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ぷるぷるパンク - 第6話❷

●2036 /06 /08 /19:48 /腰越漁港
 
「あんたまでそうなの?!」
 そう叫んで立ち上がると同時に、サウスの拳に白い閃光が走る。
 あっと言う間に彼女の体と同じくらいの大きさまで膨らんだ白い光を、セーラー服の少女に向けて叩きつける。
 両手を交差させてそれを受け止める少女。しかし光はゼリーのように膨らみながらぶよぶよと少女を押し込む。ローファーが地面を擦ってじりじりと後退する。さっきまでの後退とは意味が違う、隙を伺うための後退ではなかった。ものすごい力で押し込まれるネガティブな後退である。
 荒鹿は二人に駆け寄り、どうにか何かをしようとするも、オロオロするばかりで何もできなかった。ここには、彼にできることがないのだ。
 彼は、辺りを見回して岩陰をみつけると、雨ざらしで気を失っているノースを後ろから抱き上げて彼女を運んだ。岩陰にノースをそっと横たえると、目を閉じたままの彼女の頬に貼り付いた緑色の髪にそっと触れてみた。プレート状のアーマーに覆われて自分のものではないような白くぼうっと光る指を伝って、彼女の頬に一筋の水滴がつうっと流れた。
 アーマーに叩きつけて跳ね返る雨の粒が、一層強くなっていた。荒鹿は戦いの中ではどうすることもできずに、どうにかノースに雨が当たらないように、自分の立ち位置を探して突っ立っていた。
 
「わかんないよ!」サウスが叫ぶと、少女が両手でなんとか抑えていたゼリーのような光の塊が、破裂しいくつもの塊に分裂して少女に襲いかかった。
 少女はついに押し切られ吹っ飛ばされた。少女は水飛沫を飛ばしながら勢いよく地面に叩きつけられた後、その反動で跳ね上がり上方の崖に全身でめり込んだ。
「わかんないよ・・・」目を閉じたまま崖にめり込んで動かなくなった少女を見ても、サウスは勝利を感じることはなかった。どうしても気持ちが落ち着かず、サウスの心の中は不穏にぞわぞわとしていた。
 
 サウスは、少女が崖にめり込んで身動きが取れない隙に、岩陰で意識を失っているノースに駆け寄った。フェイスマスクをあげて突っ立っている荒鹿を睨みつける。しかし、その一瞬に、セーラー服の少女が復活した。
 
 少女はサウスがやったように両手に光を溜め始めた。それをみたサウスは再びフェイスマスクを装着すると、咄嗟に地面を蹴って防波堤のある漁港の南端に向けて跳び上がった。
 少女の両手の光が彼女の身長くらいまでに膨らんだ瞬間に、少女はそれを勢いよく炸裂させ、分裂したいくつもの光の塊をサウスに向けて投げつけた。
 サウスがどうにか顔の前でクロスさせた腕でその光の塊を受け流そうとするが、小さな光の塊がサウスの胴にダメージを与えた後に四方八方に飛び散り、降り続ける雨粒や水たまりに当たって、それを蒸発させる。そして飛び散った方向によっては、勢いを保ったままどうしてもノースの横たわる岩陰に向かってしまう。
 とめどなく繰り返される少女の炸裂攻撃を、気を失っているノースに当たらないように、サウスはその方向を調整しながら受けなければならない。
 
 サウスの胴にダメージが蓄積され始め、攻撃に対する反応スピードが落ち始めていた。しかしセーラー服の少女のその攻撃は囮だった。少女は、宙に跳んだ。
 そして、至近距離に飛び込んできた少女の拳の一撃を、再びクロスした腕でうけるサウス。がちんと金属がぶつかり合うような音がして、少女の拳とサウスの腕が触れ合っている部分からびりびりと金色の電流のような光が弾け飛ぶ。
 刹那、金色の繭のようなバリアが足元に現れふわりとサウスを覆った。
 バリアの出現が首に直撃した少女は、咄嗟に一回転で後ろに飛び退くと、首に手をやって大きく咳き込んだ。それから金色のバリアを見つめ、すこし困ったような大人びた表情を見せた。
 
「うおおおうりゃああああ!」反撃のサウス。胸を体の前に大きく突き出し、腕を真っ直ぐ下に伸ばし強く拳を握る。
「ぐらああああああああああああああああ!」
 彼女の両拳に金色の光が出現した。
 腰越漁港の一帯に、低く獰猛なサウスの咆哮が響き渡る。それは、まるで、獣。豪雨に叫ぶ肉食の獣。その咆哮の衝撃を受けた漁船の列がぐらぐらと大きく揺れてぶつかり合い、船体に穴が空いた何隻かは大きな音を立てて、荒れる海中に沈み始めた。
 フェイスマスクが開きサウスの表情が露わになると、怒りに震えた彼女のピンクの瞳孔が金色に発光した。
「ぐろああああああああああああああああ!」
 
 我を失った獣は、黄金に光り輝く閃光の打撃を少女めがけて連打する。全く受け止めきれないでいる少女、彼女の頬や生身の体には、みるみるうちに赤黒い痣が現れ始め、ローファーが地面を踏みしめたまま後ろにずるずる擦り流される。地面にできた深い溝にはすぐに雨水が流れ込んだ。
「くっ」どうにかタイミングを見つけて、後方に宙返りで跳んで連打から抜け出した少女は、腕で唇を拭い、唾を吐くように、口から血の塊を吐き捨てた。少女の表情から冷静さが消え、サウスをまっすぐと睨みつける。
 肩で息をしている少女を尻目に、サウスは静かに、そしてふわりと宙に浮かび上がった。サウスの表情は平安の中に落ち着き払っていた。その間も彼女の瞳孔はずっと金色に発光し続けている。
 
「ゼンのコトワリ・ジョウコウ!」
 
 金色の光が周囲からサウスに向かって螺旋状に集まり、一点に吸い込まれる。
 胸の前で左右から交互に、そして地面と平行に向かい合わせたサウスの手のひらの間の空間だ。
 吸い込まれた光は、ある時点でその小ささに耐えきれなくなって炸裂し、急激に膨張した。それは一瞬だけ、まるで昼間のように眩く辺りを照らし付けると、サウスを包み込む程度の揺らぎに戻り、球体を維持しながらゆっくりと大きく旋回を始めた。
 
 その様子を見て、再び表情を曇らせる少女。
 
(これは、やばそうなのが来る。)荒鹿は動くこと忘れ、黄金に光る螺旋と球体のその神秘的な光景に見入っていた。
 
 しかし、少女は再び状況を一瞬で見切ったようだ。彼女もまたその場にふわりと浮き上がり、サウスと同じように胸の前で手のひらを向かい合わせた。
 手のひらの間の一点に向け金色の光が螺旋を描いて集まり、やがて炸裂。瞬間、爆発のように腰越を照らしつけると、少女を包み込む揺らぎとなって旋回を始めた。
 
「禅の理(ことわり)・成劫(じょうこう)。」
 
 世界はホワイトアウトし、それを構成していた一切の影と音が消え失せた。
 
 小動神社の崖の中腹辺りで二つの金色の光の球体がぶつかり合った。まるでスローモーションの映像のようにゆっくりとくっきりと。
 刹那、これまでとは規模の違う巨大な閃光が炸裂し、全てを覆い尽くした。江ノ島からはもちろん、多分、大船からだって見えているに違いない。雲が吹き飛ばされ雨が止んだ。四方に広がる金色の光の束は、地球環にも届きそうだった。
 
 その一瞬の後、衝撃波が発生する。雷鳴のような空気をつんざく轟音が響き渡り、崖が雪崩のように一斉にぼろぼろと崩れ落ちた。そこら中で舗装されたコンクリートがばりばりと剥がれ、その瓦礫が重力に逆らうように、ゆっくりと一度宙に浮いて止まってから地面のあった場所へぼろぼろと落ちる。
 荒鹿は衝撃でよろけながらも、金色の閃光とその衝撃波から守るためにノースの前から動かなかった。というよりは動けなかった、と言った方が正しいだろうか。
 腰越漁港の上空に眩く光のその中には、火花を散らし、正面からぶつかり合うサウスとセーラー服の少女が見える。しばらくの間、一進一退の攻防が続いた。そして今は少女がサウスをじりじりと押し始めた。
 
「那由多(なゆた)」
 
 そう呟いた少女から、次なる衝撃波が発生した。
 それを正面からまともに受けたサウスは吹き飛ばされ、そのまま瓦礫と化した地面へ落下。彼女の全身が瓦礫の塊に強く打ち付けられると、大きな水飛沫と共にコンクリートの破片がそこら中に吹き飛び、その勢いのまま、岩陰で荒鹿の足元にうずくまっていたノースの元へと転がり込んだ。しゅうと圧が抜けるような音がして水蒸気と共にアートマンのアーマーが消え去ると、あっけなく裸になってしまった。身体から、そしてその瞳から金色の光が消えても、ピンクの強い眼差しは、まだセーラー服の少女を追っていた。
 
「ゼンのコトワリ?」サウスと上空に留まったままの少女、それぞれがそっと呟く。突如、雷鳴が鳴り響き、強い雨が再び降り始めた。
 
 アートマンを纏った荒鹿は、静かに地面にうずくまる双子を見下ろしていた。
 荒鹿WIN。(というかセーラー服の少女WIN。)
 
 サウスの気配に目を覚ましたノースは、重い体を無理矢理起こし、雨でグチャグチャの瓦礫の中を、引きずるように歩き回った。
 自分たちのヘルメットバッグを、そして乾いたTシャツを見つけ出したノースは、地面に横たわる裸のサウスの傍にかがみ込んで泥々の地面に横座りになると、サウスの頭を膝の上に抱き上げ、彼女の顔に飛び散った泥をか細い指先でそっと拭った。
 続いて彼女の裸の上半身を抱き上げると、片手で彼女の両腕を上げ片手で腰を抱き寄せ、背中や脇腹の泥をぬぐい、器用にTシャツを着せた。
 ぐったりとノースにされるがままのサウスは、しかし、まだ意識を失っていなかった。
 
 傍に突っ立ている荒鹿には目もくれず、痛いくらいに鋭いピンクの瞳だけがセーラー服の少女を探して俊敏に動き回るが、少女はどこにもいなかった。

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