郁音あやり

嘘と本当と。 読んでもらえると嬉しいです。

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マガジン

  • エッセイ

    日々の暮らしの中で感じたことを文章にしたものです。

  • 其の物の好きなところ

    生活がたくさんの好きで溢れればいいなと思って、其の物のいいところを切り抜いています。

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    創作物をまとめています。短編小説のようなものです。

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    詩のような、短い文章をまとめています。

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書き始めのこと

読むものがない、という状況になるのが怖かった。 もし私が、それまで読めていたものを繰り返し読み過ぎて、すっかり覚えてしまったら。 小説無しでこれからの人生を過ごすことを思うと恐ろしかった。 なんと味気なく退屈になってしまうだろう。 いてもたってもいられなくて、思わず自分で書き始めた。

    • 記憶を綴る

      触れたくないような気もした。今の私が一度物語にしてしまえばそれは嘘になる。 上書きしたくなかったのだ。思い出の中のあの街を。 例えば夏のカラッとした薄黄色の日差し、埃っぽい中庭、ランニングシャツで日に当たる人。 あの記憶を、空気や湿度はそのままに保存できるような、そんな技量は私にはまだ無い。 でも、そんなことを言っていたらたちまち忘却の彼方に消え去ってしまいそうだったから。

      • 危険なチョコレート

        ダイエット中にチョコレートを口にした時のこと。 ダイエットと言ってもそこまで厳しいものではなく、一日の目安の範囲内で甘いものは少しずつ摂取していた。 それなのに、バイト先に差し入れされたマカダミアナッツチョコを一粒口にした瞬間、その甘さに圧倒されてしまったのだ。 これまで積み立ててきた努力や、緩やかに下降する体重のグラフだとかが瞬時に浮かび、けれどもどうでも良くなってしまった。 舌を蕩かすようなクリームとカカオの芳醇な風味。チョコレートの強さを中和するカリッとした食感の

        • 歯磨きの好きなところ

          歯磨きの好きなところ。 自分の体を"掃除している"という感覚。 あとに残るペパーミント。 歯ブラシをくわえるとみんな間抜けな顔になるところ。 並んで歯磨きをするとぐんと深まる関係。 #其の物の好きなところ

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        記事

          誰かのおかげで出会えた本

          偶に人から、これを読みなさい、と勧められることがある。 勧めてくれる相手は本の中の人だったりするし、初めて会う人だったりもする。そうして思いがけない出会いをした本が、自分にとって大切な一冊になることもある。 自分だけでは見つけられなかった本。読書記録アプリの中に並ぶ表紙を見るたびに、無性に嬉しくなってしまう。 読書はとても個人的な行為なのに、人との繋がりを強く実感するものでもある。相反する二つの性質が矛盾しないのは不思議だ。 私があまり人と関わらなくても平気なのは、本があっ

          誰かのおかげで出会えた本

          昼光色

          白っぽい照明が嫌いだ。何もかもをくっきりと物質的に見せるその光は、学校や会社を思い出させる。 私が嫌いな照明は昼光色というらしい。昼間のおひさまの光はもっと柔らかいような気もするけれど、なんでこの名前? 白っぽい蛍光灯は、人や物に青味を帯びさせ生気をなくす。空々しくて侘しくて、何もかも現実的にさせる。雨の日の電車なんかは特に。

          紅茶とビスコ

          紅茶とビスコ2枚といういつもの朝食を、窓の外を眺めながらとる。先日、菜月に言われたことが頭をよぎった。 「智の癖がうつっちゃって、今でも紅茶飲む時はクッキー添えるんだけど」 蜂蜜色の髪と、耳元でくるくると揺れるピアス。 「友達にさ、イギリス人なの?って言われたよ。覚えてる?私も智にそう言ったの。」 覚えてる、とその時智は答えた。 「俺の部屋に初めて菜月が来た時ね。」 「ちゃんとカップを温めてから紅茶を淹れる人、あの時初めて見たよ。」 今では私もそうしてるんだけどね、と言ってい

          紅茶とビスコ

          雨上がりの好きなところ

          雨上がりの好きなところ。 濡れて重たさを増した街と、雲間から指す光の軽さ。 車体に残る水滴。 色が濃くなる道路と、生き物や植物のにおいが混じった風。 #其の物の好きなところ

          雨上がりの好きなところ

          異国の思い出

          初めて真夜中に散歩をしたのは外国でだった。 今思えばその国で警察を呼ぶ術さえ知らなかった小娘が無謀極まりないが、とにかく私は怖くなかった。 まるで現実味がなかったからかもしれない。その国にいる間に起こった出来事は、すべて夢の中の幻のようだったから。 怖くはなかったけれど、孤独ではあった。 私を知る人がいないことも、私を私たらしめる物事が全く通用しないことも。 その国にいるあいだに三度散歩をした。街灯や夜中でも開いている店が多い街で、夏はTシャツにショートパンツでふらふら出

          異国の思い出

          バレエの好きなところ

          バレエの好きなところ。 静止。 回転。 身体の美しさ。 気品。 クラシック音楽を体現できる唯一のものであるところ。 #其の物の好きなところ

          バレエの好きなところ

          制服を着ていたあの頃

          なんでこんなに懐かしいと思うのか分からない。 手放しで良い思い出だと言えるほど、たのしい時間では無かったし、窮屈だった。 戻りたいかと言われると、勘弁してくれと思うし、一方で、もう一度あの小さな世界に閉じ込められたいとも思う。 水槽の中の熱帯魚だったのだ。 自分をとり囲む半径五メートルの教室が世界のすべてだと思っていた。 だれかが書いた机の落書きとか、体育館の床すれすれについた小窓から漏れ聞こえるバッシュの音とか。 あのころの僕は理由なんか無くてもふらっと泊まれる場所を求

          制服を着ていたあの頃

          詩は苦手だと思った 実際やってみたらひどいものだった 私に詩は向いてない そう思って可笑しくなった だからこれは全部が全部 誰かの模倣に過ぎない あの人ならこう書く あの人ならこう韻を踏む そうやって出来上がったものは全部 紛れもない私の詩だった たとえ私自身がそれを 認めていなかったにしても

          冬の雨の好きなところ

          冬の雨の好きなところ。 頭上に広がる重たい灰色。 質素でどっしりしたコートや手袋と、色鮮やかな軽い傘。 窓ガラスを叩き流れ落ちる雨粒。 物語の中のアナグマの巣を連想させる暖かい部屋。 #其の物の好きなところ

          冬の雨の好きなところ

          それを不良というのなら

          別に私は 煙草が吸いたかったわけでも 夜の街を出歩きたかったわけでもなくて ただ晴れた冬の昼間に 散歩をしたかった あの頃 せめて昼休みの数分間 学校の敷地の外に出ることができれば もっと人生を愛せただろうに

          それを不良というのなら

          【読書記録】江國香織著『がらくた』に寄せて

          まだ三月だというのに海辺の日差しはとても強かった。 白っぽくて刺すような太陽の光。 肌がじりじりと焼けていくのが分かった。 コンクリートの大きな段々に腰掛ける人の中には日傘を差す人も多く、自分も次は日傘を持ってこようと思った。次がいつになるか分からないけれど。 前来たのは去年の夏だった。夜、ライティングを見たのを覚えている。黒のサマーニットにジーンズで、白い皮のサンダルを履いていた。 はしゃぐ子供たちの声を聞きながら、砂浜に座り込んで文庫本を開く。物語も海辺で始まった。

          【読書記録】江國香織著『がらくた』に寄せて

          【読書記録】江國香織著『絵本を抱えて部屋のすみへ』に寄せて

          わたしが絵本や絵を好きなのは、それが閉じられた世界であるからだと思う。読む人を引っ張り込んで一緒に閉じ込めてくれるから。 好きな絵本と言われて思い浮かぶのは「ちいさいおうち」。 ウォーリーを探せのように、ページいっぱいに細々とした描写がある絵本が好きだった。 たくさんの人たち、それぞれの生活。 あと「たそがれはだれがつくるの」も好きだった。 日が落ちていく空の薄ぼんやりした色彩。 本を読むのが好きな子供ではあったけれど、絵本の持つ魅力に惹かれるようになったのは大人になっ

          【読書記録】江國香織著『絵本を抱えて部屋のすみへ』に寄せて