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「猫の町」の日  11月 Vol.2

そして、特急は目的の「猫の町」である千倉に着いた。
この猫の町は、天吾と父親・NHKの集金人との対決の町だ。

「その猫の町にはテレビがあるのでしょうか?」

天吾の朗読を聞いたNHKの集金人は質問する。

NHKの集金人


彼は、猫の町に住んでいる。 

療養所の病人として、そしてリトルピープルの追跡者として。

猫の町には「処女懐胎で生まれた男が、自分の本当の父親を探す」という隠されたテーマがある。

 
この猫の町は、天吾の試練の地なのだ。

「1Q84なる世界」の創造主である天吾は、自身の出生の秘密が知りたいと心の底から思っている。


凡庸で、幸せから最も遠いこのNHKの集金人が、自分の父親なのかどうかを確かめたいと心の底から思っている。

一方、NHKの集金人は、キリスト教で言う「ナザレのヨセフ」の役回りを背負った男だ。

養父ヨセフは婚約者マリアが処女懐胎で孕んでいることを知ると、ひそかに縁を切ろうとした人物だ。

このNHKの集金人は、ヨセフと同じく、「処女懐胎という奇蹟」なら必然的に起こる事象、「父親不在」という「空白」を埋めた人物だ。

「空白が生まれれば、何かがやってきて埋めなければならない。みんなそうしておるわけだから」父親は断言した。

「あなたはどんな空白を埋めているんですか?」

父親はむずかしい顔をした。長い眉毛が下がって目を隠した。そしていくぶん嘲りが混じった声で言った。

「あなたにはそれがわからない」

「わかりません」と天吾は言った。


この「あなたにはそれがわからない」というセリフ。


記憶の中では「あなたにはそれがわからない?」という疑問文だったのだけど、丁寧にNHKの集金人の心に沿って読み解いていくと、これ諦観と嘲りの文だった。

そして不満の表情で「説明しなくてはそれがわからんというのは、つまりどれだけ説明してもわからんということだ」に続く。

NHKの集金人としては、奇蹟の人・天吾にだけは、自分が成した「空白を埋めた」責務を理解して欲しかったのだ。

創造主その人に理解されなければ、自分が奇蹟の一部にあるという意味をなさないからだ。


しかし処女懐胎の事実を知らない天吾には、NHKの集金人がそこで果たした役割がわかるはずがない。


そこに、この猫の町の対決の悲哀がある。


この対決の会話において、天吾も悲壮なら、NHKの集金人も悲壮なのだ。
二人の対決はこうして、すれ違う。


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