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ぷるぷるパンク - 第11話❷

●2036 /06 /19 /11:53 /福井北ターミナル・渡小舟

 新横浜から新幹線に乗り、米原(まいばら)経由で福井駅まではどうにかたどり着いた。
 2024年に地殻変動が起こらなかったら、本当は福井にも金沢回りの新幹線が東京から直で通っていたらしい。
 福井市は地殻変動の大震災の後、政府が研究施設やテクノロジーのスタートアップ企業を盛んに誘致して、福井大学を中心に学園都市として成長させた新しい復興モデルの都市だから、駅から見えた限りでは、おしゃれなカフェなんかもいっぱいありそうな雰囲気だった。

 ただ、私は駅構内のターミナルからバスに乗ったから、学園都市の観光はできなかった。そして駅から目的地までのバスは値段がめちゃくちゃ高い。新幹線代と同じくらいする上に、よくわからないけど、軍用車? みたいな感じで、実際にマシンガンみたいなものを持っている人たちがうろうろと警護しているから私はかなりドキドキした。
 私はバスの後ろの方の席の窓側に座り、大きめのバックパックを隣の席に置いた。バスは時間通りに出発すると、工事車両のような聞き慣れない低いエンジン音で、復興が進んだ市内を走り始めた。
 でも、豊かな植栽と低層の建物がきれいに整備された街の中心部を抜けると、景色がすぐに変わった。まるで先週地震がありましたみたいな感じで、十数年前の震災の傷跡がそのまま残っていた。

 ドライバーとマシンガンのような銃を持った警護の人たちを除くと、バスには私を含めて5人くらいの人がいて、みんな年配の方だった。なんで私がこんなところにいるのかと言えば、それは私が昨日、鳴鹿ちゃんに電話をしたからだ。

 荒鹿君にあった日はとにかく何もできなかった。次の日はずっと冷たい雨が降っていた。目がすごい腫れていたし、私は学校を休んだ。夜遅くに雨が上がると、月と地球(ちきゅう)の環(わ)が明るすぎて、私は眠ることができなかった。
 一方的かもしれないけど約束もしたし、結局、私は荒鹿君に電話をかけた。予想通り彼は電話を取らなかった。
 私の中には、荒鹿君がサマージだっていう確信があったから、私の心配は極限まで募ってしまった。何度電話をかけても荒鹿くんは反応しない。昨日の夜ついに、私は鳴鹿ちゃんに電話をかけた。

 ヴィジョンゴーグルの電話口で泣いてしまった私に、鳴鹿ちゃんはいろいろなことを話してくれた。画像や動画やちょっとした弟ディスを交えながら、可愛い双子の人たちのことや、荒鹿くんが関わっている「冒険」のことを話してくれた。
 彼女も深くは知らないそうだけど、荒鹿君は本当にサマージではなかった。ただ元サマージの人たちと、サマージを相手に冒険しているみたい。そして彼らは何故だか大野さんと、もう一人の大人の女の人(とっても綺麗な方!)を探すために奥越に向かったのだ。
 確かに彼はサマージではなかったのだけど、私が言いたいのはそういうことではないんだよ荒鹿くん。あなたにはいつも無事で平和で安全でいて欲しかったんだよ、荒鹿くん。

 鳴鹿ちゃんの話を聞いた後、私は今朝1番の新幹線に乗って、結局福井までやってきてしまったというわけ。何故か元サマージのお綺麗なお二人とご一緒して、何故かお綺麗な女の人たちを探しながら、ぼうっとしてるはずの荒鹿君を探すために。

 本当は今夜、鳴鹿ちゃんとご飯を食べに行く約束をしていた。
 私はそれがとても嬉しくて楽しみにしていたんだけど、やっぱり、居てもたってもいられなかった。ごめんなさい。鳴鹿ちゃん。
 そしてこの辺りは衛星の電波すら遮断されているみたいで、鳴鹿ちゃんにそれを伝えることもできない。

 ターミナルにバスが止まると警護の人が先に降りた。その人の制服には福井県警という文字が入っていた。警察もこんな軍隊みたいな武器を持ってるんだ、なんて思いながら、私は他のお客さんについて最後に降りると、その後からもう一人、同じマシンガンを持った警察の人がついてきた。福井の空は広くて、地平線に横たわる近くて低い山々から聞こえるにぎやかな蝉の鳴き声は、夏の匂いを運んできた。その匂いが胸に詰まって、私はまた泣いてしまいそうになる。

 なんだかこの季節が嫌いになってしまいそう。振り向くとはっきりと見えている地球の環をゆっくりと飛行機雲が通り過ぎる。福井の雲はあまり見慣れないバランスで透明な空に散らばっていた。

 ここからゲートまでは徒歩。雑草が生え散らかった農道も、そこに沿って打ち捨てられたようなトラックの列も、どっちも穴だらけ、そこら中が穴だらけで、真っ直ぐになんか歩けない。震災というよりは戦禍の跡みたいだった。
 透き通った夏の青空と被災地との対比に全然現実感がなくて、なんていうか悲惨な感じは全くしなかった。そして、その事実が改めて重く胸にのしかかる。
 直射日光が、肌をジリジリと焼きつけていた。

 私たち(年配の方々と私)は近くに固まって、その前後を警察の人に挟まれて、地面に開いた大小の穴につまづかないようにゆっくりと歩いた。倒れた鉄塔の下を抜け幹線道路に入ると、農道沿いにずっと続いていた穴と錆だらけの不気味なトラックの列が終わっていたから少しだけ気が楽になった。警察の人はここまでだった。彼らは敬礼をすると、再び鉄塔を潜り抜けて戻って行った。

 幹線道路をしばらく歩くとフェンスと有刺鉄線で道が塞がれていた。ここから先が奥越の管理地域だ。その突き当たりを左に曲がるとゲートまで続く道があった。見捨てられた廃墟にある無法地帯のマーケットだ。
 ここはナイトマーケットとして有名らしいんだけど、昼間だからか、すこし閑散としていた。それでも、ちょうど昼時の真上からの太陽で、とても明るかったから、廃墟の悲しさや無法地帯の恐怖感は感じなかった。
 連なった露店の列の上には、向かい合った廃墟の屋根や電線の切れた電柱なんかが何百もの紐で繋がれていて、その紐にびっしりと吊るされたカラフル短冊が、弱い風にもひらひらと揺れてきらきらと日差しを反射するから、お花畑とそこを飛び交うきれいな蝶の群れみたいで綺麗。

 私はそのマーケットの入り口でちょこっと会釈をして、一言も喋らなかった年配の方々に別れを告げた。
 
●2036/ 06/ 19/ 10:22/ 管理区域内・嶺ノース

 昨晩、あたしたちは、せっかくだからと言ってナイトマーケットをちょっとだけ観光した。マーケットのに並ぶ露店には食べ物から武器までなんでもあった。もちろん武器は高すぎて買えないけど、もし誰かにあたしたちの荷物を疑われた時には、ナイトマーケットで買ったという言い訳ができる。
 その後、人混みに紛れて観音ゲートの通過に成功した。拍子が抜けてしまうほど簡単だった。「こんなに簡単に通れるなら、もう一度マーケットに行きたい」とさっちゃんはごねたけど、あまり危険を犯したくなかったから、あたしたちはすぐにゲートを後にし、川沿いを1時間ほど内陸に歩いた場所にテントを広げて野営をした。

 夜はかなり冷えたから、あたしたちは茂みの陰で焚き火をして、体を温めた。本当は、誰からも見つからないように焚き火は良くないってわかっていたけど、夜はあまりにも寒かった。昼間の移動でよく眠れたこともあって、この奥越の管理区域内で、あたしたちはなかなか寝付く事ができないでいた。
 時折はぜてぱちぱち鳴る濃い橙色の炎が揺れて、二人の顔に落ちる影がその表情を夜に溶かし出す。あたしは二人にこんな話をした。
 エッセルの情報を見たかぎりでは、この奥越地域を共同管理している日本政府とRTAはうまく行ってないのではないか。だから、日本政府はわざと周辺に混乱を引き起こして、RTAを困らせているんじゃないか。そうじゃないと、あんなに簡単に誰でも通過できるのはおかしい。そして、空港襲撃事件の混乱も、似たような構図でおこっているんじゃないか、ってこと。
 二人はその考えに同意をしたが、二人から新しい意見が出ることは特になかった。
 二人の反応に対して、あたしは自分が苛ついている事がわかった。万全を期すつもりなら、本当は焚き火だってしたくなかった。

 でも、人工的な灯りが全くないこの管理区域内の夜空に、地球(そら)の環(わ)と本物の天の川が交差する珍しい現象を見る事ができたから、どうにか平静を保っている事ができた。
 その現象を見つけたさっちゃんは大はしゃぎでずっと星座のことやなんかについて喋っていた。スール事件で脳が覚醒してしまって、眠れないのかもしれない。明け方にやっと眠くなり始めたさっちゃんとあたしがテントに戻っても、クズリュウはずっと外で火をいじっていた。
 「意外と早くキャンプができて嬉しかった」と言ったさっちゃんは、あたしに背中を向けるとすぐに眠りに落ちた。空港襲撃の日に、燃える上がる空港を見ながらさっちゃんとキャンプに行こうと話した事を思い出すと、涙が溢(こぼ)れた。
 あの襲撃では、罪のない人々が大勢死んだ。みんな血や肉の塊になって、そこら中に飛び散った。あの襲撃に向けて、サマージも、いろんな事も全てが変わってしまった。
 ここのところ色々ありすぎて、あたしは疲れていたのかもしれない。さっちゃん、ごめんね。

 7時前に目を覚ますと、クズリュウのコットは空で、そこには彼が寝た形跡もなかった。まだ寝ているさっちゃんを残してテントをでると、クズリュウは燻り続ける焚き火の傍で小動物のように丸くなって寝ていた。
 あちこちで鳥が鳴いているのが聞こえる。鳴き方が下手な鶯が一生懸命に言葉を練習している。もしかしたら下手なわけではなくて、この地方の方言なの? 鳥にも方言ってあるの?
 太陽は既に見上げる高さまで登っていて、もう寒くはなかった。日差しが強くなってきたから、あたしはクズリュウに薄いブランケットをかけた。ズレてしまっている眼鏡を外して、そばにあったキャンプテーブルの上に置いた。
 男の子なのに、スベスベで女の子みたいな肌をしている。あたしは試しにクズリュウの頬を指先ですっとなぞって確かめると、さっちゃんを起こしてテントを畳む準備を始めた。

 出発の準備が整うと、あたしたちは川沿いの岩場や茂みを歩き始めた。
 今日の夕方にはAG-0がある山の麓の辺りに到着するはずだ。その辺りに今夜の野営地点を決める。そこが、しばらくの間あたしたちが潜伏するキャンプになる。そして、明日からは平泉寺さんの通り道になりそうなルート上やCCTV周辺に何ヶ所かポイントを決めて、手分けをしながら彼女を探す計画になっている。

 楽しいことばかりではないけれど、星空や大自然が気持ちを穏やかにしてくれている。そんな感じがする。
 そして、さらに恐竜川に流れる水はなんとエメラルドグリーン!
 空を映しているみたいでとても綺麗。あたしたちが進む川沿いは、その稜線に一本いっぽんの木々の形が分かるくらい近くにある丘陵に挟まれている。連なっているそのなだらかな嶺が昼寝をする恐竜の背骨みたいに見えた。恐竜の群がお昼寝をしているみたいでかわいい。

 さっちゃんは今朝も元気に先頭を歩いている。クズリュウは遅れて後ろを歩いている。もう少ししたら休憩をしようと思う。頑張りましょう。

●2036 /06 /19 /12:23 /福井北ターミナル・渡小舟

 いくら傷心旅行だって言ったって、お腹は空く。
 あ。自分で、旅行って言っちゃった。

 正直にいうと、実際のところ何も知らないけれど、荒鹿君や大野さんが巻き込まれている「冒険」みたいなことに全く興味がないわけではない。もちろん、私がここにいるのは荒鹿君が心配だから。

 でも、荒鹿君や大野さんが羨ましいって気持ちも自分の中に少しあるって、気が付いたりもした。
 学校よりも、家族よりも、友達よりも、そして幼馴染みよりも大切なことがあって、それに向けてしか動けない不器用な人たち。

 遠くから白米が炊きあがるいい匂いがした。
 この二日間くらい、胸の病い(重症)でほとんど何も食べていなかったのが、今、急に空腹感に変わった。お腹が空くことが、嬉しい。生きてるって感じがする。

 荒鹿君、ちゃんとグラノーラ食べたかな。荒鹿君なんかにあげなければよかった。食べ物の恨みは怖いんだからね。なんて思いながら歩いていると、木の板に「おにぎり」という筆文字で書かれた看板がぶら下がっている露店があって、小学生くらいの少年が裏側から一生懸命大きな鍋のようなものを運んでいた。彼は露店のカウンターの内側の台によいしょ、と言って鍋を乗せると、顔の上にかかったふわふわの長い髪をかき上げた。

 少年は私の気配を感じたのか、少し疲れたような大きな目でこっちを向いたから、ふいに目が合ってしまった。私は、ニコリと会釈をしてすぐに目を逸らす。屋台裏の廃墟の前に、崩れたブロック塀を組みあげたような石窯があって、白い煙が上がっているから、そこでお米を炊いていたのだろう。
 値札もメニューもないけれど、カウンターにはちょっと形が崩れてそれでもなお美味しそうな白いおにぎりが4つほど並んでいた。
「ねえ、お店の人はいる?」
「うらやで。」うら? 地元のイントネーションだろうか、少年はぶっきらぼうに答えた。
 裏にいるの? そうか、自分だよってことに違いない。
 小学生が働かなければいけない世界線。日本といってもみんな同じ暮らしをしているわけではないんだ。同じ地球(ちきゅう)の環(わ)の元で暮らす私たちだけど、誰一人同じなんてことはないんだ。

「ごめんね。おにぎりを下さい。」少し丁寧に言い直した。
「えぇけどぉ、なんおにぎりしよ?」
 難題きたー。なんおにぎりって・・・。メニューもないのにわからないよ。どうすれば、なんて考えていると少年がカウンターから身を乗り出して、その大きな目で私の目を覗いた。私は後ずさって心の中で身構える。あ、それって身構えじゃなくて 心構えか。

「お姉ちゃん、ここでなぁしとん?」
「なぁって? なんで?」なんで、そんなことを聞くんだろう。
「お姉ちゃんみたいな、あやな子ども一人は、ここいら、あんまえんでぇ。」
 私みたいな、子ども一人はいないって? 私だって怒ります。
「子どもじゃないでしょ。子どもに言われたくない。」
 少年は、腕を組んで背筋を伸ばしてふふッと優しく笑った。もう、なんなの? 大人ぶってきやがった。

「人を探しているの。」子どもだったら、人を探して一人旅なんてしないでしょ。すると少年はちょっと真面目な顔になってから言った。
「昨日、知らん人ら、おったんやて。あっこらへん。」彼はマーケットの先を指差した。
「え? 見たの? その三人」少年は眉毛を下げて、困り顔になった。
「うらぁ見てえんけど、聞いたで。なんでお姉ちゃん、その人ら三人て分かるん?」
「画像があるの。見たいー?」少年は大きな目をきらきらと輝かせた。
「じゃあ、おすすめのおにぎりを教えて?」少年がちゃんと笑った。ちょっとだけ少年に近づけた。

「おすすめ? ほや、そばやの。おろしそば。」少年は誇らしげに言った。
「ここいら、水がええでな。」
 なんやねん! もう、なんなの、この少年は・・・。
「私、おにぎりが食べたいの。」
「えぇけどぉ、なんおにぎりしよ?」
 なんやねん! 少年! なんなのこのループは? なんか別の世界線?
 そういうところだよ、男どもよ!

「ちょ、待ってな」と言って少年は白いおにぎりを一つ笹の葉に包んで渡してくれた。
「あ、ありがと」私は感謝よりも疑問のこもった目を少年に送った。
「どうぞ。うらら露店、梅のおにぎりだけやでの。美浜の梅。」
「あら、ありがと」少年は屋台のカウンターからから出てきて、私の隣に並んだ。横に並ぶと身長が10センチくらいしか違わないことに気がついてショックを受けた。

「画像。」純粋な期待だけが込められた目で、少年は私を見上げた。私はドキッとしてしまった。小学生の時の荒鹿君みたい。
 私は「ちょっと待ってね」と言っておにぎりを包む笹を開く。私を子ども扱いした仕返しにちょっと焦らす作戦だ。おにぎりを食べ終わるまで、待たせちゃうよね。
「お姉ちゃん?」ほら、ちょっと不機嫌になった。
 ぱくっ。突然少年が私の手の上のおにぎりに、首を伸ばしてかぶりついた。ぐぐっ、こいつ。やり手か。
「あー! 私のおにぎり!」
「画像。」少年は、残りのおにぎりを私の手から奪い去ると、口をもぐもぐさせて、一個丸ごと食べてしまった。
「約束、だから。」と言いながら、ふっと力が抜けて、私は屋台に寄りかかるようにして崩れてしまった。目眩。
「あ、ごめんて。」と言って少年は私を支えて、近くにあったパイプ椅子に座らせた。

 少年が困った顔で私を覗き込んでいる。心配させてはいけないって思うんだけど、体に力が入らない。私はなんとか肩掛けのサコッシュからスマートフォンを取り出して少年に画像を見せてあげたいのだけれど、やっぱり力が入らない。

「すこやか!」少年の母親だろうか、女の人が私に向かって駆けてきた。彼女は私の手首を押さえて脈拍を計り、私の首元に手の甲を入れる。冷たくて気持ちいい。
「すこやか、お水持ってきて。」その人がどこかを指さすと、少年がマーケットを駆け抜けていった。
「あなた、お名前は?」女の人は、とっても綺麗で、大人っぽくて、ああ、あの画像とおんなじだ、と思った瞬間、私の意識は飛んでしまった。

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