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店長青木の暴露 後編 「面接あるある〜ヤバい女たち編〜」

 



 また、目覚ましが爆音でなっている。




 3回目のスヌーズだ。



 青木は目を開けたが、起きあがろうともせず、スマホをいじり始めた。




 この2週間、面接はひとつもない。


 応募はあったが、面接までに至らなかったのだ。



 メンズエステの求人応募にも閑散期と繁忙期がある。

 店のセラピストが立て続けに何人か辞める度に、同時に求人応募も殺到する。



セラピスト達は、客入りや待遇の悪さ、職場環境や人間関係の問題を理由に違うお店を探し始め、別の店に採用してもらうと、しばらくそこで働く。



 しかし、どこで働こうとまた同じような理由で辞め、別の店で働き始める。


 それの繰り返しだ。


 多くのセラピストがなぜか同じタイミングで別の店を探し始める。



 だから、まるで繁忙期や閑散期があるかのように感じる。



 ただ、これはメンズエステ経験者の求人に限ったことであり、未経験者はこの流れには乗っていない。



 ここ1ヶ月くらいは繁忙期で、求人応募が殺到していた。


 しかし、もう繁忙期も終わる気がした。





 というのも、面接までいかない人たちが増えてきたからだ。



 繁忙期の最初の方はセラピストの取り合いになり、売れる可能性の高いセラピストが様々な店で新たに働き始め、最後の方にはレベルの低いセラピストだけが売れ残る。





 青木はしばらく布団の中でダラダラしてから、ムクリと起き上がり、支度をし始める。






 一通りの支度が終わる頃、スマホのLINE通知が光った。




『すみません。体調不良で今日は面接に行けそうにありません。別のお日にちにしていただいてもいいでしょうか』




 このライン相手は今日の面接希望者だ。


 だが彼女はすでに一度、同じく体調不良で面接の日をズラしている。



 青木はさすがにもう相手にしなかった。



 なんでこんなことの繰り返しをするのか理解できない。


 もし面接を行い、採用するとしても、いざ出勤となった時に彼女がちゃんと出勤するとは思えない。


 本当に体調不良であったとしても、一度でも日程変更をしてもらったら次は行かなければ不味いと普通の社会人なら思うだろう。

 その不味さが分からない人を雇ったところで、いい事などない。




 ただ、連絡してくるだけ彼女はまだマシだ。


 連絡の一切もなくトブやつはこの業界に大勢いる。









 午後6時半過ぎ。




 青木はいつもの喫茶店に入った。



 三十分後に面接の予定が入ったからだ。




 本来なら面接者の連絡を受けてから移動するが、今回は理由があった。








 席についてから、少しして大柄な男が喫茶店に入って来た。


 青木はその男に手を上げた。




「青木さん!お疲れ様です!」



 男は寄って来た。



「おせーよ」



 青木が軽く叱りつけると、



「すんません! ちょっと迷っちゃって。ここ分かりづらいっすね!」




 大通り沿いでわかりやすい場所なのにもかかわらず、男は堂々と言い訳をした。



 彼は山崎英成、27歳。

 青木の2つ下で、学生時代の後輩だ。



 つい最近まで不動産で働いていたが、そこがブラック企業なので辞めたらしい。

 先日久しぶりに飲みに行き、次の仕事を探していると言うことで、この仕事を誘ってみた。


 まだ働くと決まったわけではないが、とりあえず面接現場に来てもらい雰囲気を感じてもらうことにした。


 もちろん、こいつが綺麗なお姉さんに会えるかもと下心丸出しで来ていることはわかっている。


 メンズエステには行ったことがあるらしく、本人曰く当たりを引いたとか。





 青木は、あわよくば、山崎に仕事を引き継がせたかった。


 この仕事は性に合っていないし、本業だけでも何とか生活はできる。


 辞めるならタイミングを作るしかない。


 店が潰れてしまえば手っ取り早いのだが、生憎好調だ。



「これ、面接の流れとか質問事項とかまとめといたから、もうあんまり時間ないし、目だけ通しといて」



 青木は山崎にまとめた用紙を渡した。


 これから面接する女性は、青木の店にいるミキというセラピストが紹介してきた人だ。



 といっても、このミキというセラピスト、ほとんど幽霊部員だ。



 このミキ自体も、最近入ったセラピストだが、デビューして以来この1ヶ月半、まだ2回しか出勤していない。


 最後に出勤したのは半月も前だ。


 その間、ミキは今日を含めて3人も紹介してきた。




 ただ、紹介してくれようにも、全く使い物にならない人しか来ない。


 なので、今日も期待はしていない。


 正直、断ったら良かったと後悔しているくらいだ。






 午後7時を10分ほど過ぎた頃、二人の女性が喫茶店に入ってきた。


(あれ、ミキさんもいる。てか連れてくるんなら遅刻すんなよ。)


 青木は一応二人に向かって手を挙げた。


 ミキが気づいてこっちに向かってきた。




「お疲れ様です。この間言った立花さんです。」



 ミキが紹介した。



「はじめまして、青木です」



 会うのは初めてだが、メッセージでのやり取りはしていた。



「立花です。よろしくお願いします」



 彼女はお辞儀した。



「どうぞお掛けください。」



「はい」



 立花は返事をしてから、腰を下ろした。



「ではよろしくお願いします」



 ミキはそう言ってから、そそくさと去っていった。

 立花に三人で面接する旨を伝え、軽く山崎を紹介した。



 青木は、山崎をチラッと見た。


 山崎は立花を見ていたが、全く興味がなさそうだった。

 この時期にくる面接希望者だから売れ残りだろうと予想していた通り、パッとしない女性だった。


 髪はボサボサで傷んでいるし、服装もモッサリしている。

 頬だけ、やけにピンク色が際立っており、化粧も正直下手だ。


 近くの席に座っている生活感が溢れている中年女性にさえ劣る。



 普段なら即行で面接を終わらせるところだが、今日は山崎がいる。

 山崎が今後手伝ってくれる可能性があるので、めんどくさいと思いつつも、渡した紙に書いてある通りに面接を進めた。




 立花は現在26歳、実家暮らしで、高卒である。

 職歴はバイトやパートだけだった。

 表情は硬く、話し方も元気がなく、目を見て話すことができない。


 現在、求職中で週4でも5でもOKで、時間帯はいつでも入れる。


 歴は半年ほどで、2ヶ月前まで新宿でメンズエステをやっており、ミキとはそこの店で同じだったそうだ。



 ただ、ミキとは1回しか会ったことがないようだ。



 客が入らなかったので、新宿の店を辞めたらしい。




 ただ、どう考えても立花の方に問題があるだろう。

 受け答えを見ていて、やる気がないように感じ取れるし、質問を重ねる毎に声のトーンが刺々しくなってきて、本当に働きたいのかわからない。



 マッサージの技術はどうかわからないが、前の店でオーナー相手に1回研修をやっただけだそうだ。







 結局、15分もしないうちに彼女を帰すことになった。





「どうだった?」



 青木は山崎に聞いた。正直、ここまでヒドいと山崎に申し訳ない。



「なんか、何しに来たのかわからない子でしたね」



 山崎は苦笑いして答える。


 全くもって山崎の言う通りだ。



「俺、この前言ったと思いますけど、メンエス何回か行ってんすよね。どの人も、もうちょっと綺麗な人でしたけどねぇ。あの人お店のせいにしてましたけど、俺が店行ってあの人出てきたらガッカリするけどなぁ。俺だけっすかねぇ。」


 (いや、山崎、お前は寸分の狂いなく正しいよ。)



 山崎の的を射たコメントに、青木は感動さえ覚えた。



「山崎、その感覚超大事だよ」



 結局、セラピストを選ぶのは客だ。



 店の人間が面接頑張ってどれだけのセラピストを揃えても、客が気に入らなければ全て意味がないのだ。



 運営者側からすれば、面接の際、その女性を初めて見た瞬間、その一瞬の感覚が、客の感覚そのものだ。



 つまり、面接の合否は、最初の対面時にもうほとんど決まっている。







 青木が少しの間、山崎と話していると、電話が掛かってきた。


 店からの転送電話だ。


 ほとんどの場合は、客からの予約だ。



 しかし、青木が電話に出ると、予約ではなかった。


 今から面接を受けたいという問い合わせだった。



 突然、当日に面接を希望してくる非常識な人は少なからずいるが、いまは夜の8時だ。


 さすがにどうかと思ったが、山崎をこのまま帰すのももったいない気がして、せっかくだからもう1件面接をすることにした。





 喫茶店の場所を伝えると、近くにいるとのことだった。


 しばらくして、同じ女性から電話がかかってきた。

 もう喫茶店の中に入ってると言うので、立って当たりを見渡してみた。




 .........。





 それらしい人はいない。




 



 と突然、斜め前から声がした。



「あ、こっちです!」



 そこに立っていたのは、背の高い女性だった。


 男性の平均身長である青木よりも、彼女の方が大きい。


 そのうえ、体格もよく、かなりモッサリした長いワンピースを着ているので、余計大きく見えた。


 ついでに大きなリュックサックを背負っている。リュックだけ見たらまるで高尾山でも登ってきたような感じだ。


 スニーカーがボロボロなので本当に登ってきたのかもしれない。





 どう見ても、オバサンだった。




 髪もボサボサで縮れており、寝癖のような跡もある。



(いや待て、あれ白髪か?)



 青木はどうぞお座りくださいというべきか一瞬迷った。


 でもこれは仕事だ。


 何者にも失礼のないように、とりあえず座ってもらうしかない。


 座る時に山崎の顔がチラリと見えたが、文字通り、空いた口が塞がってなかった。



(んーどうしよう、これ面接になんのか?てかこの人目の焦点合ってないし...)



 青木はとりあえず、いつも通りの面接をだいぶはしょって、とっとと終わらせようと決めた。いや、終わらせなければいけない。




「すみません、急に面接していただいて。私マッサージ初めてなんですけど、研修ってどれくらい掛かりますか?」




 オバサンが唐突に言った。



(待て待て待て待て待て、気が早ぇよ)



 青木は心の中でそうツッコミながらも、




「その前に、メンズエステってどういったものかご存知ですか?」



 と、聞いた。



「ええ。男性にマッサージするんですよね?」



「まぁそうなんですが、もうちょっと具体的なことご存知ですか?」



「いやそれがわからないから、研修受けたいなと思って」



 青木は呆れてものも言えなかった。





 それから、青木は研修の日程調整をしてみると嘘をつき、オバサンを帰した。



 こんなメンズエステを馬鹿にしたような女性を前にしても、正直に告げてあげられない自分の弱さが嫌になる。



「今の人やばかったっすね! こんなんばっかなんですか?」



 山崎は興奮しているとも呆れているとも取れるような表情で、青木にきいた。




「んなわけないでしょ。でもまともな人は少ないよ」



 青木は正直に答えた。しかし、山崎は運が悪い。


 まともな人が少ないとはいえ、さすがに普段はもっとまともなのだが……。



「俺、ちょっと厳しいかもしんないす」



 山崎は弱音を吐いた。



「うん、まぁ無理すんなよ。今日は悪いね、遅くなっちゃって」



「いえ、いい勉強になりました」



 青木は喫茶店を出て、山崎と別れた。






 山崎はもう来ないだろう。
 山崎へ引き継ぎをさせて辞めるという青木のささやかな望みは、一瞬にして消えてなくなった。





 店はそれなりに繁盛している。



 でも儲かるのはオーナーとセラピストのみで、青木は固定の安月給だ。
 


 店長なんて名ばかりである。
 


 青木はこれからも、まだ店長を続けるしかない。

 店長青木の暴露 〜完〜


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