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日本における同性愛嫌悪の歴史的根拠とその変容

概要

  「古代以来,日本人は稚児の文化を許容してきた。......その伝統は江戸期をへて,現代にも根強く残っている。そうした文化的土壌のなかでは,同性愛にむけたタブー意識は欧米に比べればあきらかに希薄である」といった主張に代表される「寛容言説」は、前近代の男色文化と現代を重ねあわせ、日本は同性愛に寛容な文化や伝統を持つがゆえに、昔から強固な同性愛嫌悪は存在しないとして主張されてきたものである(風間,2015)。

 さらに「......ゆえに同性愛差別は存在しないので、同性愛の問題を社会的あるいは政治的に取り上げる活動は必要ない」という意見を寛容言説に付随して目にすることがあるが、これは同性愛者という主体を非在に導くような、欧米的ではないもうひとつの抑圧形態にほかならない(ヴィンセント,風間,河口,1997)。

 そして、寛容言説にはとある問題点があることを本稿では指摘したい。それは男色という一つの文化を把握するだけでは、現代日本における同性愛とは何かを捉え切れないという点にある。というのも、時代と共に変容していく同性愛概念を理解するには、男色が消滅した江戸末期から今日に至るまでの過程があまりにも考慮されていないのである。

 そのため本稿では、同性愛の歴史的過程を自然状態>犯罪化>病理化>非病理化という 4 段階で捉え直し、明治初期に制定された日本初の同性愛“行為”処罰法である「鶏姦罪」を起点として定め、日本における同性愛のマイナスイメージ形成を辿ることで今日の同性愛嫌悪に至る筋道を仮定として立ててみたいと思う。 


第1章 犯罪としての同性愛

<自然に反する罪>プロイセン刑法 143 条→ドイツ帝国刑法 175 条

男性同士の性行為と獣姦が等しく「自然に反する罪」として犯罪扱いされていた。

・カーロイ・マリア・ケルトベニ(作家):「homosexual(=同性愛)」という言葉を生み出した。
・カール・ハインリヒ・ウルリヒス(法学者):人間の性的指向を同性愛者/両性愛者/異性愛者に分類。
・リヒャルト・フォン・クラフト=エビング(精神科医):1886 年に『性的精神病質』を出版。 「性的倒錯」諸形態概念の枠組みを提示し、「同性愛は生まれつきのことであり、罰するべきではない」と主張。大正期日本において、通俗性欲学と共に大規模な「変態性欲」ブームを引き起こした。

<鶏姦罪>改定律例(1873~1882)

・鶏姦罪の条文は清(当時の中国)律に由来しており、清―肥後藩―司法省という細い一筋によって制定された条文であった(古川,2001)。
・実際の社会での性のあり方への介入という点では鶏姦罪は限定的であったにせよ、象徴的な意味での性的な不品行のひとつとしての同性愛を「鶏姦」という概念で成立させた(斉藤,2017)。 


第2章 病理化する同性愛


<女学生心中>

・明治後期、新潟県親不知の海岸で女学校卒業生ふたりの起こした心中事件が「同性の愛」の末の心中と報じられ、女学生間に「恋愛」が存在することが可視化された(肥留間,2003)。
・教育関係者は、女学生同士の関係が恋愛関係となり、男性を拒否するに至れば、それは良妻賢母教育を根本から否定することに繋がりかねないとして危惧した(古川,2001)。 

<変態性欲>

・男性同士の肉体的な交流が「同性性欲」という概念を介して病理化され、大正期に「同性愛者」という性的主体が誕生した(古川,2001)。
・大正期の同性愛者イメージをまとめれば、それは(a)遺伝的欠陥に基づく、(b)生まれながらの異常を有し、(c)不可避に家族をめぐる道徳を侵犯する逸脱者であった(竹内,2008)。

<エイズパニック>

・昭和 60(1985)年 3 月、アメリカ在住の日本人男性同性愛者が、厚生省のエイズ・サーベイランス委員会によって最初のエイズ患者と認定される。
・以前にも HIV 陽性と判明した血友病患者が確認されていたが、この扇動的な報道によってエイズは「同性愛者特有の病気である」という故意のマイナスイメ―ジ形成が行われた。

 
第3章 現代日本の同性愛 


<同性愛許容度の国際比較>

・世界各国と比較した日本の立ち位置とその要因
・日本と近似値を取る台湾との比較 

<同性婚を法律で認めるべきか> 

・年代間で見られる賛成/反対比の差
・政治に反映されない賛成=若年層の政治参加不足

<同性愛に関連する事件>

・フロリダ銃乱射事件:同性愛嫌悪の内面化が引き起こすヘイトクライム
・新木場殺人事件:同性愛に対する偏見の顕在化
・一橋ゲイ男子学生転落死事件:日本は同性愛に寛容な国であるか

参考文献 

風間孝「『寛容』な文化における同性愛嫌悪」2015,『国際教養学部論叢』8:1-15
キース・ヴィンセント,風間孝,河口和也『ゲイ・スタディーズ』1997,青土社
古川誠「『性』暴力装置としての異性愛社会――日本近代の同性愛をめぐって――」2001,『法社会学』54:80-9
肥留間由紀子「近代日本における女性同性愛の『発見』」2003,『解放社会学研究』17: 9-32
竹内瑞穂「近代社会の〈逸脱者〉たち―大正期日本の雑誌投稿からみる男性同性愛者の主体化―」2008,『Gender and sexuality : journal of Center for Gender Studies, ICU』3:77-94
斉藤巧弥「明治期の新聞における「鶏姦」報道の特徴 : 『読売新聞』と『朝日新聞』の分析から」2017,『国際広報メディア・観光学ジャーナル』24:21-38

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