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日常/非日常と価値観【懐古の客】

日本人の多くは大阪や東京など大都市に住んでいて,旅行などで観光に行くことがよくあるでしょう.自分も旅行が好きなので田舎の方へ遊びにいくことがあります.そういう時に「都会で見なくなったものだ!」みたいに感激することもよくあるでしょう.ただいざ住むとなった時に「あれがないこれがない」と絶望してしまうことがあるかもしれません.

都会から田舎でもそんなことが起こり得るのであれば未来から過去だとより大きな衝撃が起こるのかもしれません.例えば令和のこの時代から江戸時代にタイムスリップしたら...….生活様式に感動することもあるでしょうが,実際にそこで暮らせとなれば一体どうやって生きていけばいいのかと途方に暮れること間違いないでしょう.

今回はそういうお話.そして短編シリーズではおなじみとなっているヨドバ氏がなぜ現代で不思議なカメラを売る生活をしているのかがわかるお話です.

ヨドバ氏とは一体誰なのかというと藤子F短編にある「○○カメラ」系の話に登場するカメラの売り子です.生活がかかっているんだと不思議なカメラを100万円など高額で売りつけるのをよくしているのですが,出生などは謎に包まれています.このヨドバ氏,発表年でいう初登場は1981年の『タイムカメラ』という作品なのですが,時系列に直すと今回紹介する『懐古の客』になります.

GC異色短編集6 鉄人をひろったよ 『懐古の客』 p.24


日本人がアメリカに留学に行って「日本のこんな文化はくだらない!」なんて言う場面,あったりしますよね.

しめ切り? くだらん! そんなもん忘れろ!! おれの撮ってきたこの写真を見ろよ。時間に追いまくられている毎日があほらしくなっちゃうぞ。

GC異色短編集6 鉄人をひろったよ 『懐古の客』 p.25

そんなことを言うのは主人公の友人のカメラマン.なんとカメラマンとして少し前まで首狩り族をしていたような人と生活していたと言います.「彼らこそ人間なんだ」といい,その魅力を語ります.文化に隷属せず,必要なだけの食料が必要でありそれ以外は何もいらない.時間も気にする必要もない.そんな「真の人間」の生活に感動し思いを馳せつつ語っていたのですが...….

えっ。もうこんな時間!? 出版社へ写真とどけて代理店をまわってそのあとスタジオへ。じゃ、またな。

GC異色短編集6 鉄人をひろったよ 『懐古の客』 p.27

やはり文化に隷属せざるを得ない悲しき日本人なのでした.そんな友人を玄関先まで見送って部屋に戻ると変な人がいました.

すばらしい...…なんとすばらしい住居だろう!! このそっくり返った天井板! くずれかけたドロ壁。まっ赤にやけ、けばって、ふめばブヨンブヨンの畳!! そうだ! これは本物の畳なんだ! ぼくは今本物の畳の上にいるんだ!! なんという感激。

GC異色短編集6 鉄人をひろったよ 『懐古の客』 p.28

現代の我々の価値観からすると貶しているのか褒めているのかよくわからない表現ですが,未来にはもう畳などといった昔ながらの日本的住居は存在しないのでしょう.しかし,いきなりこんなことを言う人がいれば怒るものです.いい加減にしてくれないかと主人公は注意するのですが,注意すれば「なんといい顔だろう。典型的初期文明人、原始の面影を残している!!」とか言って人の話を全く聞きません.

きみはいったい何者だと主人公が聞いたところでようやく経緯を話し始めます.普段はカメラのセールスをしているヨドバさん.今回はレジャー,タイムトラベルのパック旅行「グッドオールドデイズ一週間」で過去に来たのだそう.それで民宿を頼んだところ主人公の部屋を紹介されたのだとか.頼んでもないのにそんなことを勝手に決められたらたまったもんじゃありません.もちろん怒って追い出そうとするのですが,未来技術により難なく躱されてしまいます.

ガイドブックにかいてあるとおりだ。「古代人にタイムトラベルを信じさせ、協力を得ることは大変困難である。多少の抵抗は無視し思うままに行動するしか方法はない」

GC異色短編集6 鉄人をひろったよ 『懐古の客』 p.31

どう考えてもこんな旅行客がいれば炎上間違いなしですが,まあそんなことになっているのでしょう.タイムパトロールさん出番じゃないですか.とはいえ昼飯も買えない貧乏暮らしをしている主人公,6泊2食つきで20万円でどうかと聞かれて許してしまいます.このとき両替のために添乗員さんを呼ぶのですが,こんなことを言われます.

七日後の集合場所と時間わすれないでくださいよ。一秒でも過ぎるとチャンネルがふさがっちゃいますからね。

GC異色短編集6 鉄人をひろったよ 『懐古の客』 p.32

そんなこんなでお昼を買いに行こうとすると大家さんに捕まってしまいます.どうやら今のボロアパートに住んでいるのは一人だけらしく,主人公がいるから取り壊しもできない.なんとか立ち退いてもらいたいということですが,今のとこより家賃の高いところしかないから無理だとか…….

そんな話をしている間にヨドバ氏は買い物に行き,自動販売店ではない人間の店員が「毎度ありがとう」と言ってくれる買い物に感動します.家の扉も自動ドアじゃないことを忘れて扉の前で呆然としたり.汲み取り式のトイレの臭さに「人間の生きる証がここにある」なんて言ったり.食事でも自然由来のものでなんというぜいたくな食事だと言ったり…….

そんな感動の連続を経験している中,腑に落ちないことがあると言って主人公は時間旅行者は他にもいるのかとヨドバ氏に尋ねます.ブームだそうだが,そんな話は聞いたことがない.そのわけは過去改変を許してはいけないという原則が生きているような感じではありました.

旅行先に傷跡を残すべからずってのが原則でしてね。記憶を消去するんです。あなたもぼくと別れたら五分とたたないうちにケロッと忘れちゃいますよ。

GC異色短編集6 鉄人をひろったよ 『懐古の客』 p.37

人間が真に人間らしく自然と調和して生きる姿がここにあった!!」なんて冒頭で聞いたような話をするヨドバ氏.残念ながらここに悲劇が訪れます.布団で寝ていると頬がはれ上がり唸りを上げます.すぐに救急車を呼ぶのですが,診断結果は食中毒と虫刺されとおたふく風邪の合併症だが症状が極端に激しいとのこと.雑菌等に対する抵抗力が皆無でどうやら出発前の予防注射を怠ったための不運…….生命も危ないらしく困ったことになったなと主人公は悩みますが…….

なにを困ってるんだろう。しめ切りがせまってるというのに。

GC異色短編集6 鉄人をひろったよ 『懐古の客』 p.39

そう.ヨドバ氏の言う通り記憶が消去されてしまいました.帰ったところ大家さんがいて,立ち退き料をはずもうといってこれで出てくれないかと交渉してきます.それが大金だったのでしょう,今日これからすぐに出ますといって交渉に応じます.

そして一月.アパートはなくなり,「民宿の主人」としていた主人公もいなくなり,約束の集合場所には団体も添乗員の姿も見えない……そんなヨドバ氏は最後にこうつぶやきます.

GC異色短編集6 鉄人をひろったよ 『懐古の客』 p.41

今の文明社会があって「非日常」として不便を体験するからこそ,その不便が良いものだと感じてしまうわけです.冒頭で少し前まで首狩り族だったところで過ごした人もそれが1週間だったから,元の生活に戻れる保証があったから良いものと感じたわけです.あれがもし実際にそこで死ぬまで生活しろというような状況になれば,「こんなところで暮らせるか!」と手のひらを反すようなことになるかもしれません.

田舎に住んでいる人から見て都会の人が田舎は良いと言っていたり,テレビで田舎暮らしを宣伝していたりして違和感というかマイナス感情を抱く原因はここにあるのではないでしょうか.旅行をよくする人ならわかるかと思うのですが,「旅行先」としては一級品でも「暮らす」となったらちょっと自分には厳しいかなと思うような場所があるのではないでしょうか.これを言い換えれば「非日常」として体験するなら良くてもそれを「日常」として生活するのは難しいとなります.

しっかりと「非日常」として良いものと「日常」として良いものは切り分けて考えなければならず,そこを混同してしまう,もしくは混同してなくても混同しているかのように受け取られてしまうことは避けなければならないと自分は思います.

さて,今回の『懐古の客』.「非日常」として良いと思っていたものが思いもよらず「日常」として襲い掛かってきたとき,価値観が逆転するという考えてみればひどいことをうまく描いている作品だと思います.カメラマンの友人は日本に帰国できたから幸せなまま,幻想を抱いたままいれたわけで,ヨドバ氏は帰れないから絶望している.そんな対比と未来から過去へのタイムスリップというSF的な要素.綺麗にまとまっていますよね.

というわけで藤子・F・不二雄先生の短編,『懐古の客』の紹介でした.ここまで読んでくださってありがとうございました.

― 了 ―

pyocopel

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