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いまどきそば

 えー、最近友人がですね、食べ物屋を始めまして。キッチンカーというらしいです。昔は飲食の商売を始めるっていやあ、ドンと店を構えるか、あるいはもっと前だと屋根付き荷車をがらがら引きまして、商売したもんです。まあ最近の言葉で言うと、リバイバルってなもんですかね。何にせよチェーンよりはこう言う店の方が好みなもんですから、個人としては嬉しい限りでございます。美味い豚丼食わしてもらえるみたいなんで、行ってみたいもんですね。

 そんな宣伝もしたところで、食い物屋の与太話をひとつ。そばみたいにするっと読んで頂けたらと思います。どうぞ一席お付き合いください。

 今でもときどき見かけます。というのも、立て付け悪い引き戸をがたがた鳴らして、入ったら角の方に四角いテレビなんかがある店なんてのは、たまにありまして。今時分にしては珍しい、和服の袖をひらひらさせてる男がひとり。

「大将、おすすめなんだい」

「うちのそばは手打ちのそば。かけそばで食べて頂きたいと存じます」

「いいねえ。ちょうどかけそば食いたかったんだよ。いやー、人の心を読むってえのはさすが商売人だねえ」

「まだまだ勉強の身でございますから」

「かあー、謙虚だ! えらい! いやあ最近の不景気で買った株も大損ぶっこいてね。大将の爪の垢でも飲んで出直そうかなあ!」

「いえいえ、うちも増税のあおりを食らいまして、参ってるところなんですよ」

「そうだよなあ。でも増税したからってぜえぜえ言っちゃいけねえ。商いには精を出さなきゃな」

「左様でございますね。手前どもも精一杯やらせていただきます。ではこちらかけそばでございます」

「おいおい、気がきくじゃねえか話してる間に出してくれるなんて。早速頂こうとするか。いや、箸もきれいに割れやがって気持ちがいいねえ。器の外は朱色で内は黒。三割増しに美味そうに見えるってなもんだ。いや、ただでさえ美味そうなのにってことだよ」

 割り箸とんと器に入れて、ずうずう吸ってるその様は、まあたいそう美味そうに食うんでございます。和服の袖をぐいっとまくり、汁をごくごく飲み干してしまう。額に珠のような汗を浮かべても気にせずニッコニコしてる。

「ぷはーっ。こりゃうめえ。冷えた体に優しいつゆがしみるってなもんだ」

「ありがとうございます」

「こりゃ絶品だ。何杯もいけるね。いやあ間違いない。でもすまねえが時間はそうはいかねんだ。また次来るよ」

「ありがとうございます。お会計はあちらでお願いします」

 バイトの兄ちゃん、名札に若葉を貼り付けて、どぎまぎしながらレジに立っています。

「おいおいなんでえ、坊っちゃんかい?」

「ええ、ええ左様です。もうすぐ高一なもんで」

 学ラン着させりゃ袖に手が引っ込みそうな兄ちゃん、声は上ずって

「460円になります!」

「おうおう、元気が良くっていいや。わりいが銭は細えんだ。手え出してくんな」

「はい」

 両の手小皿にしたところに、和服の男は財布出す。

「300置いて残りは10円だ。いくぞ? ひい、ふう、みい、よお、いつ、むう、なな、やあ、今何時だい?」

「ええっと、9時です!」

「とう、じゅういち、じゅうに、じゅうさん、しゅうし、じゅうご、じゅうろく、と。美味かったぜ」

「ありがとしたー!!」

 ……その様子を奥の席からぼーっと眺めてる貧乏学生がいまして、テレビを見てたのが、途中で気になってずっと聞いてた。

(何がぜえぜえ言っちゃいけねえだい。ここ最近の株価みてえに冷えたシャレぬかしやがって。こちとらちょっと前のアベノミクスから財布の中がノミクソだい……)

「ゴホッ、ゴホッ」

「お客さん大丈夫ですかい? お冷やお待ちしました」

「良いや、すまねえ。心臓悪いんでえ」

「そりゃいけません」

「冗談だ。ごちそうさん」

 席を立ってレジに行くと先ほどの坊ちゃん。初球よりも第二球の方が威勢がいい。

「460円になります!」

「おうおう、こっちも細えがちょうどだい」

「ありがとうございましたー」

 と、坊っちゃんレジをざっと見て気がつく。

「お客さん!! 10円たりないっす!!」

「おいおいちょうど渡したろう」

「10円足りないんす」

「全くしゃあねえ、10円くらい」

 払った後の金なんて覚えてないのが貧乏学生。でもなんだかふに落ちない。うんうん考えてはたと思い出した。

「はあ!! あいつ、10円ごまかしやがったのか!」

 ということは10円は余分に払ったわけで、こうなっちゃ腹立たしい。さっきの和服は人波紛れて雲隠れ。気が治らないったらありゃしない。

(憂さは晴らさにゃ目覚めが悪ぃ)

 学校なんざほっぽって、ぶらぶら昼時までほっつき歩く。そば屋はねえかと探し回って、はたと目に留まったのがおんぼろそば屋。がらっと開けようと思っても、うんともすんとも言わない。がたがたしているとスーッとドアが開く。

「らっしゃい。押すって書いてあるだろう。うちは自動ドアなんでえ」

「便利だねえ。いいじゃない」

「へへっ、新しいもの好きなもんでね。こいつはすげえよ……」

(ただの自動ドアつけた割にはおんぼろなんだよなあ)

「お客さん、うちの店なんかありやすかい?」

「いやあ、風流だねえ。ええ。それより大将、おすすめなんだい」

「うちのそばはね、最近だとタピオカそばっていうのが新しく入ってね」

「ああ、まあそのなんだ」

「食わねえのかい」

「……いいねえ新しいねえ。それにしておくれ」

「はいよ」

 心は半ベソなんでございます。それでも貧乏学生はめげません。

「いやあ大将はそのあれだよ。イノベーターだねえ。やっぱ今の時代、やったもん勝ちだよ」

「全くでさあ。今の政治にぶつぶつ文句言いてえのはわかるがよ。金を持つも失うも、てめえの振る舞い次第なもんだい」

「ゲホッ、ゴホッ」

「どうしたんで」

「いいや、胸が痛んだだけさ」

「新型か?」

「違うよ違う……って大将、そばはもうすぐかい?」

「さっきうっかり鍋ぶちまけたところだから、湯の段階だよ」

「湯の段階!? 何分待つのよ」

「30分」

「待つよう。俺あちょうど荒野行動やるとこよ。時間はたっぷりあるってなもんだ」

「うちはフリーWi-Fiだよ」

「素晴らしいね!!」

 そんなこんなしているうちにやっと出てきたそばは、なんだか白濁してるんでございます。

「これは?」

「タピオカミルクティーそば」

「ざ、斬新だねえ。それに器がいいじゃねえか。外は……黒で中は朱色」

「三割増してタピオカが映えるってなもんさ」

 親父のドヤ顔に頬をひくつかせながら、沈めた箸を持ち上げますと、確かに映えるタピオカ。黒いのがそばに引っ付いてやがる。そろりそろりと口に運んでみるとミルクティーにカツオが香る。十回噛んで二十回噛んで、ようやくごっくん飲み込んで、コップのお冷を一気に流し込みます。

「いやあ、こりゃ絶品だ! 天才だねほんとだよ! いやあ何杯でもいけるが時間が足りねえ」

「あんたさっき時間はいくらでもあるって言ったろ」

「急に用事ができたんだよ。また来るよ、ごちそうさん」

「会計は460円ね」

 同じ金額とはしめた! ついにこの時が来たとばかり、顔はすまして心はしめしめ。掛け時計をチラッと盗み見14時と確認すると膨れた財布から銭を出しまして構えます。

「すまねえが、銭が細えんだ」

「心配要らねえお客さん。さっきの自動ドアで会計済みさ。うちは、キャッシュレスなもんで」

<(_ _)>

お金が入っていないうちに前言撤回!! ごめん!! 考え中!!