風ふき抜ける、早春の宇治へ(後編)
前回の続きです。
興聖寺を出たあと、私たちは予定していたお店でお昼ごはんを食べました。
皆さまのステキ旅行記のように、ランチの写真をnoteにアップするつもりで意気揚々とお店へ。
しかし・・・
肝心のランチがおいしくなかったーーーー!!!正確には『A・JI・GA・NA・I』
スムーズな旅の流れが一転した瞬間です。
でも立ち止まってはいられない。
気を取り直して私は、次なる目的地「萬福寺」へ向かうことにしました。
萬福寺は、実にチャイニーズの香りが強い禅寺です。
初めて宇治に訪れたとき、私と友人は萬福寺の異国情緒に、すっかり夢中になりました。
そして中国風の精進料理「普茶料理」に舌鼓を打ったのもまた、楽しい思い出。
だから私は数十年の時を経て、この「萬福寺」にもう一度来たかったのです。
JR奈良線の宇治駅から電車でひとつ「黄檗駅」から徒歩5分。
歩いていると、かつての楽しい記憶がよみがえります。
しかし・・・
確かに異国情緒はある。が、求めているのはこれじゃない。
調べたところ、萬福寺では1月末までランタンフェスティバルを開催していました。想像するに、この名残りというか残骸ではないか、と・・・
もしそうなら、これらは1月末からずっと放置してあるのでしょうか?
全体的に荒れた印象を受け、一気にテンションが急降下。
迷いましたが、心に従い拝観は取りやめることにしました
どうもランチから、宇治を吹き抜けていた風が途絶えてしまったみたいです・・・。
しかしせっかく来たのですから、気持ち新たに!
私は京都市へ戻り、東福寺へ足を向けました。
東福寺は、宗派の雲水たちが修行する専門道場です。
東福寺に行くのはこれが初めて。絵画や仏像も目白押しということで、楽しみにしていました。
しかし・・・
みんな東京に行っちまって、空っぽじゃあないの!
思わず膝をつきそうになりました。
でも東福寺一番の見どころは、大伽藍そのものです。
宇治の風を思い出し、今を受け入れ楽しむことにしました。
橋の中は薄暗くひんやりしていました。
その時、一陣の風が私を吹き抜けていきました。大きく広がる風です。
方丈とは禅寺における住職の居間を意味すると同時に、住職自身をも指すそうです。
この庭園に来たとき、また観光客は他にいませんでした。
誰もいないのを良いことに、私はちょっとだけ寝転んでみました。
足元に宇宙を、見上げた先に大地があるような不思議な感覚にとらわれます。
お行儀がよろしくないですが、なかなか出来ることではないので。
このお寺は、興聖寺とはまた違った魅力にあふれていました。
敷地が広いこともあるでしょうが、実に伸びやかなのです。
しかし、静かで凛とした空気が張ってもいる。
この気を感じられただけでも、訪れた甲斐があったと思います。
東福寺から割と歩き、三十三間堂に行きました。
京都にて初めて行ったお寺が三十三間堂。
それ以来、必ず締めはここと決めています。
この日も三十三間堂はすごく混雑しており、老若男女LGBTQ&多国籍の方々が、私の前を通り過ぎて行きました。
それをただ見つめる、千体の観音様。
700年の間、大量の仏様と大量の衆生が混在するこの空間。
静かに見えて、すごいエネルギーが渦を巻いている気がします。
欲望と無欲。救いを求める心と救わんとする心。相反するエネルギーが。
私はここに来るたびに、その渦を感じ取りながら歩いているのです。
当初の予定では、このあと京都で夕食も摂るつもりでいました
しかし・・・
帰りました。
今回の旅では、本当に心地よい風が何度も私の中を吹き抜けてくれました。
しかしその風は鼻の中に置き土産をくれたのです。
そう、大量のスギ花粉を。
東福寺のあたりから涙と鼻水がとめどなくノンストップ。ちょっと、ほんと耐えられない。
薬なんて効きゃしない。
とてもじゃ無いけど食事をする余裕は残っていませんでした。
風吹き抜けるがテーマだった旅ですが、最後に花粉症の悪化という良いオチを残してくれました。
次回は花粉の季節を避けて、来訪したいと思います。
長い記事を読んでいただき、ありがとうございました!
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