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除雪の4トンダンプ編〜2〜

【初日】

「よろしくお願いします。」
この会社は夏は土木や造園をやり、冬に除雪をしているらしい。
鉄骨で組まれた門をくぐると広い敷地の中に4トンダンプが8台、大型ダンプが2台、あとファームと呼ばれている大きめの中型ダンプが2台。それにタイヤショベル(ホイールローダー)がぱっと見で6台はある。

敷地に入って左側にプレハブのような休憩所があり、
休憩所の前には3畳くらいの犬小屋がある。丸々太っている犬が1匹、穏やかな顔をして雪の上で座っている。名前はケンタといい、柴犬よりの雑種で13歳は超えているらしい。毎日鴨そばのカップ麺を食べている70歳を超えるダンプの師匠がいるのだが、その師匠が毎日ケンタに鴨そば丸々一個を食べさせている。いいのだろうか。
だが師匠もケンタも年なのにやたら元気だ。鴨そばが秘訣なんだろうか。1週間くらい真似をして毎日食べてみた。元気がでているような気がしたけども流石にあきたので辞めた。というか、師匠は汁を少し啜るだけであとはケンタが食べていた。しかしこれで今まであいまいだった鴨の味はしっかりと覚えられた。
休憩所に入るとそこには昭和の世界が広がっていた。
真ん中にはどーんとデカい古いタイプの石油ストーブがある。その上にはいつもやかんが二つのっており、お湯を沸かし続けている。
みんなのカップ麺や機械の氷を溶かす為だ。
床はグレーのタイルカーペットが敷かれており、公民館などにある低い長テーブルが三列おかれている。だいたい座る位置は決まっているようだが、雑魚座りといった感じだ。そこに寡黙で屈強そうな男たちが10人くらい座っている。
A3用紙に周辺の地図をコピーした紙が10枚入っているファイルをわたされ、班分けを聞いた。白髪で真面目そうな人がタイヤショベルのオペレーターの班になった。
1班で1週間に100件くらいを担当し、毎週同じ家を除雪排雪する。シーズンと呼ばれており、1シーズン10回、つまり10週間で終了する。班は全部で4班ある。
この班はダンプが3台にタイヤショベルが1台の構成でダンプは若い青年と自分、そして鴨そばのおじいちゃんだ。ダンプでわからない事があったらそのおじいちゃんに聞いて、との事だった。いつも何かしら食べており、ずーっとニコニコしている。とても優しいのだが、滑舌が悪く、何を言っているかわからないときがある。肉声はもちろんのこと、これが無線になると全体の20%くらいしか聞き取れない。とても優しく教えてくれるのだが、なんせ聞き取れない。当面の課題はリスニングだな。と感じた。
社長は身長が高くガタイもよい、髪型はツーブロックで髪の色がなんとも言えないグレーでかっこいい。低めのトーンで落ち着いた口調だが、常に冷静な雰囲気をはなっており、なんとも言えない怖さを感じる。
「レースとかじゃないから、ゆっくり走って事故だけ起こさなきゃいいから。なんせあずましく、ゆっく〜りやってくれればいいから」
目が怖い。
早速ダンプに乗り込んだ。ダンプはヒノのレンジャーでナンバーが253。自分はニゴさんと呼んでいる。
ドライバーにはワンシーズン同じダンプが割り当てられ、簡単な整備や掃除はドライバーが担当するとのことだった。車両がコロコロ変わらないのはいいなぁと思った。
ダンプのアオリ(箱の横壁)はお手製のアングルとコンパネ、足場板で1メートルくらい高くなっており、より雪がたくさん乗るように改良されている。砂利や砕石、砂とは違い、雪の比重で積載量がきまっているらしい。
久々のダンプ。座席が高く、視界が広い。真後ろ以外はフロントガラスとサイドミラーでほとんど見える。この眺めは素晴らしい。
エンジンをかけるとピコリロッと音がなり無線のスイッチが同時に入る。
地図とiPhoneを交互にみながら、前を走るタイヤショベルにトコトコついていく。晴れており、道の雪質も悪くない。現場の一軒家につくと
「最初は停める場所にかまえて教えるから、1.2回やれば覚えるよ。」
と、オペさんから無線が入る、オレンジ色のHITACHI zw100というデカいタイヤショベルが狭い道をグニョグニョ動き、ザリガニが威嚇したかのような形で停まった。
「ここで横積みするからダンプとめて」
緊張しながら、ダンプに積めるように指定された場所に停車する。一般住宅の道はもともと狭いが横に寄せた雪によって普段の半分くらいの道幅になっている。それにしてもダンプの小回り性能はすごい。ほぼ真横にハンドルを切る事ができる。帰宅する乗用車にのるとハンドルが切れなさすぎてイライラしてしまう。
この会社では手作業はしない。と決めてあるようで積み終わるまでドライバーはダンプ内で待機である。すぐによけたりできる様にとのことだった。これは非常に楽である。だが暇である。
その間タイヤショベルを観察しているとまるで生き物が雪を端から食べているように滑らかに除雪されていく。
ダンプはすぐにパンパンになった。
手作業をしない。というのはタイヤショベルのオペレーターの技術が凄いから出来ることなのだとわかった。
そんな細かいところまでそんなデカいバケツでやるのか。と驚嘆してしまう。
積んでいる時も特に振動は感じなかったが後で知った事で積み方が上手い人はソフトに積んでくれるらしい。下手な人が積むとダンプの中で天井に頭をぶつけるくらい跳ねるという。よく見てみると、雪の塊が一回で落ちないように調整して降ろしているのがわかる。まるでスコップを扱うかの如く繊細な動きだ。
「いいよ〜」
無線が入る。積んだ雪は会社が所有している近くの山に持っていき捨てる。
この山がなかなか上がるのが大変で100メートルくらいの距離のS字の坂を上がっていく。そんなに急には見えないが雪道のダンプだと難易度が高い。
ふかし過ぎるとタイヤが空回りし、雪がツルツルになり、もう上がれない。
「かっちゃいて光らせるなよ〜」と無線が入る。タイヤを空回りさせてツルツルにするなよ〜という意味である。一度光らせるとみんな上がれなくなる。そして途中で停まってしまうと恐怖のノンブレーキカーブバックをしなくてはならない。ブレーキを踏むとタイヤがロックし滑るため車体が回転して滑り落ちるという。恐怖だ。恐怖でしかない。何故ダンプは4輪駆動じゃないのだろうか。
万が一、山で登りと下りがかち合うと大事故になるため、山に他のダンプがいないか確認してから、無線で登る宣言をして登る。
「山誰かいますか?」
「…」
「山、あがります!」
三速にギアをいれ助走をつけて一気に駆け上がる。第一コーナーを曲がり第二コーナー。
ん?
脅されていた分なのか意外とあっさり登れた。
坂を上がると広い平らな敷地が広がっている。晴れているためか周りがキラキラしており白銀の世界だ。こんな天気の日に子供たちをここに連れてきたら喜ぶだろうなぁと感じた。後日遊びにきたのだがそれはまたあとで綴る。右側はデカいコンクリートブロックがいくつも重なって5メートルくらいの壁になっており、左側は崖になっている。ある程度は土間コンを打っているがその崖のほとんどは唯の雪だという。ステージと呼ばれる雪の床は雪を捨てるたびに伸びていきどんどん広くなっていく。寒暖差でクレパス(雪の割れ目)ができることもあるから気をつけて良く見るんだぞ。と言っていた。クレパス!そんな物テレビでしか見たことがない!その崖っぷちに黄色のデカい機械が止まっている。バケツではなく、ブレードという雪を押す物がついているタイヤショベルがドーンと構えている。
「オレの前に下ろして」
社長から無線が入る。
崖に向かって慎重にバックする。
「もっと…もっと…」
窓から身を乗り出し後ろを確認しながらバックする。え〜もう怖いんですけど〜ダンプの後ろの部分は崖に差し掛かってるんですけど〜
「まーだいける。もっと」
アクセルをふかすとタイヤが滑りダンプが停まった。
「もう50センチいけたな」
いや、怖いです!
ダンプアップするには、PTOというスイッチを押し、クラッチを踏む。そして座席の右側にあるレバーを引いてからクラッチをつなぐ、するとゆっくりと荷台が上がっていく。この時アクセルを踏むと早く荷台があがる。
どさどさどさ〜とダンプが揺れながら雪が崖に滑り落ちていく。
「いいよ〜雪全部落ちたか確認して山おりて。降りるときもエンブレ効かせたり、ブレーキ踏んだらタイヤロックして滑ってくから、もしタイヤロックしたら、アクセル踏めばいいから、気をつけて」
恐怖。その低くゆっくり落ち着いた口調も含めて恐怖です。
「はい、山おります」
ギアを二速に入れ、軽くアクセルを踏んでトコトコ降りて行く。問題なく降りれた。
この流れを1日繰り返す。
なーんだ。まあ、こんなもんか。と思ってしまった。
だが、小説でもドラマでも現実でもこういう時は油断してはならないと、あんなに繰り返し読んだり見たり聞いたり体験しているはずなのに、なのに油断した。
その日の15時を過ぎてからである。
「山、あがりまーす!」
三速で加速して山に突入する。もう片手ハンドルの楽勝モードで山に登っていった。
第一コーナーを曲がり、第二コーナーに差し掛かったところでそれは起きた。
ブーンッ!!
急にタイヤが空回りし、減速。とっさにブレーキを踏んだ。ダンプは停車した、かに見えて後ろにズルズル滑っている。もうハンドルは制御不能である。
どうする事もできず、ただ不安に身を固めた。
止まった!2メートルくらいしか滑っていないのにものすごく長く時間を感じた。
試しにゆっくり発信を試みるが滑る。
「すいません。山の途中で止まりました…」
「あーほんと、冷えてきて凍ってきたかな。どの辺?」
山の上にいる社長から無線が入る。
「2個目のカーブの手前です。」
「あー光ってるとこあったね。光ってると思ったらよけてこないと。そこなら、バックで降りてみて。あ、ブレーキ踏んだら1発でダンプ回転すっから、エンブレもかけない方がいいから、まわっから。気をつけて」
「…了解です」
社長。おれは一体、何に気をつければいいのだろう。本当に嫌だ。やはり、山を舐めたからか、雪道を舐めていたからこうなったのか…
ハンドルを握る手は汗でびしょ濡れになっている。意味もなく左右のミラーをキョロキョロみながらクラッチを切りギアをバックにいれ、ブレーキをゆっくりはなす。
車体が少し後ろに転がる。
ザザザーーーー
恐ろしくてブレーキを踏んでしまった。また2メートルくらい滑り、車体が変な方向に傾く。無線が入る。
「だーから、ブレーキふんだらだめだって」
!?何処かで見ている!!
これは、、、これは、、、こういうものなのか???これしかないのか???え?試練なの???
考えていても仕方がない。
意を決してブレーキを離した。
初めはゆっくりだが、徐々にスピードがあがる。ガタガタと勝手に転がるこの乗り物、制御不能のこの乗り物。
だが、少し進むとハンドルは効くようになった。ブレーキを踏みたい気持ちをおさえ、左右のミラーを高速で首を振りながら確認する。目をキョロキョロするより首を振った方が早い!そう思ったのだろうか。無心で首を振って左右のサイドミラーを見ていた。何キロ出ているか、わからないが体感ではすべり台を勢いよく滑ってるくらいのスピードで後ろ向きにダンプは走る。左右に集中していた。揺れていて、もう何を見ているかよくわからないがたくさん首を振っていた。
ハッ!と気づくと平らな広場まで降りていた。とっさにクラッチを入れエンジンブレーキを効かせる。
ブーン。ザザザー。
ダンプは100度くらい左に回転して止まった。
こわかった〜
「大丈夫?おりれたしょ」
無線が入る。
「はい…回転しましたけど…」

山をなめてはいけない

どこか違う所で教えてもらった言葉だが、今は心に刻み込もう。そう思った。
ただ、これはすでに大した事のない体験となった。4トンダンプ、冬道の恐ろしさはつづく。

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