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ユーザー寺田の暴露 「悪魔の所業」




 東西線の神楽坂駅を出て、徒歩一分のところにある人通りの少ないマンションの一室に、寺田は入った。



 このメンズエステ店は何度か利用しているが、これから会う美波というセラピストは初めてだった。





 指定された部屋番号に行き、チャイムを鳴らす。



 扉が開くと、背の高い黒髪のセラピストの美波が笑顔で出迎えた。


 彼女は少し吊り目で通った鼻筋の美人で、脚が長く、ウエストがくびれていて、モデルのような体型だった。


 どこか上品な雰囲気が漂っている。




「お待ちしておりました」




 と、寺田は室内に導かれ、真ん中にマットの敷いてある部屋のソファに腰をかけた。




「はじめまして、美波です。今日はよろしくお願いします」




 美波は片膝立ちになり、寺田の膝に両手を軽く添えながら頭を下げる。


 それから、美波は丁寧にコースの説明をして、




「120分で、24000円になります」



 と、言った。



 寺田は財布から新札の一万円札を三枚取り出して、




「お釣りは結構です」




 と、差し出した。




「えっ、でも……」




「取っておいてください」




 寺田は当然ように言う。

 美波は丁寧にお礼を言ってから、シャワーの準備へ向かった。



 その間、寺田は服を脱ぎ、バスタオルを腰に巻いて待った。






 美波が戻ってくると、すぐにシャワーへ案内された。



 いつものようにしっかりとシャワーを浴びてから部屋に戻ると、美波はスケスケのベビードール姿になっていた。



 寺田はタオルを美波に手渡すと、




「うつ伏せになってください」




 と指示され、マットに体を沈ませる。




「では、よろしくお願いします」




 美波は寺田の背中にタオルを被せると、体をくっつけて、耳元で優しい口調で囁いた。



 ほんのりと甘い香りが寺田の鼻をくすぐる。







「よくメンズエステは来られるんですか?」



 少し人見知りなのか、美波は恥ずかしげに寺田に話しかけた。



「多いときには週に四、五回行きますよ」



「結構お好きなんですね。毎回違う人を指名するんですか」



「だいたいそうですね。同じ人に入ってもいいんですけど、なかなか二回目も入りたいと思える人に巡り合えなくて」



 美波は、にこやかに答える



「そうなんですか。なかなかお眼鏡にかなうひとがいないんですね」



 美波は和やかに答えてから、



「お若く見えますけど、おいくつなんですか」



 と、興味深げにきいた。



「二十歳です」



 寺田は正直に答えた。



「えっ、私より一歳若い……」



 美波は小さく驚きの声を漏らした。



「よく言われます」



 寺田はいつものように返す。



「どうして、こんなお若いのにメンズエステに?」



 美波はさらに訊いて来た。



「メンズエステには美人がいるかなと思って。ホームページを見ていたら、皆、綺麗に思えるじゃないですか」



「そうですよね。ツイッターとかでも、可愛い子が多いですものね」



「でも、結構写真と実物が違くて、がっかりすることが多いんです……」



 寺田は苦笑いした。



「私もツイッターやっているんですけど、もしかしたら、そう思われているかもですね」



「いえ、美波さんは思っていた通りでしたよ」



「上手ですね」



「本当ですよ」



 月並みの社交辞令の会話が続く。



 だが、美波は綺麗だ。



 ホームページの写真は胸を実物以上に大きく見せているが、それ以外に関しては文句はない。





 それから、寺田はメンズエステの仕事の話に話題を持って行く。


 程よいところで




「でも、こういうお仕事ですから、色々なお客さんがいて大変そうですね」



 と、切り出した。



「そうですね。でも、そこまで危ない人はいませんでしたよ」



 美波は笑顔で答える。



「本当ですか? こんな格好だから欲情する人もいそうですけど」



「まあ、そうですね。でも、無理やり襲ってきたりする人はいませんでしたよ」



「すごいですね。結構危ないひとの話を聞くので、みんな恐い経験はしているのかなと思いました」



「うちのお店は結構客層はいいのかもしれないです」



「きっと、美波さんのような綺麗な方だと、変な気を起こさないんでしょう」



 寺田は軽口を言って、



「メンズエステ以外では働いていないんですか」



 と、話題を変えた。



 それから、美波のプライベートの話になった。


 寺田は相槌を打って、興味深げにどんどん話を掘り下げていく。



 美波は元々歌手を目指して奄美大島から出てきて、エイベックスが開催していた第二の浜崎あゆみを探すオーディションを受けて二次審査まで進んだことがあることや、少し前まで韓国人のゴルファーと付き合っていたことなどを話した。








 気が付いた時には、施術時間は残り二十分ほどになっていた。


 まだうつ伏せの体勢で、四つん這いにもなっていない。


 美波は慌てたように、




「すみません。楽しすぎて、つい時間配分を間違えてしまって」



 と、申し訳なさそうに言う。



「いえ、いいんですよ。僕もマッサージよりお話に来たようなものですから。残り時間はマッサージじゃなくて、普通に話しましょう」



 寺田は提案する。



「そんな、申し訳ないですよ」



 美波は断ったが、



「全然、気にしないでください」



 と、寺田はにこやかに答えた。



「じゃあ、添い寝でもいいですか」



 美波は寺田の腕の間に頭を埋めた。



 そして、軽く見つめ合うと微笑んだ。


 寺田の体は反応したが、美波をどうこうしようと思わない。





 さっきの話の続きをして、残り時間を過ごした。





 シャワーを浴び終え、服に着替えると、



「また会いたいです」



 と、優しい口調で言った。



「はい、また気が向いたら来てください」



 寺田は玄関まで美波に見送られて、マンションを後にした。



 そして、すぐにスマホでそのメンズエステ店のホームページを開き、美波の出勤予定を確認した。


 次は明日だ。


 寺田はさっそく店に電話をかけ、明日の予約をした。






 そして、次の日、美波に会いに行った。



「また来てくれたんですね。嬉しいです」



 美波は声を弾んだ声で出迎えた。



「どうしても、また会いたくなって。昨日マンション出てからすぐに予約したんです。今日入れてよかったです」


 寺田は部屋に入り、ソファーで支払いながら言った。



「当日じゃなければいつでも入れますよ」



「本当ですか? だって、美波さんは人気でしょう?」



 寺田は首を傾げる。



「そんなことないですよ。結構人を見て対応変えちゃうので……」



「そうなんですか? まったく、そんな風に思えなかったです」



 寺田は驚くように答えた。



「ちょっと、シャワーの準備してきますね」



 美波が立ち上がろうとしたのを、



「今日はお喋りだけに来たんです」



 と、止めた。



「えっ? でも……」



「マッサージは結構ですよ」



「そんな、悪いです」



「いいんです。いっぱいお話したいですから」



 昨日と同じような形ばかりの押し問答をしてから、ソファーでただ話し続けた。


 特に他愛のない話で、相変わらず寺田は聞き役に徹した。







 またあっという間に時間が過ぎた。



「もう終わっちゃうんですね」



 美波は心なしか、寂しげに呟いた。



「またすぐに来ます」



 寺田はそう言ってマンションを後にして、次の美波の出勤日に予定を入れた。





 そして、次の時も施術は受けないで、ただお喋りをする。






 好きなレストランの話になった時に、



「今度、食事に行きましょう」



 と、約束をして、連絡先を聞き出した。


 嘘か本当かわからないが、美波はメンズエステで連絡先を教えるのは初めてだという。







 それから数日後、寺田は美波と食事に行った。


 一般的なデートのように、食事に行って、その後バーへ移る。


 その時には、美波が自分に気があることを知っていた。


 寺田は甘い言葉を嘯き、美波に好きだと伝える。


 別れ際にキスをして、また次のデートの約束を取りつけた。






 そして、二回目のデート、食事からバーへの流れは同じだが、美波は前回よりもさらに気を許している。






 カウンターの端の席で、カクテルグラスを手にしながら、



「僕のこと好き?」



 と、寺田は美波の耳元で囁く。



「うん、大好き」



 美波は酒の勢いか、今にも抱き着きそうな勢いで答える。




 寺田はこの言葉を聞けて満足だった。




 美波が一緒に一晩過ごしたそうな雰囲気を察したが、また今度と言ってその日は別れた。






 それから、寺田が美波と連絡を取ることはない。




 そして、次の候補を探すために、メンズエステ店のホームページを開いた。




 体はいらない、心が欲しい。


 心さえあることがわかったら、それで終わりだ。




 メンズエステの世界に本当の恋は生まれない。


 セラピストからすれば、いや、女性からすれば悪魔の所業だ。


 寺田は執着しない色ごとに現を抜かすために、今日もどこかのセラピストと会っている。

 ユーザー寺田の暴露 〜完〜

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