因幡の白兎異聞
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因幡の白兎異聞

まえのはなし

 蒲の穂、正確には蒲の花の花粉は古くは民間薬として使用されていた。その薬効で血が止まった白兎は大国主に礼を言い、一体何用でこの地を訪れたかを尋ねる。稲羽の八上比賣(やがみひめ)に求婚する為だと答え、先行する八十神の何かが姫を娶るだろうと話す大国主の前で、登り始めた月を背に白兎がこう告げる。
「八十神は八上比賣を絶対に得ることはできません」
 ここまでは古事記の記載通りだが、その先の言葉があった。

「私が八十神の肉を断ち、骨を砕き、畜生の餌にしてしまうからです」

 月の光を浴びた白兎の毛は急速に生え揃い、目は赤く怪しく輝いた。全身を濡らした白兎の血が吠えていた。誅すべし、撃つべし。父祖の名にかけて、この血の求めに従い八十神滅すべし! 剛猛なる復讐の獣、因幡の白刃兎(ヴォーパルバニー)の誕生である。

「我、ペレスヴォーの唸る獣成!」
 狐より小さく純白の毛を持つ美しい猛獣は一息に九里を駆け、野営をしようと薪を集めていた八十神に襲いかかる!
 一、二! 一、二! 貫きて尚も貫く。ヴォーパルの剣が刻み刈り獲らん!

 こうして八十神は命を刈り取られ、肉塊となり、細切れとなり、そして遂には液状の「何か」と化した。急いで追いかけた大国主の見たものは、山の獣たちが美味しそうに「何か」を舐める牧歌的な風景であったという。

 お分かりだろうか? 八十神は罪なきウサギを謀り大国主を婢女の様にこき使う悪漢ではあるが、皇統に連なる神々でもある。それがペレスヴォーの唸る獣にミンチにされたなどという話を皇統の正統性を語る書物に入れる訳には行かぬのだ。かくしてこの話は封印され、原典となる書物や物語は焼かれ、ある一族のみが口伝にて現代に伝える仕儀となった。八十神は古事記では姫を娶ることに失敗し、後に大国主の手により退けられる……そこには神々を誅するウサギの姿も、一人求婚して美姫を得る大国主の姿も無い。そこには何も無かったのである。古事記の物語に於いては!

 この話はある徳高い僧侶により9世紀初めには中国に伝わり、シルクロードを辿って遠くイギリスまで伝播した。トーマス・マロリーの編纂したアーサー王の死にも、その原典であるペレスヴォーにも「狐より小さく美しい純白の獣」の話が採録されている。

「知り得るとしたら、ですが。空海ですかな」
 今は家業をペットフードの販売にしている年老いた社長はふと、呟いた。これが私の聞いた「血油流」として伝わる物語の全容である。


【終わり】

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