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帰り道

 仕事が終わると、身体の中が嫌な言葉でぱんぱんになる。
大音量でヘッドホンから好きなバンドの曲を再生したら、ビルの階段を駆け下りる勢いで身体を地面に打ち付けて、耳に入った水を抜くみたいに、嫌な気持ちを落としていく。
日が長くなったから、職場のビルの裏の墓地を経由した日差しがこちらを照らして、嫌な気持ちを成仏させてくれるみたいな気持ちになる。私にとっては、自分の厭な気持ちの墓場だ。

 ビルから出ると、一歩進むたびにムカつく同僚の言葉を一文字ずつ捨てていく。この時だけ、嫌なセリフと向き合っても良いことにして、矛盾点を指摘しては、あんな人間が子の親であることを思い出しては鳥肌が立つ。このあたりで駅にたどり着く。地下鉄の駅の改札口で、もたついている人に出会ったときの感情を試験紙にして、自分のメンタルの余裕を測っては、まだ今日は大丈夫だと安心する。自分がもたついた時にも、後ろの人には大丈夫ですよという顔でいてほしいという下心から、日々大丈夫ですよ顔をしている。
 ホームでは、スマートフォンに釘付けになって首をだらりと前傾させて、傘の持ち手みたいな姿になっている人が沢山いた。一体何に夢中になってるんだろうか。芸能人の不倫や死亡の知らせより、目の前にいるその人の首の具合のほうが余程心配だ。近くにも人が来始めたから、ヘッドホンの音量を下げたけど、地下の音しかしていない。駆け足でホームに着いた1人の男性は、待ち切れない様子で、缶チューハイの缶を空けた。プシュッと良い音がする。5文字ぐらい残っていた嫌な言葉がシュワッと消えた気がした。急いでチューハイの缶を口元に運ぶ彼は、職場から出て急いでヘッドホンで耳を塞ぐ自分のようだった。皆何かに逃避しながら生きてる。後から来た父親ほどの年齢の男性が、私の前に並んだ。
 無駄にでかい電車の到着音が鳴り、電車が来た。前に立つ男性を経由した風が顔に当たって臭いので、鼻を摘んで扉が開くのを待った。
電車に乗り込むと座席は比較的混んでいたので、座らずに立つことにして、夜は何を食べるか、ご飯を食べた後は何をしようか、そればかり考えていた。車内も、スマートフォンに夢中な人ばかりだったので、スマートフォンを見ていない人を探すことにした。目につく限り、読書をしている人が1人、目を閉じている人が2人。その他は皆スマホだ。目の前に座る女性は、韓国ドラマ。その隣の女子高生は、Youtube。その隣の男児高校生3人組はスマホゲームで対戦しているようで賑やかだ。
その隣で、先程のチューハイ兄さんは片手にチューハイ、片手にスマホ。無表情でスマホの画面を見つめながら、時折チューハイ缶を飲んでいた。どうせ、彼をこんな表情にした原因の相手は、何事もなかったかのように、生きてるんだろう。こちらがこんなにいっぱいいっぱいになって、もぐらたたきみたいに、捨てては湧いて出てくるストレスを叩き潰すために毎日、息切れして、倒れそうになってもそいつらは何も考えてない。もぐらもぐらもぐら・・・。どうか彼を傷つけた人達が、地獄に落ちますように。日々人を悲しませるような人間が地獄に落ちてくれないと、やってられない。私が死んだら、そこんとこ確認して現世の頑張り屋さんに伝えたい。あたしを傷つけたやつ、地獄に落ちてたから安心しな、皆悪いやつはそうなるからって。それがわかるだけでも、モグラ叩きは楽になるだろうから。

 最寄りの駅について駅の出口を出ると、よろよろの自転車に轢かれそうになる。まるで浮浪者のような服装で、ふりかけのゆかり色の自転車に乗る初老の男性は、私の顔を見ながら舌打ちをした。ただいま。今日もお疲れ様。

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