見出し画像

子供の一月一日

「お年玉いくら貰えるかな?」

「私の方がお姉ちゃんやねんから、私の方が多いに決まってる。」

大晦日の日。早めに寝るように促され、年が2つ下の妹と一緒に布団に入った。足が冷たくてそわそわする。妹の足に自分の足をつけたら、妹の足も冷たかった。

妹は私の台詞に不服そうだったが、しょうがないと理解したのか

「おせち料理たのしみやな・・・」

と、言いながら寝息を立てていた。私は、新しい年が来るワクワク感と、初夢はどんな夢だろう・・・と考えた。そう考えると中々寝付けなかった。寝れば新しい年の始まりなのに、寝ればあっという間に楽しみにしている瞬間に出会えるのに。

ぐるぐる考えながら、いつの間にか眠っていた。好きな男の子が夢にでてきますように!と強く念じながら。枕の下には、占いの本で見たおまじないをしていた。

カチャカチャ・・・トントントン・・・

と台所の方から音と、出汁の匂いがしてきた。目を開けようとした、がなかなか開こうとしない。もやがかかったような頭でぼんやり考えて、音と匂いから今の時間を推測する。あっ、朝だ!お母さんがお雑煮を作ってるんや、手伝いしよ!と、思って起きた。こういう日はすんなり布団から出る事ができる。なんといっても、新しい年の始まりだ。気持ちよく過ごしたい。子供ながらにそう思っていた。

「一月一日にした事は、一年ずっと続く。だから一月一日はあんたらに怒らへん。一日から掃除したら、一年中ずっと掃除せなあかんから、一日は掃除も洗濯もせーへんねん。」

と言っていた。元日にやってはいけない事の、母なりの説明だと思うが、子供の頃は素直で、正直で、その上真面目(これは今でもそうらしいのだが)なので母の言う事を素直に信じて、素直に実行した。

「おはよう!明けましておめでとうございます!」寝起きなのに声が若干弾んでいた。

「明けましておめでとう。もう目が覚めたん?早いなあ、歯を磨いて顔洗ってきーや。」

母は優しい口調でそういった。本当に気持ち悪いぐらい、優しい口調だった。が、安心した。多分今日は怒られないはずだ・・・だからちゃんとお手伝いしよう、妹と喧嘩しないようにしよう、言う事をちゃんと聞こう、お正月なんだから、と思いながら身支度をした。

リビングは台所からの蒸気で暖かくて、窓はうっすら結露している。炬燵にスイッチを入れたい所だったが、そこはぐっと我慢して母と一緒に買いに行った「お正月用の洋服」に着替えた。妹とお揃いのデザインだ。妹と一緒に着たらきっとかわいいはずだ。と思った。妹はまだ起きてくる気配はない。

着替えたら手伝いを始めた。父の寝室のクローゼットにお重箱を置いているのでそれを取りにいった。

「お父さんあけましておめでとうございます。」

「明けましておめでとう。」

お父さんは普通だ。いつも通り。ただ休みの日と違うのは、もう髭を剃っていて、頬やあごがすっきりしていた。お正月だからダラダラしないんだな、と思った。お父さんは挨拶もそこそこに、将棋のテレビを見ていた。

お重箱を食卓の真ん中に置いて蓋を開けた。お箸を並べたり、取り皿を並べたり、コップを並べたりした。そういう簡単な事しかできないが、精いっぱいする。

妹がのろのろと起きてきた。遅いな!と思って憎まれ口の一つでも叩きたくなる所だった。そう昨日までの私ならそうだった。が、今日は違う。今日は一月一日だ。

「おはよう、あけましておめでとう。」

と妹に、気持ち悪いぐらいの優しい口調で言った。

「お父さんお母さんあけましておめでとう、おねえちゃんあけましておめでとう。」

妹はいつも通りだった。

「おねえちゃんふくきがえたんや。わたしもきがえるなあ」

妹はそう言って、のんびり支度を始めた。いいんだ、今日は怒らないんだ、妹が何をしても私は怒らない。そう決めたんだ、と自分に言い聞かせた。

母がお雑煮を作り始めた。ほうれん草を湯がいたのに、にんじん、かまぼこ、焼いた鰤、そして餅。それに出汁と醤油とみりんと塩で調味した、澄まし汁をかける。餅は関西では丸で、関東では角餅だったか。澄まし仕立てのお雑煮の場合、角餅を焼いてお雑煮に入れるんだよ、と教えてもらった。私はトースターで餅が焦げないように、焼けるのを見張っていた。ジーーっとトースターの音がなり、じりじりと餅が熱を帯びていく。だんだんぷくーっと膨らんでいく。トースターの天井につきそうなぐらい膨らむものだからびくびくする。まだトースターのツマミはゼロにはならない。大丈夫かな?とじりじりする。

ティーン、と0のメモリになった時の音が、鳴った。トースターを開けて、アルミホイルごとお餅を取り出し、母に焼けたかどうかを見てもらう。菜箸でちょんっとつついて中まで焼けてるかどうかチェックしていた。いける、と言われたので、お正月にしか登場しない、漆塗りの椀にお餅をいれる。母が具材を入れて出汁をそそぐ。ゆずの皮を削ったのもちらしていた。大人用は椀に蓋がついていて少し大きめ。子供用は蓋はついていないが、お正月用の椀にお雑煮を入れてくれた。

お雑煮もできて、食卓の用意もできた。4人揃った。みんなニコニコしている。お父さんもお母さんもニコニコしている、と思う。いい、それでいいんだ、一月一日だから、私も何も考えず、ニコニコしよう。

「明けましておめでとうございます」

父がグラスを掲げると、母も妹も私もそれに倣ってグラスを掲げた。

「明けましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします!」

と声を揃えて言った。

こたつの暖かさ、いつもより優しい母、いつもと同じでも少し上機嫌な父。普段とは違う料理、テレビのお正月特番から流れる「春の海」の音楽。友達や先生からくる年賀状。チラシの多い新聞。一月一日だけは特別な朝だった。

お雑煮の餅を食べた。ちゃんと中まで火が通っていて固くない。よかった。

毎日がお正月ならいいのにな、と心から思った。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?