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「猫の町」の日  11月 Vol.7

なんと、猫の町には、ほんとうに「鐘撞き台」があった。

猫の町のどこからでも見える、高い塔が海辺に立っていた。

「実はそこは猫たちの町だった。

日が暮れかけると、石橋を渡ってたくさんの猫たちが町にやってきた。

青年はその光景を目にして驚き、あわてて町の真ん中にある鐘撞き台に上り、そこに身を隠した。

夜が明け、猫たちがいなくなり、町が無人に戻ると、青年は下に降りて、ホテルのベッドに入って眠った。

そして、あたりが暗くなり始めると、再び鐘撞き台に上ってそこに身を潜め、夜明けが来るまで猫たちの行動を観察した」



「なんで千倉なんですかね。ここ、いかにも日本のすたれた漁港だけどね」

彼は鐘撞き台を見ながら言った。

彼は、千倉の町で、猫の町のイメージ探しを手伝ってもらったタクシーの運転手だ。


彼は、小説「1Q84」は知らなかったが、千倉に精神病の療養所が多い話をしてくれた。

コロナで商売はあがったりですよ、と嘆き、
海水浴客のいないこの季節の珍客に対して、口が軽かった。

「そうやって小説に登場する土地をめぐるって、なんていうか高尚な趣味だよね。おたくも物書きなの?」

これが物書きの仕事なのかはわからないけど、言われてみればコロナの外出規制のなか、自分の興味のままに特急にまで乗って、こんな遠くまで来て、気ままに写真を撮ったりしているのは、自分でも、そりゃ自由だと思った。

だけど、注意しろ!


ここは猫の町だ


ここは失われるべき場所であり、この世ではない場所だ。

現に僕も、コロナの外出規制にもかかわらず、興味本位で猫の町に来て、ここを探究する欲望に逆らえないでいるではないか。

タクシーを好きなところに停めて、写真を撮りながら、猫の町のいろんなところを見てまわっている、

この行為の裏には意味があるはずだ。

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