映像化するでもないような作家の妄想劇『横浜駅にて』

ハンカチ

牧瀬という大学の後輩の女の子が、プレゼントにハンカチをくれた。プレゼントと言っても僕と彼女に恋愛的な特別な感情はなく、サークルのシステム上僕が彼女の面倒を見ていたことに対するお礼だった。

「原田さん、ハンカチなんて持ってないですよね」

失礼な、と言いつつ、確かにと心の中で思っていた。基本手はジーンズで拭いていたし、隣に彼女がいればハンカチを借りていたような気がする。

あれから11年が経ったつい最近まで、僕は牧瀬からもらったハンカチを大事に使っていた。月日も経ち、ハンカチの重要性を理解した僕のクローゼットには枚数も増えた。ただ、僕にとって初めてのハンカチであり、僕では決して選ばないヴィヴィアンの緑のハンカチは、いつまでも特別だった。大事な日は、少しお守りのような気持ちでそのハンカチを選んでいた。

使っていた、と書いたように、先日そのハンカチを無くした。妻のおしりが汚れないように、公園のベンチに敷いていたのをそのまま無くしてしまったのだ。
不思議と、懸命に探す気にはならなかった。11年の代物だし、もう役目を終えてくれたのかもなと思った。妻は探しに行こうと言ってくれたけれど、僕はあのハンカチにもう一度会いたいとは思わなかった。

後日、妻が新しいハンカチをくれた。今の僕はもうジーンズで手は拭かない。夏に汗を拭くこと、友達が何かをこぼしたときにふいてあげること、大切な人の涙をぬぐってあげることも覚えた。

ポケットに収まる小さな布が、人生のメモリアルな場面で役立つことを知った僕は、新しいハンカチで手を拭き、笑顔で待つ妻の元へ走るのである。

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