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加里の暴露 「客と結婚した女の話」





 メンズエステの世界にもおとぎ話がある。



 主人公は元々渋谷でセラピストをしていた41歳の加里(カリン)である。





 夫は現在は商社で働いているが、実家が福岡でセメント製造会社を経営している良家の子息だ。


 そのうち、夫も家業を継いで、セメント製造会社の社長になるという。



 そして、二歳になる息子がいる。







 夫と出会ったのは四年前、渋谷の店であった。



 その前に加里の半生を紹介する。


 加里は大学卒業後すぐ、合コンで知り合った30代の飲食店経営者の男にプロポーズされて、結婚することになった。


 当初、彼女はそれほど真剣な交際ではなかったものの、就職先も決まらず、どうしようかと悩んでいて、結婚すれば働かなくても面倒を見てくれると言ってくれたので、承諾したのだ。





 しかし、結婚してみると思い描いていたのと違う生活であった。

 プロポーズを受けたときには、すっかりふたりで新居で暮らすと思っていたのに、いざ結婚をしてみれば、相手の両親との同居だった。


 それも、家事は全て加里に任せられ、姑は料理や掃除について、嫌味っぽく口出しをしてくるだけだ。

 しかも元夫の父親は加里をいやらしい目で見てきて、風呂場を覗いてきたり、洗濯物を漁ったりしてくるのだ。




 3年くらいはその生活を我慢してきたが、次第にストレスで鬱っぽくなってしまい、「実家を出たい」と元夫に言ったそうだ。

 すると、元夫はその理由を訊ねることもなく、「そんなワガママ言うな」と一方的に叱りつけてきた。


 その日を境に、元夫としょっちゅう口喧嘩をするようになってしまったのだ。





 加里は子どもを欲しいと思って不妊治療に励んでいたが、妊娠することはなかった。

 そのことで、元夫の両親からは「子どもが出来ないのはあなたのせい」としつこく責められたそうだ。


 だが実際、元夫が種無しなだけであり、加里には全く問題はなかったのだが、それを知ったのは後になってからだった。








 結婚してから四年目、元夫が不倫していることを知った。


 それを引き金にして、離婚を申し出た。


 加里は慰謝料を要求したが、元夫は拒否。

 裁判にまで発展した。


 元夫の言い分としては、妻は子どもが出来ない体であって、さらに夜の営みもないので、事実上夫婦関係は破綻していたと主張。


 加里と弁護士は検査結果で加里は妊娠できる母体であること、関係修復に努力していたこと等を反論したが、その甲斐も虚しく、要求した慰謝料よりも遥かに低い金額しか貰うことが出来なかった。




 加里は司法の理不尽さに憤りながらも、離婚することで自由を手に入れた。


 だが同時にこれからは自分で稼がなければならなくなった。それから、キャバクラで少しの間働いてみたが、肌に合わずに辞めてしまった。


 加里は何の職業スキルもないし、根が贅沢なので、あまり安い給料で働きたくなかった。





 そんな時に、たまたまネットでメンズエステのことを知った。




 風俗じゃないのに結構稼げるというのがかなりの魅力に思えた。




 そして、メンズエステの世界に足を踏み入れたのだ。








 彼女が在籍していたのは過激な店ではなかったので、客は無理やりにでも何かしてこようという人がそれほどいなかった。

 離婚してから自由を得て、さらにメンズエステでそこそこの人気があり、それなりに稼いでいた加里だったが、30歳を過ぎ、まだ子どもを産みたいという希望があった為、ずっとその生活を続けていくつもりはなかった。




 それなりの美貌もあって引くて数多だが、結婚してくれそうな男性もいなければ、結婚したいと心から思える恋愛もなかった。






 もちろん、客と恋愛になったことはない。





 そもそも、客に素敵なひとなんていなかった。




 メンズエステで会う客は、普通の恋愛にはある関係構築の場を全て吹っ飛ばして、いきなりほぼ裸の姿を見ることになるのだから、その時点で素敵もなにもない。
 




 しかし、結婚相手を探しながらの恋愛を繰り返しているうちに三十代中盤に突入した。


 もうすぐに、子どもを産むのが難しい年齢になってしまうと焦りを感じ始め、客でもいいから理想を下げて結婚相手を探そうと決めた。






 それからすぐに今の夫が店にやってきた。


 元々、同じ店の他のセラピストに通っていたが、そのセラピストが辞めてフリーでたまたま空いていた加里が担当することになったのだ。




 全くタイプの男性ではなかったが、話しているうちに考え方が似ているとは思ってきた。


 深い意味はなく、



「もっと一緒にいたい」



 と加里が口にしたら、彼は加里が自分に惚れたと勘違いしたようで、それから週に何度も来るようになった。






 そして、気が付くと、加里も彼の事が気になり始めていたのだった。


 何度か彼と一緒に食事にも出かけ、そのうちに彼の自宅に呼ばれ、深い関係になった。


 加里は交際するなら結婚をする人、というスタンスだったので、彼に正直に話をしてみると、『わかった』という返事だった。



 男の「わかった」という返事は、女にとってはちっともわからない。



 本心のわかったなのか、それともはぐらかす為のわかったなのか。





 だから、加里の方から行動に出た。


 排卵日を狙ってゴムをしないでセックスをして、うまく妊娠をした。
 






 でも、その時の彼は最低だった。



 妊娠を伝えると、かなり狼狽しながら、「俺の子じゃない」と否定し出したのだ。




 加里が予想していたのと全く違う反応だった。



 それでも、しばらくすると彼は加里に歩み寄って、プラネタリウムを貸し切って、片膝をついて、加里が好きな曲を流れているときに、will you marry me? とプラネタリウムの星で文字を作ってプロポーズしてくれた。









 それから、渋谷のメンズエステを辞め、彼と結婚して、今に至る。




 しかし、結婚してから夫が好きではなくなった。



 夫は束縛が激しいし、女は家にいて亭主を支えていればいいという古いタイプの考え方で、家にいても居場所がないような気分になる。



 だからといって、離婚することは考えていない。


 もしも、離婚するハメになったら、やはりメンズエステで働くかなとは思っているが。




 だが、もう年齢も年齢だし、嫌な客の相手はしたくない。


 そういう意味ではいくらストレスが溜まっていても、そこから抜けさせてくれた旦那には感謝しなきゃいけないとは思っている。

加里の暴露 〜完〜


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