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私の肩に、傘をかけないでください。
雨が降ると思い出す『苦い悔い』がある。
いつか消化したいと、ずっと思っていたあの出来事・・・。
だから私はこの話をnoteに書き記そうと思う。
見知らぬ老婆に傘をかけられた、あの雨の日の記憶を。
10年ほど前の話だ。
私は地下鉄に乗って家に帰るところだった
その日は小雨が一日中降ってたから、車内には湿った空気がこもっていた。
帰宅ラッシュの混雑に、人々のいらだちが感じられる。
私はドアのすぐ前に立ち、トンネルの暗闇を静かに眺めていた。
その時。
窓に映る私の後ろから、白い物体がひょっこり現れた。
しかもその物体は、こちらに少しずつ近づいてくる。
私は、あわてて首をひねり後方を見た。
しかし白い物体など、どこにもない。
気のせい・・・か?
ところが私が前を向いた数秒後、またもや白い物体が肩越しに現れたのだ!
![](https://assets.st-note.com/img/1681905494461-3jNML10DTq.png?width=800)
背筋がスウッと寒くなる。
もし霊現象ならお祓いに行かねばならない。
私は勇気を振りしぼって、窓に映る白い物体をじっと見つめた。
すると物体はどんどん私の右肩に近づき、なんと乗っかったではないか!
十円玉ぐらいの面積に集まった、中途半端な重みが肩を押す。
と同時に、右腰のあたりにひんやりと湿ったものがあたった。
その瞬間、私は自分の身に起きたことを理解した。
傘だ!
![](https://assets.st-note.com/img/1681905578696-yqRmo1bEy1.jpg?width=800)
白い物体は傘の柄だったのだ!!
私は反射的にぐるりと振り向いた。
すると真後ろに立っていた老婆が、スッと手を下げた。
その瞬間、右肩から重みが消える。
この老婆が、犯人か!!
老婆は身長150cmの私よりさらに小柄だった。
だが手に持っているのは小さなバックとビニール傘のみ。
重さが理由ではないはずだ。
視線を斜め下に向けているのは、気まずいからか?
だが狭い車内でいつまでも体をひねっている訳にいかない。
私は老婆をぎりっと睨みつけ、体勢を戻した。
すっきりはしないが、老婆に怒りは伝わったはずと信じて。
しかし、私の期待はわりとすぐ裏切られた。
数分の間を置いて、再び私の右肩後ろに白い物体が現れたからだ!
私は首をひねり、もう一度老婆をにらんだ。
すると老婆は傘を引っ込める。
でも前を向くと、再び傘をかけてくる。
私と老婆が「にらむ⇄引っ込め」をローテーションしているうちに、電車は3駅を通過した。
「どうしてお前は文句を言わないのか」と思われるかもしれない。
言わなかった理由は2つある。
一つは恥ずかしかったから。
文句を言うためには、地下鉄の騒音に負けないよう、声を張らなくてはいけない。
その時に集まる人々の好奇の目が気になった。
もう一つは、理解を得る自信がなかったから。
これが痴漢なら「触らないで!」と言えばいい。
何が起きたかもそれで伝わる。
でも「肩に傘をかけないでください!」という声を聞いて、人々はどう思うだろうか。
しかも証拠は一つもない。
もしこの老婆にしらを切られたら、私こそがアレな人に。
そんなわけで私は耐えていたのだが、事態は悪化の一途をたどった。
繰り返し傘が触れて、右腰の湿りは地味に加速していく。
何度も体をひねるから、右後方の女性が私をニラんできた。
あなたじゃないわ、あなた関係ない。でもそう告げられるわけもなく。
傘、湿り、混雑、右後方女性・・・不快要素の積み重なりはエンドレス。
断固たる態度を取るべき時が、来たのかもしれない。
私の武器「よく通る大きな声」を発する時が、今かも知れない!
私は決意を固め、4駅目に停車した瞬間、ぐるっと体を反転させた。
しかし!!!
老婆はすでに、開いた反対側のドアから降りていくところだった。
ちょ、早すぎない!?
私はただ彼女が去っていくのを、乗客の隙間から見つめるしかなかった。
すると右後方の女性が咳払いをした。
体を180度回転させたせいで、私のカバンが当たったのだ。
彼女は厳しい目で私をじっとり見つめている。
私は女性に謝ると、うつむいた。
じっとりと湿った体のまま、ただひたすらに、早く着いてくれと願いながら・・・
ところで、私が何を悔やんでいるのか。
それは
疑問が何一つ解決されなかった
ことだ。
私は老婆に、ただこう聞きたかったのだ。
なぜ傘をかけるんですか?
重んですか?
眠いんですか?
悪意ですか?
善意ですか?
常習ですか?
初犯ですか?
というか・・・
あなたにとって私は、傘立てなんですか?
だが機会は失われた。私は一生この謎を抱えて生きるしかない。
けれど今日ここに書いたことで、読んでくださった方々とは謎を共有できる。それがせめてもの救いだ。
だとすれば、この出来事も悪くなかったかもしれない。
と、思わないでもない・・・・
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