![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/18471798/rectangle_large_type_2_ee83c11186ffccf3d519b6f1d499c985.png?width=800)
いまどきそば
えー、最近友人がですね、食べ物屋を始めまして。キッチンカーというらしいです。昔は飲食の商売を始めるっていやあ、ドンと店を構えるか、あるいはもっと前だと屋根付き荷車をがらがら引きまして、商売したもんです。まあ最近の言葉で言うと、リバイバルってなもんですかね。何にせよチェーンよりはこう言う店の方が好みなもんですから、個人としては嬉しい限りでございます。美味い豚丼食わしてもらえるみたいなんで、行ってみたいもんですね。
そんな宣伝もしたところで、食い物屋の与太話をひとつ。そばみたいにするっと読んで頂けたらと思います。どうぞ一席お付き合いください。
今でもときどき見かけます。というのも、立て付け悪い引き戸をがたがた鳴らして、入ったら角の方に四角いテレビなんかがある店なんてのは、たまにありまして。今時分にしては珍しい、和服の袖をひらひらさせてる男がひとり。
「大将、おすすめなんだい」
「うちのそばは手打ちのそば。かけそばで食べて頂きたいと存じます」
「いいねえ。ちょうどかけそば食いたかったんだよ。いやー、人の心を読むってえのはさすが商売人だねえ」
「まだまだ勉強の身でございますから」
「かあー、謙虚だ! えらい! いやあ最近の不景気で買った株も大損ぶっこいてね。大将の爪の垢でも飲んで出直そうかなあ!」
「いえいえ、うちも増税のあおりを食らいまして、参ってるところなんですよ」
「そうだよなあ。でも増税したからってぜえぜえ言っちゃいけねえ。商いには精を出さなきゃな」
「左様でございますね。手前どもも精一杯やらせていただきます。ではこちらかけそばでございます」
「おいおい、気がきくじゃねえか話してる間に出してくれるなんて。早速頂こうとするか。いや、箸もきれいに割れやがって気持ちがいいねえ。器の外は朱色で内は黒。三割増しに美味そうに見えるってなもんだ。いや、ただでさえ美味そうなのにってことだよ」
割り箸とんと器に入れて、ずうずう吸ってるその様は、まあたいそう美味そうに食うんでございます。和服の袖をぐいっとまくり、汁をごくごく飲み干してしまう。額に珠のような汗を浮かべても気にせずニッコニコしてる。
「ぷはーっ。こりゃうめえ。冷えた体に優しいつゆがしみるってなもんだ」
「ありがとうございます」
「こりゃ絶品だ。何杯もいけるね。いやあ間違いない。でもすまねえが時間はそうはいかねんだ。また次来るよ」
「ありがとうございます。お会計はあちらでお願いします」
バイトの兄ちゃん、名札に若葉を貼り付けて、どぎまぎしながらレジに立っています。
「おいおいなんでえ、坊っちゃんかい?」
「ええ、ええ左様です。もうすぐ高一なもんで」
学ラン着させりゃ袖に手が引っ込みそうな兄ちゃん、声は上ずって
「460円になります!」
「おうおう、元気が良くっていいや。わりいが銭は細えんだ。手え出してくんな」
「はい」
両の手小皿にしたところに、和服の男は財布出す。
「300置いて残りは10円だ。いくぞ? ひい、ふう、みい、よお、いつ、むう、なな、やあ、今何時だい?」
「ええっと、9時です!」
「とう、じゅういち、じゅうに、じゅうさん、しゅうし、じゅうご、じゅうろく、と。美味かったぜ」
「ありがとしたー!!」
……その様子を奥の席からぼーっと眺めてる貧乏学生がいまして、テレビを見てたのが、途中で気になってずっと聞いてた。
(何がぜえぜえ言っちゃいけねえだい。ここ最近の株価みてえに冷えたシャレぬかしやがって。こちとらちょっと前のアベノミクスから財布の中がノミクソだい……)
「ゴホッ、ゴホッ」
「お客さん大丈夫ですかい? お冷やお待ちしました」
「良いや、すまねえ。心臓悪いんでえ」
「そりゃいけません」
「冗談だ。ごちそうさん」
席を立ってレジに行くと先ほどの坊ちゃん。初球よりも第二球の方が威勢がいい。
「460円になります!」
「おうおう、こっちも細えがちょうどだい」
「ありがとうございましたー」
と、坊っちゃんレジをざっと見て気がつく。
「お客さん!! 10円たりないっす!!」
「おいおいちょうど渡したろう」
「10円足りないんす」
「全くしゃあねえ、10円くらい」
払った後の金なんて覚えてないのが貧乏学生。でもなんだかふに落ちない。うんうん考えてはたと思い出した。
「はあ!! あいつ、10円ごまかしやがったのか!」
ということは10円は余分に払ったわけで、こうなっちゃ腹立たしい。さっきの和服は人波紛れて雲隠れ。気が治らないったらありゃしない。
(憂さは晴らさにゃ目覚めが悪ぃ)
学校なんざほっぽって、ぶらぶら昼時までほっつき歩く。そば屋はねえかと探し回って、はたと目に留まったのがおんぼろそば屋。がらっと開けようと思っても、うんともすんとも言わない。がたがたしているとスーッとドアが開く。
「らっしゃい。押すって書いてあるだろう。うちは自動ドアなんでえ」
「便利だねえ。いいじゃない」
「へへっ、新しいもの好きなもんでね。こいつはすげえよ……」
(ただの自動ドアつけた割にはおんぼろなんだよなあ)
「お客さん、うちの店なんかありやすかい?」
「いやあ、風流だねえ。ええ。それより大将、おすすめなんだい」
「うちのそばはね、最近だとタピオカそばっていうのが新しく入ってね」
「ああ、まあそのなんだ」
「食わねえのかい」
「……いいねえ新しいねえ。それにしておくれ」
「はいよ」
心は半ベソなんでございます。それでも貧乏学生はめげません。
「いやあ大将はそのあれだよ。イノベーターだねえ。やっぱ今の時代、やったもん勝ちだよ」
「全くでさあ。今の政治にぶつぶつ文句言いてえのはわかるがよ。金を持つも失うも、てめえの振る舞い次第なもんだい」
「ゲホッ、ゴホッ」
「どうしたんで」
「いいや、胸が痛んだだけさ」
「新型か?」
「違うよ違う……って大将、そばはもうすぐかい?」
「さっきうっかり鍋ぶちまけたところだから、湯の段階だよ」
「湯の段階!? 何分待つのよ」
「30分」
「待つよう。俺あちょうど荒野行動やるとこよ。時間はたっぷりあるってなもんだ」
「うちはフリーWi-Fiだよ」
「素晴らしいね!!」
そんなこんなしているうちにやっと出てきたそばは、なんだか白濁してるんでございます。
「これは?」
「タピオカミルクティーそば」
「ざ、斬新だねえ。それに器がいいじゃねえか。外は……黒で中は朱色」
「三割増してタピオカが映えるってなもんさ」
親父のドヤ顔に頬をひくつかせながら、沈めた箸を持ち上げますと、確かに映えるタピオカ。黒いのがそばに引っ付いてやがる。そろりそろりと口に運んでみるとミルクティーにカツオが香る。十回噛んで二十回噛んで、ようやくごっくん飲み込んで、コップのお冷を一気に流し込みます。
「いやあ、こりゃ絶品だ! 天才だねほんとだよ! いやあ何杯でもいけるが時間が足りねえ」
「あんたさっき時間はいくらでもあるって言ったろ」
「急に用事ができたんだよ。また来るよ、ごちそうさん」
「会計は460円ね」
同じ金額とはしめた! ついにこの時が来たとばかり、顔はすまして心はしめしめ。掛け時計をチラッと盗み見14時と確認すると膨れた財布から銭を出しまして構えます。
「すまねえが、銭が細えんだ」
「心配要らねえお客さん。さっきの自動ドアで会計済みさ。うちは、キャッシュレスなもんで」
<(_ _)>
お金が入っていないうちに前言撤回!! ごめん!! 考え中!!