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店長兼セラピストかすみの暴露 5話 「行き過ぎた戦慄の恋」





 あれは二年前の春のこと。




 その日、かすみは珍しく稼げない日で、深夜に事前予約が一件入っているきりだった。
 



 その予約の客は、初めてお店に来る人だ。


 勿論かすみも初めて会うのだが、通常初めましての客だと90分コースか120分コースで予約するのが一般的であるのに、この初回の客は240分、4時間の予約を取っていた。



 偶におしゃべり好きの方が150分の予約を新規であってもする事はあるが、本指名でもないのにこのロングコースはかなり妙だと思っていた。








 その客は時間通りに来店した。



 見た目は普通のおじさんで、持ち物からしてそこまで稼いでいる様には見えない。


 とりあえず会計をいつも通り済ませ、シャワーの準備をしに一度部屋を出た。



 1Kの部屋だったので、シャワーの準備を終えた後、頃合いを見計らって廊下から部屋のドアをノックした。





「お着替え終わりましたか?」




 かすみがそう声をかけると、




「大丈夫です」




 と、小さな声で客が応えるのが聞こえた。



 かすみはドアノブを捻って、部屋に入ろうとして、やめた。



 


 いや、正確には部屋に入ることができなかった。




 

 広くはない1Kの部屋には、床のフローリングも施術マットも見えないくらいにびっしりと、A4用紙にコピーされた女性の写真が並べてあったからだ。



 よく見てみると1枚1枚が全て違う写真ではあったが、写真の女性は同一人物のようだった。




 客は床に敷き詰められた写真の女性を見つめながら、




「この子どう思う?」




 と、聞いてきた。


 激しい困惑の中、かすみはなんて答えればよいのか戸惑って、




「可愛らしい方ですね」




  とだけ返した。

 すると客はかすみの返答を聞いてから、顔色一つ変えることなく、淡々と話を始めた。







 写真の女性は彼が週二回のペースで三年間通い続けているメンズエステのセラピストだそうだ。


 初めはほんの淡い気持ちしかなかったが、そのうち、彼女のことを心底愛するようになってしまったという。


 また、自分には妻も子供もいる、と打ち明けた。


 


 彼女とずっと一緒にいたいと思うが、外では絶対に会ってくれない。


 しかし、粘り強い誘いが功を奏したのか、3年かけてやっとカラオケに一緒に行く約束をこぎつけたのだ。




 「そこでね、今日は君で実験をしようと思って予約したんだよ。もし時間が足りなければいくらでも延長するから教えてね。」




 と、客が改まった調子で言った。




「何をするんですか?」




 部屋の中で少しづつ恐怖が立ち込めてくる中、かすみが聞くと、客は「ちょっと待って」と言ってカバンから大量の薬を取り出してきた。


 かすみはすぐにそれが何なのかを察した。

 



「それって、ちょっとヤバい薬ですか…?」





 かすみが問いかけると、客は肯定することなく、一つ一つの薬の名前とその効能を細かく説明し出した。


 案の定、テレビで違法ドラッグと言われているモノで良く名前を聞く薬だった。






 客は、丁寧な薬の効能の解説をした後で、




「僕は彼女と2人っきりになれるこのチャンスを逃したくて。だからこの薬を彼女がトイレに行っているすきにドリンクに混ぜて飲ませて、意識が朦朧としているうちにいろんなことしたいんだ。だから君を使って、 この薬剤たちを飲むとどの程度理性が崩壊して、どのくらい感度が良くなって、どれくらいその事を覚えているのか実験するんだ」



 と真面目な顔で言い放ち、




「そういう訳だから、これを飲んで」




 と、薬の束を渡してきた。




「……、それはできません」




 得体のしれない者に対する恐怖に慄きながらも、かすみはなんとか断る。




 すると、




「あっ!飲み薬だと抵抗あるかー!それなら注射がいいかな!」




 と、今度は鞄から注射器を取り出してきた。







 かすみは背中に氷のように冷たい汗が流れるのを感じた。



(やばい。こいつ完全にイッちゃってる)



 もう深夜0時を回っている。


 大声を出せばもしかしたら誰か助けてくれるかもしれないが、生憎、防音性の高いマンションだ。


 仮にもし誰かが来てくれたとしても、その時はもう自分は手遅れだろう。



 かすみには、一人でこの場をなんとか乗り切るという選択肢しか残されていなかった。






 それから、かすみは大きく深呼吸をしてから勇気を振り絞って客の目を見つめこう言った。



「こんな事を好きな女性にするんですか?彼女はとても傷つくとは思わないんですか?あなたの家族が知ったらどう思いますか?子どものことを考えたことはないんですか?」



 息継ぎなく早口でかすみは捲し立てた。


 すると客は口をワナワナと震わせ始めたではないか。



(言い過ぎたかも)



 とかすみが思った矢先、それまで怖いほど顔色を変えずに淡々と喋っていた客は突然「うわーっ!」と大声を上げて泣き出した。





「そんな事分かってる! 分かってるけど自分の気持ちをもう抑えられないんだよ!」


 「ずっと彼女のことが好きで、好きで好きで堪らない気持ちを抱えてる!だけど、僕たちはしょせんセラピストと客の関係にしか過ぎないでしょ。それ以上の関係を望めないんだと思うと、辛すぎて仕事もなにも手に付かないんだ!会社での業績も下がり、このままだと多分僕は、会社をクビにされてしまう…。
 そうしたら!お金もない僕は最愛の彼女にも会えなくなってしまう!!そうなる前に彼女との思い出を作るしかないじゃないか!!」





 客は泣きじゃくりながら訴えた。


 それをかすみは口を挟むことなくじっと聞き続けた。






 かすみは客の話がひとまず終わるタイミングを見計らって、



「今日はまだ施術もしていませんのでお代金はお返しします。このまま家に帰って家族に会ってください。そしてもう一度考え直してください。あなたはいい人なんだと思います。少し思い詰めてしまっただけなんですよ」



 と諭した。



 客はその言葉を聞いたかどうか分からないが、ボソボソと何かを呟きながらも鞄を手に持ち、お金のことなど気にもせず、かすみの横を通り過ぎ、玄関から出て行った。








 
 その後、その客がどうなったかはわからない。



 できれば思い留まっていて欲しいが、あそこまで追い詰められた人間が何をするかなんて予想もできない。




 警察に相談するべきかもしれないと悩んだが、そんな感じのニュースは流れてこないし、おそらく彼はかすみにしか話していないはずなので、もし彼が捕まったら自分が密告したのがバレてしまう。



 そうなるとあの感じの人だ、復讐をされかねないと考えると、行動に移せなかった。






 振り返ってみると、少しでも間違えていればかすみはあの時死んでいたかも知れない。



 だけど意外とこんな話はごろごろ転がってるのだと思う。



 良くも悪くもメンズエステは人の心が丸裸になる場所だから、色んな人間の内側が見えてしまうのだ。

 続く......

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