私の病気について

お久しぶりです。読んでくれる人がいるかは分からないけどつらつらと書いてみます。

私は21歳のときに統合失調症という精神疾患の診断を受けました。

知らない人の車壊したり、立ち入り禁止の東京ビッグサイトのところでボタン押したりして水流したり、コテージに火をつけたり、いろいろやらかしました。(前科はなんとかないです)

当時は本当にはちゃめちゃで、悪く言えば頭が狂ったような人間で、インスタに訳の分からないギター弾き語り動画をたくさん載せました。
見た人は黒歴史なので忘れてください。

自分が病気にかかるまでは、正直障がい者というものに偏見をもっていました。
怖い、近寄りたくない、関わりたくない、変わってる、変な人。
でも、そんなわたしも今は障害者です。
薬を飲まないと眠れないし、睡眠をしっかりとらないと鬱っぽくなって安定剤飲んだり仕事を早退したりしています。

自分が病気になったとき、障害者手帳を持った時、正直すんなり受け入れられませんでした。

なんで私が?いままで辛いことたくさんあったのになんで私の人生こんなどん底なの?
親友と呼べるくらい仲の良かった友人も私から離れていき、ショックで頭がおかしくなりそうでした。


何回かあるけど、自殺を考えたこともあります。
いつ首つろう、ODしよう、楽に死ねる方法ないかな、調べたりしました。
今でも生きている理由は正直分からないです。

そんな私が、とあるきっかけで特別支援学校で非常勤講師として3週間だけですが働くことになりました。
始める前は正直抵抗ありました。
ですがいざやってみたら、先生たちはのびやかに、笑顔で子どもたちにのびのびと教育をしていて、例えていうならディズニーランドみたいな場所でした。

非常勤講師だからもっと大変な部分はたくさんあると思うけど、個人に寄り添っていい意味で自由に子どもたちに接していて、すごく暖かい空間でした。

わたしは特別支援の免許も持っておらず訳が分からず放り出された感じでしたが、朝の会を30分かけて行い、歌を歌い、係の子がボタンを押して進行し、ダンスを踊り、肢体不自由の子たちだったのですが車椅子から下ろし一緒に踊り、体育の授業では車椅子を押して走り回り、パラバルーンをディズニーの音楽に合わせて行い、好きな時間に子どもたちを散歩に連れていき、紙芝居をし、プラネタリウムも寝そべってみんなでみたりしたりしました。
給食を食べていただくのは大変だったな。笑

講師最終日にはクリスマス会を行い、下手くそながら徹夜で準備してギターの弾き語りをおこないました。
他のブロックのクリスマス会もそれはもう見事で、全力で楽しもう、楽しんでる、という感じが伝わってきました。

たった3週間だったけど、その特別支援学校で働いた経験は今でも忘れられず、今わたしは特別支援学校で働きたいという夢をもっています。

病気との付き合いは一生だけど、今はだいぶ落ち着いており、やりたいことはたくさんあります。

世界旅行、結婚、特別支援学校の先生。
ハンデを背負っているので一筋縄ではいかないと思うけど、わたしは最近産まれてきたことを後悔はしていません。
たった1度の人生、悔いのないようやり残したことのないよう生きたい。

障害者は子ども産むな、という意見もよく聞きます。
わたしは家事苦手(掃除)だけど、子どもは欲しいと思います。
簡単に欲しいとは言えないけど、障害者が子ども産むのって、本当に駄目なんですか?
わたしは去年の誕生日、その類のツイートを見て涙が止まりませんでした。

でも、今は前向きに考えています。

皆さんの意見を聞かせていただくと嬉しいです。

今日はここまで。
読んでくれた方ありがとうございました。

これからも偏見なく私と関わってね。

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