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子供の養育はお母さんだけ?我が家の子育て(by子供)

大学の教職課程で、ADHDについての動画を見ることがあった。その動画はADHDを患っている小学校の子供とその子の行動に振り回されている家族の葛藤を描いたものだったのだが、中の一節で父親が母親に向かって「お前はどういうしつけをしてるんだ。」とはっきり言っているシーンがあった。それを見て私は「えっ何?お父さんはそうやってお母さんんに養育面全部任せておいて、うまく行かなかったら怒るの?は?」と思った。それまでのシーンで(それ以降のとこもだけど)お母さんは朝起こす、学校の支度をさせる、宿題をさせる等々全部やっていた。子供が発達障害を抱えていて(動画の時点ではまだ発覚していない)子育ては必ずしもうまくいってるってわけではなかった(と思う)が、お父さんそんなに干渉してないのにそこで責めるの違くないかと感じた。今の日本って、ジェンダーギャップ広いし、女性は家!子育て!みたいな考え方っていまだに残っているから自分が子育てするようになった時は不安である。また、その動画には続きがあり、ある日その子供とお母さんが病院に行ってADHDの診断を受けるのだが、そこにお父さんがいったという描写がないのも不思議であった。そして私は、「お父さんよ、お母さんがいなかったらどうしていた。」と問いたかった。(ここで動画のリンクを貼るのは憚れるので、TwitterのDMあるいはLINEで聞いてくださるとリンク送ることができます。皆さんに見てほしい)
そこで、著者の家庭の子育てを子供側から見ていきたいと思う。先述の動画では、両親が居り主に(ってかずっと)母親が養育面を担当しており、父親は外で働き養育は干渉しない(だが、うまく行かないと責める)という状況であったが、我が家(著者が小学校の時母親が他界、父子家庭へ)の場合そうならない(←当たり前)ため母親に頼らない子育てを紹介することができると思う。
(自意識過剰やろ、あんたとかって突っ込みしないでね👓)
主に語りたいのは中1から高3までのことである
中学校1年生…部活は、父親にとりあえずなんでもいいから入りなさいと言われて見学に行きそのまま入部。学校は、正直ちゃんと勉強した笑くらいしかないが、得意不得意はあったが勉強は嫌いじゃなかったためしなさいとかは言われてない。
中学校2年生…部活でちょっとしたいじめがあり、それを親に相談した。あまり解決しなかったがそこから、親に甘え気味に。学校は、本当に数学がわからんくなった(担任:数学の先生←先生ごめんなさい)
中学校3年生…部活、いじめが若干続いてて活動休みがちで、顧問に大会出さないよ!って怒られた。(その時やったやつもう一回やりたいなぁ)学校は、勉強したくないって理由で公立受験やめて私立受けた(底辺高)。このころ英語だけずば抜けて成績よかった。
高校1年生…部活、同級生いい子!先輩上手い!と思った。学校は、チャラい人多くて困った。うるさかった。だが、テストはバチバチに簡単だった
高校2年生…部活、楽しい。後輩1人入ってきた!学校は校外レクとか修学旅行の班決めで、余っている人同士で組まされ終始無言気を使いすぎて無理だった。また、普段の授業でも班ずっと一緒だった人と一緒にされ同じものとして扱いを受けたため、学校を次第に遅刻していくようになった。そしてそのことで親にすごく怒られ、学校に呼ばれることに。
高校3年生…部活、後輩は入ってこなくて寂しかった。8月の大会で引退した。5月くらいから今の大学の入学を本気で考えはじめ勉強をスタートした。そのことについて親はできるともできないとも言わなかった。(担任には無理っしょって言われたけどー←ふざけ(略))
あんまり子育てのことを語れなかったため付け加えを行う。
とにかくうちの父親は、同じマンションの人への挨拶とご飯茶碗の米粒を残さないことを強く言ってきた人だなと思う。それ以外は、学校に毎回行きたくないっていったときとか、(高2のクリスマスになんか私が病んだ時とか)は怒られた。でも基本的に寛容的でいろいろ話とか聞いてくれてとても良い父親のもとに育ったなと思う。感謝したい。

ここまで読んでくださったそこのあなたへ。
ありがとう。私のnoteは自分でも思うけど、口調が変わったり、かっこが多かったりします(ごめんなさい)。それでもこれは私の言葉です。それを承知の上で読んでください。
ではまた来月。その時までさよなら(なんかどっかで見たようなこと言うんじゃねー)

2020年7月9日追記:お父さんは病院に行ってました。

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