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物を見る目【値ぶみカメラ】

例えば人間.よくある話として人間の原価は1000円やそこらで,それだけあれば人間の構成成分は買えてしまうのだから,人間の価値は1万円くらいだなんて言うこともあります.一方で交通事故を起こして相手を死に至らしめてしまった場合,慰謝料としてその人がこの先稼ぐはずだった金額に応じて変化することがあります.この場合その人の生涯賃金がその人の価値となるでしょう.

こんなように人間でも物でも食べ物でも,見方を変えればいろいろな価値が見えてくるものです.骨董品でも詐欺的な品が出回っていたりしますが,本来の市場価値と自分がこれくらいの価値があると思い込んだ価格に乖離があるから詐欺も成立してしまうわけです.


そんな詐欺まがいのものを買ってしまって奥さんに小言を言われるというような場面ももしかしたらあるかもしれません.何年もやってるんだからゲテモノに大枚はたくんじゃなくてもうかりそうなものを仕入れてきなさい,なんて骨董品店だと言われるかもしれません.そんな骨董品店の娘さんの竹子が野鳥の写真を撮って生計を立てようと考えていたのですが,お父さんは嫁に行くまで好きなことをさせてればいいと言うのに対してお母さんが女のくせにカメラマンになろうっていうのと反対します.加えて青年実業家の倉金さんが自身にアタックし,親もその玉の輿に乗っかろうとしてくる…….

そんな愚痴をバードウォッチング仲間で恋人の宇達さんにこぼし,宇逹さんも「きみはおれがもらってやるよ」なんて言いますが,現実問題二人で食べていけるかと問われて今んところは無理と返すしかありません.ただ,仲は良いようで冗談を言い合ったりはできます.

「まるで安手のメロドラマだわ。恋人は貧乏、そこへ二枚目の金持ちが熱烈な求愛……絵にかいたような状況設定じゃない。」
「メロドラマとしてはちょっと不自然なところもあるだよな。」
「なにが?」
「ヒロインがさ。そんなハンサムの金持ちがさ、なんでよりによってきみを好きになったか、そこんとこ説得力に欠けるんだよな。それはまあタデ喰う虫も好きずきというから。」
「なにをぬかすこの低額所得者が。」

GC異色短編集 夢カメラ 『値ぶみカメラ』p.115-116

最後になかなかなことを言っていますが,どちらも笑顔で言っているのでこんなツッコんだこともお互い言い合える関係であることはわかります.

家に帰ると「値ぶみカメラ」というカメラを売ってる人(ヨドバ氏)がいました.お父さんが対応していたのですが,奥さんのことを恐れて珍品は買わないといって追い出します.そこに「珍しいカメラをおもちなの?」と声をかけてお話を聞きます.

ここで自分が持っているカメラをその値ぶみカメラで撮ってみて「左上」のボタンを押すと13000円くらいと表示されました.こんな安物じゃないという竹子に売り子さんはこう説明します.

それは「本価」です。カメラを単なる物体とみての原材料費です。

GC異色短編集 夢カメラ 『値ぶみカメラ』p.118

次に「右上」.これが「市価」にあたりカメラの場合では正札価格にあたると説明します.そして「左下」の「産価」.将来被写体が生み出す利益,つまりカメラで撮影した写真が生み出す利益といえるでしょう.残念ながらこれは0円と出てしまいます.そして「右下」を説明しようとしたところにお母さんが「あんただれ」と殴りこんできて,脱兎の如く逃げていきました.

突然部屋に入ってきたお母さん,何をしにきたかと思えば倉金さんがコンサートのS席をとったから行こうって言ってたと言伝とチケットを渡しに来たのでした.カンじゃプロポーズをするかもなんてにへらと笑いながら言ったりもします.

「え――困っちゃうなあ。」
「どこが気にいらないんだよ。あんなりっぱな人の。女の一生は男次第なんだよ。カスつかむとかあちゃんみたいになるんだよ。悪いこといわないから、人間カスミを食っちゃいきていけないんだから。」

GC異色短編集 夢カメラ 『値ぶみカメラ』p.120

その夜はお父さんでした.結婚するのはおまえだからほんとに好きな人のところへいくんだよと優しく言います.自分もそれはわかってるけど好きだけで生きていけないと現実的なことを言います.それに対して…….

よーく、目を見開いて人物をみるんだ。わしなんかしょっちゅう目利きちがいばっかりしてるが、最大の目利きちがいは……いやよそう。

GC異色短編集 夢カメラ 『値ぶみカメラ』p.121

ここでおもしろいのはお母さんは値ぶみカメラの言う「市価」や「産価」ばかりに目がいっていますが,お父さんはそれではない価値に注目をしています.そう考えるとなんでこのお父さんはお母さんと結婚したのかとも思いますが,それ自体が「目利きちがい」だったのでしょう.冒頭のお母さんの台詞で「あんたをムコ養子にしたおとっつぁんの目利きちがい」なんて言葉も出てきます.人の価値について目利き違いをしてしまったから娘にはそうなってほしくない,お母さんもお父さんも着目する価値は違えど向いている方向は同じなわけです.

置いてけぼりになっている値ぶみカメラ.ついに役に立つときが来ます.骨董品屋に精巧な模造品を持ってきて言葉巧みにお父さんを騙そうとする人が来ます.お父さんはすっかり信じてしまって金庫にいくらあるかと聞くのですが,「市価」を撮影してみるとニセモノだとわかる…….あれニセモノよと話しているところに倉金さんが来てはったりをかまして追い返します.

コンサートでは僕の妻になってくれるねと何度もアタックして,せめて一晩考えさせてといってもはっきりした返事をくれるまで帰さないと強引に迫ってきます.後悔させない自信があるから強引にしてると言いますが,ロマンのかけらもないですね.

そんなところで「値ぶみカメラ」で写真を撮ってみます.「本価」は965円.「市価」が130万円.高級品に包まれている証拠です.そして「産価」が32億6700万円…….あまりに値段に驚きます.そう一人で驚いているところに恋人の宇逹さんがやってきます.

GC異色短編集 夢カメラ 『値ぶみカメラ』p.127

宇逹さんの「本価」は832円,「産価」は比べ物にならない…….そこがわかったところでヨドバ氏(カメラを売りたい人)が戻ってきたので「こんな物いりません!!」と半ば怒ってるかのように投げつけます.なんとか売りたいヨドバ氏は宇逹さんの写真を手に取って説明し損ねた「右下」の機能を説明し始めます.

右下のドットはですね、自価といいまして被写体の自分にとっての価値といいますかまったく主観的な……で、この場合表示される数値はこの青年のあなたにとっての価値というわけです。

GC異色短編集 夢カメラ 『値ぶみカメラ』p.129

自分が選ばれると信じて疑わない倉金さんと竹子と名前を呼んで願っている宇逹さん.そして宇逹さんの自価はいくらだったのか…….

GC異色短編集 夢カメラ 『値ぶみカメラ』p.130

いくら市場価値があっても,いくらその後見込まれる価値が高くても,自分にとっての値段はそれと比例するわけではありません.おそらく産価が0円と評されたカメラも自価は高かったのだろうと推測できます.確かに職業として目利きが重要になってくるような場合には値ぶみカメラの価値というのは非常に大きくなるでしょう.一方で恋人だとか友人だとか,自価が一番重要となってくるようなところでは自分の思う通りにすれば良いので価値もないでしょう.

それがヨドバ氏に値ぶみカメラを投げつけるところにも表れているのでしょう.自分は宇逹さんを選びたいのに市価だの産価だので倉金さんとの圧倒的な差を見せつけられて自分の価値との乖離を感じていたり,本当なら後押しをしてほしいのに全く役に立っていなくて憤りを感じていたのかもしれません.

今回のヨドバ氏が竹子さんに売ったのはそこが間違いだったのかもしれません.目利きが必要なそれこそお父さんに売れるなら売るべきだっただろうと思うのですが,奥さんに小言を言われてしまった後で時期が悪かったと言えるでしょう.竹子さんの今回の選択が今後の人生においてどのように運ぶことになるのかは分かりません.親が親ならということで数年経って結婚してから「あのときの目利きは間違っていた」なんて言うかもしれません.

しかしそのときの価値があまりに莫大なのであれば結局のところ市場価値だの将来性だのという指標は何の価値もなくなる...….今回で言えば「恋は盲目」というのを数値化したようなそんな作品だったのではないでしょうか.というわけで藤子F先生の短編集から「値ぶみカメラ」の紹介でした.ここまで読んでくださってありがとうございました.

― 了 ―

pyocopel


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