SNSのあなた

砂の上のあなた』という小説に、「家族も仲間探しだ」という言葉があった。(家族の中でも自分の心を許せる相手は末娘だけだったというお父さんの話。)
納得する言葉だった。自分の行動そのものだと思った。
わたしは、仲間探しをして、SNSをやっているのかな。

某宗教団体の中にいた時、同じ宗教にいた人を仲間と思えたかというと、そう思えなくて悩んでいた。
0歳からそこにいたのに、そうなんだ。

宗教をやめて、世の中で仕事や勉学に励んできた。自分の親のことや信じていたものについて人に話すことはなかった。
数年たち、インターネット・SNSが当たり前になっていき、匿名で交流することも当たり前の時代になった。そのなかでわたしは脱カルトをした人と交流するようになった。宗教をやめて10年弱が経過した頃だった。
それが良かったかどうか分からない。

「同じ宗教団体にいた、やめた」
というポイントが同じなら「仲間だ」と思えるか?
というと、そうでもない。

インターネットの情報なし・同じ宗教団体(エホバの証人・ものみの塔)にいた人と交流なく生きていたら、と想像すると、それも面白そうだなと思う。

ただ、今の自分はインターネット、SNSあってのもの。
悲しくて悲しくて朦朧としていた時、悲しいと発信できたわけではないけれど、画面の向こうの人たちはわたしが悲しいと分かってくれた。
毎日のように励ましてくれた。
優しかった。温かかった。
その頃を思い出すと、涙が出るし笑顔になる。宗教がどうだとか親がどうだとかカルトがどうとか、忘れて必死に生活を立て直す毎日。夜にスマートフォンを覗くと、とても親しく感じてしまう画面の向こうのあなた。
ありがとうございます。
助かりました。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

3
小説を読んで、日常に感じることを書こうと思います。
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。