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当事者かつ、支援者でいつづけるということ。(発達障害当事者転職エントリ)
この記事を書いたときの私のことを思い返すと、この時は、なんとか必死にその仕事に食らいついていたんだな……ということをしみじみ感じてしまって、なんとも言えない気持ちになります。
さて、現在の私ですが、その職場から転職して、現在は就労支援の事業所で働いています。
2022年1月に、心身に限界がきて休職。そこから3、4ヶ月くらいの記憶が、少しあいまいです。先に上げた記事を書いた時は、まだなんとかなると思っていたのですが、今思えばあの時には結構もう追い詰められていた気もします。
”「発達障害というものに対して理解があること」と「発達障害を持つ人間と一緒に働くこと」の間にはとんでもねえ隔たりがある。”
よく考えなくても当たり前なんですよね。利用者の支援のために働いているのであって、一緒に働く人の尻拭いをするために働いているわけではないんですから。
具体的に、何かを言われたわけではないし、何かをやらかしたわけでもなく、ただ、どうしても、何をやっても、そういう“空気”を感じるようになってしまった。当時の現場の人手不足や、その人手不足を理解してくれない(何をどう訴えても、「人手を増やすには利益が必要なんだから」と新規利用を断らなくて以下略)上の人達と、それによってどんどん殺伐としていく職場の人間関係。おまけに、ハンデを抱えている自分の存在がこの職場にとっての“地雷”だという強い自意識によって自縄自縛状態で、それでもなんとか、ならないだろうか。そんなことを感じ始めていた時期に書いた文章。自分に言い聞かせるように書いていたんだと思います。
休職中に、いろんなことを考えました。
何がダメだったんだろうな。もし、障害があることを伏せて就職していたら、こうなっていなかったのかな。
いちおう()、専門家であるはずなのに、こんなになるまでどうにもできないのは、情けないな。もういっそ、そういうの何も関係ないところで働いたほうがずっと楽かもな。
「ぱっと見、そういう人には見えない」
ADHDであることを打ち明けると大体そう言われます。
「なんかおっちょこちょいだったり、忘れっぽいってだけでしょ?」「人間みんなそんなもんだよ」「それでも助け合ってやっていくのが職場というものでしょ」
この、休職した職場の面接で言われた言葉です。
面接当時の私は、この言葉を聞いた時、「あ、受け入れてもらえるんだ」と感じたことを覚えています。
でも、今では、この言葉は「支援者として、あまりにも理解が浅い」と思っています。
この理解の浅さで、私を雇って、結果的に一緒に働いていた人達を、おそらく疲弊させてしまっていたのだと(私自身の至らなさは大前提として)。
「単に忘れっぽくておっちょこちょいなところは、実はもう重々承知してるから、ありとあらゆる対策をして生きてきています。でも、その“対策”に、たぶん何ともない人の100倍くらいの精神力を注いでるから、それ以上のことに意識が回りません。回そうとはしてるんです。たまに回る時もあります。でもそれが出来てしまうとその後絶対オーバーヒートを起こします。」
こんな人と一緒に働きたいですか?正直。
私は素直に、「普通に嫌やろ」と思います。
でも、私が今まで出会った子どもたちは、大体みんなそんな感じです。
今はまだ、大人が一緒に、いろんな工夫をしながら進んでいけるけど、私みたいに大人になって、働くようになって、いつかこんな思いをするとしたら?
いや、この子達は幼い頃から療育を受けているし、私みたいな野良発達障害成人じゃないんだし、もうちょっとマシな大人になるはずだけど……でも、「この場に自分がいないほうが良かった」って思いながら、病み苦しんで働くような大人には、なってほしくない。
そう強く思いました。
3ヶ月ほどの休職を経て、リハビリしながらの復職。腫れ物扱いされてることにひしひしと胃を痛めながら、やっぱりそこからもいろんなことを考えて、2022年末くらいから、「転職……かなぁ……」と思い始めて、ちょっとずつ情報を集めたりし始めました。
今まで「幼児期、児童期の支援」に拘り続けてきたけれど、今回のメインは「就労」にしていきました。
だって、大人になってからのほうが人生長いじゃないですか。
大人になったら、自力で逃げることはできても、誰かに助けを求めるハードルって、急に爆上がりする。
発達障害を持つ「子ども」の支援の現場は、今めちゃくちゃ増えています。転職サイトに登録してもスカウトメールの97%くらいこれ。
おそらく、これから支援の質とかそういうのの格差が出てきて、力のある事業所は生き残る……というフェーズに入るだろうと思います。
一方で成人の支援は?というと。
私もまだ勉強不足ではあると思うんですけど、「何を目指しているのか」によって、必要とされる支援が違うので、一概に足りてる足りてないの判断が難しいな……というのが今のところの実感です。
日中の居場所か、就労に向けて生活リズムの立て直しがしたいのか、休職中だけど復職にむけたリハビリがしたいのか……児童支援の現場でもニーズには幅があるので、況や成人をや。
私は本当にこれまで「児童」「福祉」の現場しか見てきていなかったので、もう少し現場の幅を広げたかったのもあります。
私は、私みたいな人間が死にたくならずに働けるようにしていきたいけど、私の知ってる「働く」の分野が偏り過ぎているので……(まあ「福祉」の枠は出ていないんですけどね)。
ちなみに今回の転職活動は、めちゃくちゃ苦戦しました。
資格があるので、まあ書類はだいたいパスできます。面接でADHDをオープンにするとやっぱり場が凍ります(でもエントリーシートとか書類にもちゃんと書いてるんだけどな…………)。
懲りてないんか?って思いますよね。正直、クローズにしようか迷ってました。でも「いや、この業界で働くのにクローズにするのはあまりにも嘘過ぎるだろ……」と思い、結局オープンで臨みました。
するとまあ、面接で祈られまくります。
定型文お祈りメールもありましたが、今回「多いな……」と思ったのは、
「まだ、そういった人に配慮出来る職場体制になっていない。申し訳ない」
という理由でした。
”「発達障害というものに対して理解があること」と「発達障害を持つ人間と一緒に働くこと」の間にはとんでもねえ隔たりがある。”
ということが、社会に少しずつ浸透してきていることを実感しました。
このことをどう捉えるかは、人によって異なるかと思いますが、私はポジティブな変化の前触れだと感じています。
あまり二項対立みたいなはしたくない(ここまで書いておいてなんですが)けど、お互いに「このままでは何となくだけど一緒にやってくのってしんどいよね」という気づきがなければ、「じゃあ、どうしよっか」の段階には踏み込めないな、と思うからです。
そんな世の中の変化をしみじみ感じつつ、のんびり、胃を痛めたり三半規管をやられたりしながら働きつつ転職活動を続けて半年ほど。
今の会社に拾ってもらえて、なんとか1ヶ月と少しが経ちました。
会社の代表の人たちと、一緒に働いている先輩と上司には障害があることを伝えてさせてもらってます。
やるべきことが出来てなくて、そのことに私が気づけていない時は、どうかはっきりすっぱり伝えて欲しいということだけはお願いしています。
今のところは、なんとかなってます。なんとか。
たぶん、一生、“なんとかなってる”を積み重ねていくしかないんだと思います。
でも、私みたいなのがなんとかやっていけるということを、実践し続けていくことが、いろいろある子どもたちがこれから大人になっていったときに、なんらかの形になって役に立てばいいなって思っています。
なので、私はこれからも全力で“なんとかなれー!!”と心の中で叫びつつ、なんとかやっていこうと思います。
では。
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