電人Q」の証拠の処理なんかは達人だなぁと思いましたね。連作だからこその処理なんかもあるし。
学園ものでいうと(『化石少女と七つの冒険』を“学園もの”の括りで語ってよいのか……?)、『午後のチャイムが鳴るまでは』なんかもありましたね。2話のトリックがおもろかったす。反面、最終話の趣向が不発なのではという気持ちもあり(あの事実の解明が与える影響、ないのでは)、そんなに気持ちが乗らなかったかな。
学校が舞台ではないけど、高校生の視点で動く物語としては『まるで名探偵のような 雑居ビルの事件ノート』を推したいです。玩具堂名義の《探偵くんと鋭い山田さん》シリーズが好きなので、本作にも期待していたんですが、その期待を裏切らない出来でした。「日記の読み方」は作中テキストの傾向を元にした推論から真相を導く秀作ですし(十市社「枯葉に始まり」とかこの短篇みたいな作品、もっと増えてほしい~!)、最終話の「名探偵の死角」が、本作の形式に意味を持たせるような良作でした。この話で落としたことで、集成としての締まりが出ている。
それと『ロジカ・ドラマチカ』。ある喫茶店で、女子高生と彼女にフランス語を教えるおじさんが、誰かしらが発したある短い科白を問題として、その人物が誰なのか/何を目的としているのかを議論によって推理していく、所謂『九マイルは遠すぎる』形式を主とした連作短篇の作品です。本作は「春の章」「夏の章」「秋の章」「冬の章」の4章から成るのですが、ぼくはこのうちの「冬の章」が大のお気に入りなのです。大切な誰かのことを考えながら推理を行うとき、推理は歪みます。冷静であろうと努めても、平等であろうと努めても、やはり推理は歪むのです。どんなに割りきろうとしたとしても、事件は問題ではなく、ミステリ小説は問題集ではありません。その歪みが、綻びが、不完全さが、人が機械として振る舞いきれなくなる愚かさこそがいとおしい。ミステリ小説で人間を語るとはこういうことだとぼくは思うのです。今年度のミステリにおける偏愛作が、この作品です。
変わり種なところだと『世界の終わりのためのミステリ』もよかったです。人のいない荒廃した日本を、人間の意識を移植されたアンドロイドふたりが旅する連作短篇集で、このひねた設定特有のつくりをした話が多くありました。素直に壮大なロマンスとして読める「かくれんぼメテオライト」もよいですが、“○○ができない存在の○○”という問いとその解を立ててみせた「江ノ島スーサイドカフェ」が独創という点で頭抜けている印象です。
あと、忘れちゃいけないのが『可燃物』でしょう。米澤穂信の地力が遺憾なく発揮された作品集で、どれがすごいとか議論するのも野暮に思われるほど、粒揃いの短篇が並んでいます。この作品の美点が何かと考えてまず浮かぶのは、捜査の面白さですね。なんだかんだ言ってミステリで面白いのは解答編なのですが、問題編が面白いのに越したことはないです。その点本作は、地味すぎる途中の捜査がなぜか地味なのにめちゃくちゃ面白いので飽きるところがないです。そして、真相が明かされた後の引き際の潔さもすごいです。くどくどしていません。むしろもっとくどくどしろよって読んでるこっちが思うくらいにあっさりしています。なのにその物語の去り行く早さが作品の余韻を引き立てています。すげーぜ。
おれが読んだ連作短篇集はこんなもんでした。あとは時代小説とラノベにおもろいのがあったので、それらは後々書きます。
まず時代小説から。連作のなかでは『藩邸差配役日日控』がよかったです。何でも屋的な部署の長を務める人を主役に据えた作品集で、失踪した世継ぎの坊っちゃんを捜索する「拐し」がアイデアの光る佳品です。また、最終話である「秋江賦」も、連作の着地点として申し分ない解決をもたらしてくれます。総じて、いぶし銀な作品でした。……本当は同作者の『霜月記』も読みたかったんだけどネ。
そして忘れてはいけないのが青山文平『本売る日々』。氏は『泳ぐ者』『やっと訪れた春に』と、毎年のように名作と読んでいいミステリを物しているのですが、今年も実にええ作品を産み出してくれました。表題作にしろ「初めての開板」にしろ、なんてことのないような話が、確かな人間心理への洞察と、それを描き出す実力によって、滋味深さのある逸品に仕上がっています。そして、そんな2作に挟まれて異様な妖気を放つのが「鬼に喰われた女」。幽霊譚の背後にある、あらゆる意味でそんなことが可能なのかと思わせられる物語と、その物語の中心となった彼女の凄絶な感情が、この短篇の迫力をただならぬものにしていると思います。
続いて、こちらは長篇ですが『木挽町のあだ討ち』です。直木賞と山本周五郎賞を受賞したということで、知っている人も多いのではないでしょうか。いざ読んでみたらミステリとしても素晴らしかったので、普通にそっち方面でも何らかの賞に絡む可能性すらあるなとぼくは思っています。去年度の『黒牢城』とかまさにそうでしたし。
『木挽町のあだ討ち』は、ある侍が、仇討ちに関する聞き込みをその舞台となった町で関係者に行うという、複数人へのインタビューの形式をとった話です。なんですがその話はかなり脱線します。主だって行われるのは、事件への聞き込みというより、仇討ちを行った侍の印象や、話し手たちの身の上話。なんじゃこりゃ本筋に関係あるのかと思いつつも、その身の上話があまりにおもろすぎて聴きいってしまう。もう仇討ちの真相よりも話し手たちの話のほうがたのしいなーと思い始めたところで、ある人物の一言が、読者には違った響きをもって届きます。
“これから奈落を見せてやるよ。面白い絡操が見られるぜ。”
……どう? 面白そうでしょう? 面白いんですよ。おすすめです。
次はラノベの話をしましょうか。今年度、なぜかラノベレーベルからまぁまぁ大量にミステリぽい作品が出ており、正直追いきれてないです。ミステリで特によかったのは『死亡遊戯で飯を食う。3』。あんまりあからさまに真相が目の前にあると気づかないもんです。作中人物はともかく読者は気づけよって感じですよね。いや、だってまさか……。あと、『不死探偵・冷堂紅葉 01.君とのキスは密室で』もよかったっす。真面目に犯人当てをやってる。ぶっちゃけ部室棟の殺人(未遂)には文句があるけど……。怪談をもっと怖くなるように再解釈することをコンセプトにした『魔女の怪談は手をつないで 星見星子が語るゴーストシステム』も、後半にいくにつれて変なことをしまくる意欲作。『シャーロック・アカデミー』2作も、手掛かりを太字にする手法が読者に謎解きをさせる方法としてあんま成功してないとは思いますが(かなしいかな、ラノベはゲームではない)、やってることは派手めでした。『スパイ教室10』は安定の面白さ。話題作であった『超探偵事件簿 レインコード 』のスピンオフ作品である『超探偵事件簿 レインコード ユーマを待ちながら』は、最初の話がいちばんミステリ分が濃いめで好みでした。ハララ、真面目な探偵だ……。あと、MW文庫で出ていた『ミステリ作家 拝島礼一に捧げる模倣殺人』はきちんと模倣殺人を扱うことに成功した作品なのでは。構造は結構しっかりめだった印象があります。
未読で気になってるのは『十五の春と、十六夜の花 結びたくて結ばれない、ふたつの恋』『誰が勇者を殺したか』あたり。あと、新潮文庫NEXから出てた『世界でいちばん透きとおった物語』が何かと話題になってたので、気が向いたら読むかも。
たぶん、しばらくラノベレーベルでミステリを意識した作品の刊行が続くと思うので、これからもおもろそうな作品をつまみ食いしていきたいですねー。
長篇ミステリはそれこそ大量に出版されており、マジで追う気力がなかったので、プロップスがある作家の作品を優先して読むことが多かったです。
年度始めに出た作品だと、刊行は去年ですが『栞と嘘の季節』がめちゃくちゃよかったですね。好みの具合でいうと『可燃物』より上かもしれない。松倉詩門と堀川次郎が、毒草入りの栞にまつわる謎を追いかけるうちに、登場人物たちが秘めているちいさな嘘が暴かれ、事件の全体像が次々と移り変わっていく、そんなミステリです。相変わらず松倉と堀川の掛け合いがたのしく、彼らが行う捜査の愚直さと不思議と同居しているのがおもしろいところ。
本作を語るうえで重要になるのは、タイトルにもある“栞”と“嘘”の扱いでしょう。栞は本に挟む目印です。本作にはたくさんの本が出てきますが、さて、物語の登場人物の皆さまはどんな本のどこに栞を挟んだか。次は嘘のほう。嘘と一言に言ってもその用途は様々。嘘の吐きかたにも嘘の暴きかたにも、その人の人間性が浮かび上がってくるものです。
ひとつの事件を追うなかで、局面が二転三転しながら、登場人物の新たな側面が次々と発見されていくこの作品は、物語を読むたのしみを存分に教えてくれる秀作でした。いずれ文庫化したときにでも、作中に出てくる本について知識を入れたうえで読み返したいっすね。
今年度はなんだかホラーとミステリのジャンル横断を目指した作品が多かった印象があります。ラノベのほうで言及した『魔女の怪談は~』もその系譜ですね。ぼくはホラー系の作品には明るくないので、馴染みのある作家の作品だけ読みました。具体的には、今村昌弘『でぃすぺる』と手代木正太郎『涜神館殺人事件』ですね。
『でぃすぺる』は、小学生たちが壁新聞づくりのために七不思議を検証するという筋書きの作品です。やってることがなかなか特殊で、先例はあるのかもしんないっすけどパッと出てこないですね。ホラーの様式のひとつをミステリの文脈で語り直した感じ? あんまり言及するとネタを割っちゃいそうなのでこの辺で。
『涜神館殺人事件』の特筆すべき点は、霊能力をルール化して謎解きに組み込んだところになるのでしょうか。もしこの霊能力が本当にあったら、を深掘りしてミステリに落とし込んでいる、いわゆる特殊設定ミステリの系譜に連なる作品です。ぼくは、真面目にふざける手代木正太郎がいちばんすきなので、古代イズウム人みてーなトンチキをぬけぬけとブッ込んでいたのに笑いました。なんで明らかに西洋が舞台なのに日本神話モチーフの謎古代人が出てくんだよ!!!
特殊設定ミステリでいえば、忘れちゃならないのが『エレファントヘッド』ですね。明らかにドラえもんのとあるエピソードを着想としている作品だと思うんですけど、あの話からよくもこんだけ悪魔的な発想が出てくるなぁとドン引きしました。人間が書いてええんか、これを。人間のことをよく知ってるめちゃくそ頭のいい知的生命体が戯れに書いたとかではなく? 道中のダミー推理もたまげた発想ではありますが、あのトリックは本当にイカれている。ですがまぁ、“これ”に価値が与えられる罪深いジャンルですので、ミステリってやつは。頭のなかにそれでいいのかと喚いているおれがいますが、本作がミステリとして傑出した作品であることだけは確かです。だってやばいもん。
あと、『帆船軍艦の殺人』が久しぶりに鮎川哲也賞の正賞受賞となり、話題になっていた記憶があります。18世紀の英国の軍艦を舞台としたミステリであり、オーソドックスさと特殊な舞台を利用した独創がいいバランスで合わさった秀作でした。
……といったところで、おれが今年度に読んだ作品には言及し追えたかな。どうしても前作を読んでないシリーズものとかまでは手が回らなかったんですが、読みたいやつには粗方手を伸ばせたかなと思います。来年はここまで新刊追わないとはおもいますが。だって刊行点数多すぎるし、手元にある本だけ読んでても数年は何も小説買わずに済むくらいの手付かずの本を抱えているし……。でもまぁ、気になったやつはある程度積極的に読みたいっすね。
それではこの辺で。
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