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もう一杯、どうっすか


(一)

"幸男"なんて大層なお名前を付けられて、生活して早30年。いや、31年であった。先日の誕生日も忘れるほど、何も無く、至って普通な、平凡な毎日を僕は過ごしている。幸せなんて程遠く、かといって辛いこともさほど無く、平々凡々を絵に書いたような人生である。
行きつけのカフェで、特に思い起こす必要も無い人生を、珈琲の黒々しい色を見ながら思い起こしてみて、一つため息。

「なんかあったんすか?」
「あ、いや……、なんでもないよ」
「そっすか。いや、最近顔色悪いんで、なんかあったのかなって」

何度も何度も同じグラスを拭いて、サボりを誤魔化している彼は確か、ハルカくんと言ったかな。ネームプレートなんてないような個人経営のカフェだから、確認のしようがないけれど、マスターにそう呼ばれていた気がするし、きっとそうだろう。

「なんだろ、悩み?うーん……。強いて言えば、毎日平凡だなあって」
「平凡、良いじゃないすか。平凡」
「いやあ、なんかさ、大学の友達とか、どんどん結婚するし、次のステップ?みたいなのに進んでる感あるのにさ……」
「現状維持も、大事ですよ。幸男さん」
「え、なんで」
「ああ、お、マスターから聞いたんです。幸男さん……であってますよね?」
「ああ、あってる、あってるけど」

相手の名前もあやふやな状態で、突然名前を呼ばれると、人間は当たり前だが驚く。

「嫌でしたか?」
「いや、そうではなく、なんか……」
「なんか?」
「名前、久々に呼ばれたなって」
「はは、なんすか、それ」

きゅこきゅことグラスを拭く振りをやめて、後ろの食器棚にそれを戻す。後頭部の髪の毛がぴょこんと跳ねているのが、なんだか面白い。

「はは、なんだろ、なんだろうね?」

ずっ、と音を立てて珈琲を飲むと、思いのほか時間が経っていたのかだいぶ冷めていた。アイスコーヒー、とまではいかないが、角砂糖は溶けきらずジャリジャリしそうな、そんな温度である。

「カノジョとか……、居ないんすか?」
「か、彼女?」
「ああ、すみません、なんか、こんな得体の知れない男が、そんなデリケートな」
「あっは、いいって別に。それに、居たらこんな所で君とお話してないよ」
「それもそうっすね」
「っ、肯定されると……なんか違うな」

なんだかなあと首を傾げると、くるりと後ろを向いた彼の手が何かを差し出す。

「ん?」
「あ、いや、お近付きの印……に?」
「お金取る?」
「取らないっす」
「じゃあ貰お」

小皿に乗っけられた、一口サイズに切られたパウンドケーキが2つ。

「ど……う、っすか?」
「ん、悪くないね。美味しいよ。あ、珈琲おかわりくれる?」
「っし、よろこんで」
「ふふ、なんかラーメン屋さんみたい」

空になったコーヒーカップに熱々の珈琲が注がれる。

「淹れたてなんで、熱いですよ」
「見てたからね、知ってる」
「そうっすね」

〜すね、の後に(笑)がつくような感じが、なんだかムカつくなと思うのもつかの間、パウンドケーキを褒められた彼は自慢げに

「さっきのパウンドケーキ、俺が焼いたんすよ」

と、言った。反応で分かるよ、と言いそうになったが、上機嫌な若者はなんだか可愛らしくて、

「そうなんだ、すごいね」

と、大人な対応で返してやった。


(二)

良くない日というのは、人間には必ず一ヶ月に何日かほど訪れるようで、まさしく今日はその"良くない日"であった。昼休憩には必ず行っている、あの喫茶店にも行けず、というか昼飯もろくに食べられず、頭ごなしに一丁前に叱責する、頭が薄ら禿げている上司の顔色を伺いながら、カタカタと資料の修正を行っていた。

「山田、お前そんなんだからな……」
「っ、すみません」

なんでわざわざこっちに歩いてくるんだよ、貴方の席は向こうですよ、と言いたくなる気持ちを抑えていると、

「出前でーす」

と、なんだか聞き覚えのある声がする。
その声の主を見ようとふっ、と振り向くと、

「は、ハルカ…くん?」
「あ、幸男さんじゃないっすか!」
「なんだ、山田知り合いか?」
「え、あ、はい」
「幸男さん、また後で、あ、支払いは済んでるっぽいので、容器は外に置いておいてください。あ、何時頃に取りに行けばいいっすか?」
「んー、16時すぎくらいかな」
「了解っす。じゃ、まいどあり〜」

そういえば彼のことを全く知らないな、と上司がとった出前の弁当をつつきながら思う。良い上司であろうという気持ちが露骨な彼は、こういう時に限って出前をわざわざ頼んだりと、良い上司がやりそうなことを、わざわざ行う。まあ、タダでご飯が食べられるのはありがたいんだけどな、と思いながら、弁当に入っている唐揚げを食べる。
空きっ腹に唐揚げは30を越えた僕の身体には少ししんどい。グッと水で流し込んでも、なんだか油がまとわりついて不快である。
僕は大体のお弁当に敷かれている、この全ての味や油を吸った葉物野菜が嫌いだ。なんか、彩りや油分の吸収の目的で入れられているだけであって、食物としての本来の役割を任されていないから、すごく嫌だ。かといって、容器を回収する時になんか物が残ってるのも、好き嫌いが多い嫌な大人みたいで見苦しい。仕方なく口に入れて、水で流し込む。

「ふう、ご馳走様でした」

資料の修正を行いながら、彼のことを考えていた。彼は人から話を聞き出すのが上手いが、僕はどうやら下手らしい。彼について、何も分かっていないのだ。今日はじめて彼が出前の仕事をしていることを知った。ということは、きっとフリーターなのだろう。本人から直接聞いていないし、憶測の域を出ないけれど、きっとそうだ。そもそも名前だってあやふやだ。多分ハルカという名前だが、どんな漢字かもしらないし、そもそも漢字じゃない可能性だってあるし。彼はマスターから聞いたと言っていたので僕が"幸男"という名前であることも知ってるのだろう。前に名前の話になって、自虐で「幸せからは程遠いんですけどね」と言って怒られたことがあるから、きっと漢字も知ってるだろう。何も知らない僕とは大違いである。

「うわ、」
「どうした、山田」
「あ、いや、なんでもないです」

rrrrrrrと長々と打たれていた物を消して誤魔化す。この調子で定時に上がれるのだろうか、いや無理だろうな。今日は喫茶店は諦めよう。そう思った僕は、自販機で2本ほど缶コーヒーを買って戻る。

「あっま」

カシュっと威勢のいい音がするのは結構だが、無糖だろうが微糖だろうが微妙に甘いものがあるのはなぜなのだろうか。喫茶店で飲む機会が多いからか、珈琲に対して口うるさくなっている自分に思わず苦笑する。どのご身分て言っているのだろうか。

「っし、やるか」

明日の昼休み、彼がいると良いなと思いつつ、また作業をはじめる。日がだいぶ陰ってきて、西日がやけに眩しいけれど、今日はまだ帰れそうにないのであった。


(三)

「あ、幸男さん、いらっしゃい。昨日ぶりっすね」
「ああ、そうだね。いつもの珈琲とサンドウィッチのセットで」
「デザート……いりますか?」
「なに、新作?」
「そうっす」
「お金取る?」
「んーー、昨日頑張ってたっぽいんで……奢ります!」
「じゃあ頂こうかな」
「了解っす」

シュコーーという、音と共に珈琲のいい匂いが広がる。珈琲ってのは、やはりこうでなくちゃな、と思いながらポケットからタバコを出して火をつける。

「あれ、幸男さんって吸われましたっけ?」

コトンと音を立てて灰皿が置かれる。

「たまにね。今日は気分だったし、されに、このまま直帰予定だから」
「ふーん。会社ではバレたくない……と」
「一応ね。なんか女子社員も喫煙者だと反応良くないし」
「意外と人目気にするタイプなんすね」
「なんだろうね、そうなのかも」

へへ、と笑っていると淹れたての珈琲とサンドウィッチ。そして彼の新作。

「プリンっす」
「プリン……って、この店もうなかった?」

メニューを見るとやっぱり、"自家製プリン"の文字。

「いや、それは叔父さんので、これは、"俺の"なんで」
「おじさん?」
「あ、言ってませんでしたっけ?マスター、俺の叔父さんなんですよ」
「へー。知らなかった。てか君のこと僕全然知らないんだよね」
「なんすか?……口説く気?!」

ドキッとでもいうような、大袈裟な身振りをして、彼はそう言った。

「いやあ、そんなんじゃなくてさ。僕のことは結構話してるけど、昨日の出前もだけど、君のこと全然知らないなーって。ふとね」
「えー、なんも面白くないっすよ?」
「それにさ、君の名前も知らないよ?僕」

サンドウィッチを齧って、もそもそと咀嚼をしていると、彼は何かを考える顔をしながらおもむろに喋りだした。

「えーまず名前っすよね。八島悠加っす。八島は8つの島で、悠加は分かりにくいんすけど、悠々自適の悠に加えるで、読みにくいのか、はるかなのに、ユカって呼ばれたりしてます。まあ気にしてないんすけど……」
「気になっちゃう?」
「そうなんすよ。なんか、いいんだけど、俺別にユカじゃないしな……みたいな。分かります?」
「んー、分からないけど、理解はできる」
「なんすか、それ」
「ん、続けて」
「続けてって、面接官みたいで嫌っすね」
「お嫌い?」
「お嫌いっすね」
「そう、じゃあ職業は?」
「やっぱり面接じゃないっすか。もう」

僕がサンドウィッチの1つ目を食べ終える頃、彼の仕事の話になっていた。

「えー、お察しの通り?フリーターっす」
「ふーん。ここと出前の掛け持ち?」
「あ、あとたまーに、母親の校閲を手伝ってます」
「校閲?」
「作家なんすよ」
「へー。すごいね」
「趣味の延長らしいんすけど、やっぱり会社に出す前に誰かに見て欲しいらしくて、お駄賃あげるから〜って。それで」
「いくら貰えんの?」
「1回1500円です」
「なんかリアルだね」
「そうっすか?そうかな。そうかも」
「ふふ。じゃあ趣味はなに?」
「その面接っぽい感じ、やめてくださいよ」
「そんなにかな?」
「そんなにっす」

2つ目のサンドウィッチを齧って、違和感。

「あ」
「どうかしました?」
「今日ハムチーズじゃないんだ」
「あー、チーズ切らしてて」
「悪くないね」
「良くは……」
「んー、良いけど。なんだろ、ハムチーズの方が好きだな。僕は」
「そうかー。叔父さんはいいんじゃない?って言ってたんすけどね、マヨハムコーン」
「子どもっぽい味がするから。なんか、珈琲よりオレンジジュースって感じの味」
「オレンジジュース、いります?」
「いらないです。で、趣味」
「趣味……。趣味って答えられます?今何も思い浮かばないんすけど」
「趣味、趣味……、ゲーム……とか?」
「オンライン課金系っすか?」
「いや、オンライン麻雀」
「微妙……」
「微妙って酷くない?悠加くんはないの?」
「んー、あ、お菓子作り?」
「なにそれ、急に可愛いじゃん。僕に恋させる気?」
「まあ、止めませんけど」
「へ?」
「あ、いや、なんでもないです。んーお菓子作りかな。そうだな。あ、プリン食ってくださいよ、早く」
「ああ、そうだったね。ごめんごめん」

銀色のカップに入ったそれの中心をスプーンで裂くと、茶色いカラメルがどろりと解き放たれて上がってくる。上手いこと黄色いプリンとカラメルを合わせて、スプーンですくって食べると、少しザラザラとしたものとトロトロとした部分が合わさって面白い。カラメルの苦甘い感じと、プリン自体の滑らかな甘さが心地よく口内を覆う。

「外はちょっと焼きプリン?的な感じで、中はとろっと系をめざして作ったんすけど……」
「良いんじゃない?」
「ほんとっすか?」
「僕、これ好き。おかわりある?」
「奢り……」
「いや、さすがに払うよ。いくら?」
「300円っす」
「値段、もうちょっととってもいいと思うよ。飲み物とセットで1000円、単品500円……くらいかな?」
「そんな?」
「うん、そんな」
「なんか、嬉しいっすね。へへ」

照れくさそうに頭をかいて、後ろの冷蔵庫からプリンを出す。

「はい、どうぞ」
「ありがとう。あ、生クリームくれる?」
「お、いいっすね。ありますよ」
「ここのコーヒーは苦めだからね。甘いものとよく合う」

もりもりと山形に盛られた生クリームが、別皿で出てくる。

「甘党っすか?」
「どうなんだろ。でも甘い珈琲はあんまり、好みじゃない」
「めんどくさいっすね」
「ちょっと、酷くない?」
「でも、そういうの、いいと思いますよ。俺」

いつの間にか自分の分の珈琲も注いで、高めの椅子に長い脚を余らせて座って彼はそう言う。

「そう?ならいいかな」

生クリームをスプーンですくって、プリンと一緒に食べてみると、先程の素朴な甘さに、生クリームのまろやかさが相まってまた美味しい。

「プリン……アラモード」
「ん?」
「プリンアラモードって、喫茶店っぽくないっすか?」
「まあ、よくみるね。うさぎの林檎と、缶詰のさくらんぼと、生クリームと……」
「あとアイスっすかね」
「アイス、あー乗ってるね。チョコレートソースなんかかけちゃって」
「どうっすかね?」
「どうって……」
「この店に、合うかとか……、どうか」
「いいんじゃない?って、そんなこと言う権限ないけど」
「いや、俺よりココに詳しいんで、幸男さん」
「そうかなー。何も知らないよ?買い被りすぎじゃない?」
「またまた、今度作ってみるんで。食べてくださいよ、幸男さん」
「お金取る?」
「試作段階なので取りません」
「じゃあ頂く」

午後3時。マダムたちの会議が始まる頃、彼女達の邪魔にならないようにそっと店を後にする。

「また明日!」
「明日は会社が休みだから来ないよ」
「ちぇ」

別れ際の寂しそうな彼の顔がなんだか頭から離れない。

「なんか、犬みたいな奴だな……」

半休の午後はあまりに自由で、なんだかとても、悩ましかった。


(四)

「こんにちは。悠加くん」
「あ、幸男さん。いらっしゃい」

接客のせの字もないような姿で、当たり前のように前に座って、彼は珈琲を飲んでいる。手元には、小説。

「バイロン……?詩かあ……。はじめて見た」
「あー、あんま見ないっすね。読んでる人。読まれます?」
「いやあ、文学は全然」
「バイロンを知ってるのにそれは無いっすよ」
「ほら、表紙"詩集"って」
「あ、」
「ね?」
「いやぁ、でも、そうは見えないっす」
「どうして?」
「なんか、なんっ……すかね」

喉元からでかかった物を飲み込むような顔をして、うーんと考える彼。

「なに?お父さんに似てるとか?」
「え」
「え、まさかの正解?」
「いや、あの、なんか、雰囲気っすよ、雰囲気が、親父に……似てて」
「なんかごめん」
「いや、幸男さんは悪くないっす。親父も、そういう系だったんで、てっきり」
「へー、なんだろうね。でも僕は文学はさっぱりだよ。漫画の方が好きだな。って、漫画も最近読まないけど……、って、なんか期待にそぐわなくてごめんね」
「会話のネタがひとつ減っただけなんで、大丈夫っす」
「なんだそれ」
「あ、今日は、そうそう、プリンアラモードあるんで」

語尾に音符がつきそうな、爛々とした口調でテキパキと物をセットする。

「え、注文してないけど?」
「珈琲とサンドウィッチのセットですよね。了解っす」
「まあ、そうなんだけど」

違ったらどうするんだ、と突っ込む前に、サンドウィッチと珈琲が目の前に置かれる。ほぼ毎日同じものを食べているのに、よく飽きないなと、我ながら感心する。

「よく飽きないっすね」
「え?」
「ほぼ毎日同じもの食べてるじゃないっすか、幸男さん」
「そうねえ、それ、今僕も思ってたところ」
「以心伝心っすね」
「以心伝心……?そうなの?意気投合じゃない?」

スマホで適当に検索をかけてやると、ほらやっぱり。

「ほら、意気投合じゃん」
「本当だ、馬鹿晒した」

露骨なほどに、表情に心情が出るからか、恥ずかしそうな顔をする彼の姿が面白くって、つい笑ってしまう。

「そ、そんな笑わなくても」
「いやいや、悠加くんは愉快でいいね。うん、おじさん、うれしい」
「おじさんって」
「だってもう30も過ぎてるし、悠加くんからしたらだいぶ、おじさんでしょ?」
「もう、叔父さんも言ってましたけど、幸男さんの自虐はなんか面白くないので、やめてください」
「え、辛辣すぎない?」
「傷つきました?」
「それなりに」
「えっ、あ、ほんと、すみません……」

あわあわと椅子から降りて、ペコペコと平謝りする姿が面白くって、もう少しいじめてやろうと、悪戯心が騒ぐ。

「もう、ひどいよ、悠加くん……」

あからさまにしょげてみせると、より一層慌てた様子で、

「お、俺、何でもしますから、ね、幸男さん、機嫌直してくださいよ……」

と、拝むみたいに両手を合わせて、平謝り。

「嘘嘘、気にしてないよ、って何でもしてくれるの?」
「えっ」
「何でもするって、さっき」
「そ、それは、言葉のあやというか……、なんというか」
「ふーん」
「あ、いや、何しましょう?あの、さすがにこっから先飲み放題食い放題とかは無理ですよ?」
「そうだなあ……、何お願いされたい?それしてよ。どう?」
「うわ、性格……」
「ん?」
「いや、あ、良い性格してらっしゃるなあ……って」
「へー。で、何お願いされたい?悠加くん」
「うーん、そうだなあ。そうだな……、あ!」
「なに?」
「お出かけしませんか?」
「ぼ、僕と?」
「はい、ダメ……っすか?」
「何でも言う事聞くんでしょ?僕とお出かけしてくれないかな、悠加くん」

すっかり冷めた珈琲をずっ、と啜る。

「モチっす。いつにしますか?」

琥珀色の色素の薄い目をキラキラと輝かせて、彼はそう言う。

「あっは、やっぱり犬みたいだ」
「え?」
「んー、なんでもない、なんでもない。いつにしようか、そうだな来週の……金曜日の夕方とかどうだい?」
「悪くないっすね、それで、金曜日の夕方…17時過ぎとかっすかね」
「ん、了解。楽しみにしてるよ……って昼休み終わるわ」

そそくさとお代を置いてジャケットを掴んで店を出る。

「あ、プリンアラモード」

悠加くんには悪いけれど、また明日のお預けのようだ。


(五)

「俺、幸男さんのこと好きなんすよ」
「お父さんに似てるから?」
「いや、そういうの無しに」
「どういうこと?しかも唐突」

何年ぶりに受けた告白はとても突然で、すごく自然で、ひとつもドキドキとしないものであった。

「今日の誘い、のってくれたから、調子に乗っちゃいましたね。すみません」
「え、謝られても」
「好きなんすよ、だから」
「ほう、続けて」
「……、終わりっす」
「終わり?!そんなあ……」
「どうなりたいとか、そういうのじゃなくて、なんか、好きなことを知っててもらえれば、それでいいっす」
「ふーん。そう」

こういう子は、友情と愛情の境目があやふやで、自分の気持ちを勘違いしているというのが世の常だ。まあ、好意を向けられているのは悪い気はしないのだけれど。

「悠加くんって、カノジョ、いた事あるの?」
「えっ、今聞くんすか?」
「いや、ベストな流れかなって……、どうなの?」
「そりゃあ、ぼちぼち」
「ぼちぼちって」
「でもなんか、毎回違うなって、なって」

ほらやっぱり。

「じゃあ今回も違うよ。きっと、違う」
「え?」
「僕への気持ちは、まあ確かに、店の常連というよりも、お友達に近いかもしれないけど、それはレンアイじゃない。まあ、他人の僕が言ったところで、君の気持ちなんて分かるわけないんだけどね。年上の大人として、一応」
「そう……なんすか?」
「うん、きっと違うよ。それに、ちゃんとしたレンアイなら、こんな場末の居酒屋で、焼き鳥齧りながら告白なんて……」
「ありえないっすね」

ふっ、とふたりで吹出して、顔を合わせてケラケラ笑う。

「君とは良い友達になれそうだよ。わかんないけど」

ぐっとジョッキを持ち上げて一気飲みする。「好き」と言われて、ふと自分の中で生まれた謎のもやもやした気持ちをこそぎ落とすには、弱すぎる炭酸が気持ち悪い。

「あ、ビール」
「ん?」
「もう一杯、どうっすか?」
「ん、お金取る?」
「当たり前に割り勘……いや、奢ってくださいよそこは」
「はいはい。仕方ないねえ……」
「すみませーん、生2つ!追加で!」
「って、君も頼むの?」
「ダメっすか?」
「悪くない」

平凡な毎日に彩りを添えてくれる、奇妙なこの関係を、もう少し続けたいなと思ったのは、ここだけの秘密である。

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