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料理ではない貝の楽しみ方~貝は英語でShellという(#66)

ボッティチェリ《ヴィーナスの誕生》(1483年頃)

上の絵はルネサンス期に活躍したサンドロ・ボッティチェリの『ヴィーナスの誕生』である。

ヴィーナスは貝殻の上に立っていて、ヴィーナスは海から誕生したことを象徴的に表した絵だ。

そういえば1989年に武田久美子さんの写真集『My Dear STEPHANIE』で披露されたホタテの貝殻で出来た“貝殻ビキニ”が当時大きな反響を呼んだ。

そんな縁と番組の企画もあって2014年ノーギャラで北海道紋別市のホタテキャンペーンガールになったという話は面白い。

武田久美子さんにとってのホタテ貝はまさに“ヴィーナスの誕生”に出てくる貝のようでもある。

ところで皆さんは日本で最初の洋画家は誰かご存知だろうか。

江戸末期から明治時代に活躍した高橋由一だといわれている。

鮭の絵で有名な画家だ。

高橋由一《鮭》(1877)

高橋由一は鮭以外にも鯛や風景など素朴な題材を好んで描いており、以下の『貝図』という絵も残している。

《貝図》左
《貝図》左中央
《貝図》右中央
《貝図》右

現在香川県の金刀比羅宮高橋由一館が所蔵しているが、あまり有名ではない。

『貝図』を完成させたのは1878年、それとほぼ同時期に同じく貝殻を扱った世界的起業家がいる。

その人物はマーカス・サミュエルという名称で、彼の立ち上げたサミュエル商会は現在のシェル(旧ロイヤル・ダッチ・シェル)の前身となった会社だ。

マーカス・サミュエル

シェルは英語で“貝殻、貝の加工品”などを意味し、そのシンボルマークである貝の方がサミュエルの名称より認知されているかもしれない。

実はこの貝、日本の海岸にあった貝殻なのだ。

スラムダンクの話

話は逸れるが、昨年映画上映され大ヒットしたスラムダンクの舞台は神奈川県なのは多くがご存知かもしれない。

神奈川県以外の具体的な地名は出ていないものの、江ノ島電鉄を彷彿とさせる電車など実在する風景が描かれており、世界中のファンから『スラムダンク』の聖地として愛されている。

出典: SLAM DUNK / 東映アニメーション
出典:東京新聞web(2023年5月10日)

主人公がいる湘北高校、鎌倉高校がモデルとされているライバル陵南高校など、湘南地区を中心に物語は展開されている。

江ノ島電鉄は藤沢と鎌倉を結んだ鉄道だ。

冒頭で触れた高橋由一も江ノ島周辺の絵をいくつも描いている。

高橋由一《江の島図》(1876−77)

ちなみに場所は定かではないが先のシェルのシンボルマークである貝も湘南地区で拾われた貝殻だったといわれている。

シェルの話

話を元に戻したい。

マーカス・サミュエルは元々東ヨーロッパのユダヤ人迫害を逃れてイギリスへ移り住んだ一家の一人で、マーカスの父は滑車に雑貨を積んでモノを売る街頭商人だった。

11人兄弟の10番目のマーカスは父から彼の高校卒業の祝いとして旅券を貰う。

それも片道切符。

目的地は極東、横浜だった。

安息日に母親に手紙を書くことと一家のビジネスに役立つことを考えることの2つの条件とともにマーカスは1871年に極東行きの船に乗る。

ロンドンからインド、シャム(現在のタイ)、シンガポールを経由して終点の横浜までの船旅でマーカスはどこにも降りることなく、終点横浜へ辿り着く。

5ポンドほど持っていたそうで当時の5万円相当だそうだが、外貨交換の発想があったかどうかはわからない。

なければただの紙切れ、つまり無一文に近い状態だった。

友人はおろか、日本人以外ほとんどいない日本で、湘南海岸のボロボロの無人小屋にしばらく身を潜めていたという。

ぼんやり波打ち際を眺めていたら漁師は砂を掘っていた。

彼らは貝を集めていて、マーカスも真似して手にとってみるとその貝の美しさに魅了される。

「細工や加工をすればボタンやタバコケースとして売れるのではないか」

そして集めた貝を自ら細工して、ロンドンにいる父へ送ったところ、物珍しい東洋風の貝は爆発的なヒット商品となった。

その後、大ヒットした貝殻で得た資金を元に日本製雑貨の輸出だけでなく石炭をマレー半島へ、日本米をインドへ輸出、工業製品やロシア産の石油を日本へ輸入したりと商売の規模を広げていく。

その後、インドネシアのボルネオ島付近で石油採掘に携わり、採掘に成功すると同時に世界初のタンカーを作る。

タンカー一隻一隻にかつて拾った貝殻の名称をつけたという。

屋号でもあるシェルは貝殻を意味するShellで、石油事業に携わるまでに至るサクセスストーリーは海岸でマーカスによって拾われたことに始まった。

※参照記事↓


日本にある貝殻博物館(紹介)

日本は海に囲まれた島国で、海産物に恵まれた国でもある。

もしマーカスが目をつけてロンドンで大ヒットした貝殻のように、美しいと感じる貝殻を所蔵してある場所があれば嬉しいと思わないだろうか。

それが日本にはある、しかも比較的多く。

以下に紹介したい。

① 遠藤貝類博物館 (神奈川県真鶴町)

当館は真鶴町出身の貝類研究家 遠藤晴雄氏が生涯をかけて収集した4,500種、50,000点のうちから常設展示を行っている。

真鶴町に面する海は神奈川県立自然公園にも指定されており、そんな真鶴半島の海岸で見つかる地域性の高いものから、日本各地、さらには世界の海から集められたコレクションまであり、さまざまな色や形の貝が今なお見る者を魅了し続けている場所だ。

② 貝類館 (兵庫県西宮市)

日本貝類学の礎を築いた黒田徳米博士の学術資料を中心とした約10万点の標本が所蔵されてあり、建物外観は建築家安藤忠雄氏の設計でヨットの帆をイメ-ジしており、館内は海の中を思わせるブル-で統一されている。

③ 小さな貝の博物館 (東京都新宿区・西新宿)

30年以上にわたり世界中から収集された7,500種、15,000個体もの貝が一堂に展示されており、貝の美しさと多様性を感じさせられるのが当館だ。

それゆえ普段触れることのないような珍しい貝や美しい色彩を持つ貝など、さまざまな種類の貝を見られたり、また、コレクターや研究者から寄贈された特別展示品もある。

新宿区にあるということで、空間がコンパクトに保たれておりゆっくりと貝を観察することに適した環境を可能にしたのかもしれない。

④ のもざき 貝殻の小さな博物館『貝の家』 (長崎県長崎市)

長崎県長崎市脇岬町に住む緒方権次郎さんは元々は地元野母崎にあった「野母崎マリンランド」で家業を営む傍ら、貝殻の販売をしていた。

その際、貝殻を学ぶ楽しさを覚え、自ら収集して展示するなどした貝殻コレクターとなる。

2000年に野母崎マリンランドが閉館したことで緒方さんが収集した貝殻は衆目を集めない時間を過ごした。

しかしながら貝殻をみたいという多くの要望に応えるかたちで、緒方さん自身の自宅倉庫を改装して2022年にオープンする。

1個360万円で取引されたと称される巻き貝「リュウグウオキナエビス」や、世界でわずか二つしか存在を知られていなかった「オオサマダカラ」の他に、地球上の巻き貝で最も大きい「アラフラオオニシ」などが展示されている。

⑤ 海のギャラリー (高知県土佐清水市)

テラマチダカラ、オトメダカラ、ニッポンダカラは“日本の三宝”と称されている貝である。

それらの貝殻をはじめとして、大きいもので1m以上、小さなもので1mm以下のものを含んだ約3,000種、50,000点の貝殻を展示しているのが当館だ。

⑥ 貝の博物館 ぱれ・らめーる   (東京都大島町)

フランス語で「海の宮殿」を意味する“ぱれ・らめーる”は東京都伊豆大島にある。

伊豆諸島の貝に留まることなく世界各地から収集された約4500種類、約5万点を所蔵しており、東京都水産試験場に勤務していた初代館長の草苅 正氏が収集した貝と多くの関係者から寄贈をうけるかたちで誕生した経緯を持つ。

現在は約2400種、約1万点に展示を留めているが、その中には“生きた化石”といわれる深海に生息しているオキナエビスガイもある。

オキナエビスガイは世界で30種類ほど発見されているがそのうち26種類を当館で見ることができる。

また深海性の貝類であるエゾバイ科のほとんどの種類も展示されてある。

その他、世界最大の巻き貝アラフラオオニシ、100kgを越す二枚貝のオオジャコ、伊豆・小笠原諸島の特産あるいは特徴的な珍貝であるホロガイ(式根島)、アケボノダカラ(鳥島)、オオツタノハガイ(鳥島)、トミエビスガイ(大島)、カサガイ(小笠原)、チョウセンサザエ(南鳥島)等、南の貝だけでなく北方系(北海道~ベーリング海)の貝類、 貝類の化石、貝類の民芸品等も多数展示されてあるのが当館の魅力のひとつだ。

⑦おまけ:世界貝殻博物館   (大韓民国・済州島)

隣国韓国・済州島にある当館では貝殻とアートが融合した世界を垣間見ることができる。

館長であるミョン・ヨンスクは元々西洋画家、副館長クォン・オギュンは金属工芸家というそれぞれ別々のジャンルでアートに携わっていた。

ミョン・ヨンスクがおよそ40年間にわたり世界各国から集めた約7,800種類数万点の貝殻と珊瑚にクォン・オギュンが制作した銅を素材を使って接点を設けられた演出により誕生した自然由来の貝殻とアーティストの感性が融合した新たなハーモニーを体感できるだろう。

まとめ

貝柱を食すだけでなく、それを守り、養った貝殻にも豊かな内容が詰まっていた。

しかし、マーカスが海岸で拾い上げたときは一塊の抜け殻、あるいはゴミだった。

価値とはそれぞれの感性と結びつくことで再び我々へ豊かさを還元してくれるものかもしれない。

それはただ食すのみにとどまらず、内側からも外側からも感性を刺激して、我々を醸成させてくれるような存在でもあった。

そんな有り体な存在から何を導き出すか、それこそが我々に求められているものなのではないだろうか。

貝はそのことを教えてくれるようだった。

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