春の底
4月。友人とお花見をした。
と言っても、桜がたくさん植わっているところに行ったわけではなく、互いの勤務地付近に咲いている桜の木の前で昼食を食べただけのことだ。
その友人とは中学と高校が同じで、その間部活も一緒だった。
大学進学や就職で数年離れたところにいたが、今は隣のビルに勤めている。
いなかから出てきた友人が大都市で偶然隣のビルにいるなんて、不思議な気分だ。
私は駅からオフィスに行くときも、お昼休憩も、オフィスから駅に向かうときも、屋外を歩くことがない。
だからオフィスの周りのことを全然知らなくて、お花見の日に初めて外の様子を知った。
お昼どきの道沿いではお弁当が売られていたし、近くにはキッチンカーもきていた。
そういえば今のオフィスに勤め始めたころ、上司が「周りにあまり昼食をとる場所やめぼしいコンビニがない」と言っていた。私はそれを鵜呑みにしていたが、実際は「都会のオフィス街なんだからそりゃそうか」といったにぎわいがあった。
友人に教えてもらったお花見スポットに着き、こんなところがあったのか、とベンチに腰をおろす。
この日お花見をすることは前日の夜に決まった。それもあってか、お互い浮かれたピクニックフードを準備することもなく、普段通りの食事を桜の前でとった。今更何を繕うでもない相手がいるのは幸福なのかもしれない。
桜のほうから鳥の鳴き声がした。
「鳥どこにおる?」「いや思った、あのへんとしか分からん」「そうよな」
またしばらく別の話をしたりしなかったりした。
ふたり同じタイミングで、あ、と鳥の居場所に気づいた。
その頃の私は急に来た春についていけず調子を崩していた。人生をやめないように踏ん張っていたところで、その日はお花見のためになんとか外に出たというのが現実だった。
おにぎりを食べ、何を話すでもなく、桜に来た鳥を一緒に見て、私の人生も悪くないと思った。
私はその鳥がもう一羽と飛びたつのを見ていたが、友人は見逃したらしい。
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