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人生への問いが支える、資本主義新時代のリーダーシップ

読みながら、「自分のハートが喜んでいる!」と感じる書籍に出会いました。
「ハート・オブ・ビジネス」(ユベール・ジョリー著・英治出版)。“リーダーシップ”に興味のある方には、是非お勧めしたい一冊です。

常識破りのV字回復

かつて隆盛を誇っていたアメリカの巨大企業「ベストバイ」(量販店)は、小売業のオンライン化の荒波でどん底状態となり、起死回生の切り札として、企業再建に定評のあるプロ経営者、ユベール・ジョリーをCEOとして迎え入れます。

ユベールが2012年のCEO就任直前に隠密で立ち寄ったとある店舗は、埃っぽく澱んだ空気に満ちており、店員は、通路に居るお客を見て見ぬふりしながら、退勤までの時間を持て余しているようでした。

しかし、ユベールの指揮のもと、「ベストバイ」はリストラも事業縮小もせず、6年連続の成長を記録。2019年6月には利益は3倍になり、2012年時点では1桁台にまで落ちようとしていた株価が75ドルまで上昇。メディアは「常識破りの快挙」と報じました。Amazonに潰されると言われた会社はなんとAmazonとも提携し、店舗は、「顧客の人生を豊かにするために自分には何ができるだろうか?」とワクワクしている、献身的で意欲に満ちた従業員のエネルギーで満たされるようになりました。

株主至上主義の破壊性

私は外資系企業に新卒入社し、複数の職種で社内の現場を転々としたのち、41歳で財務以外のバックオフィス機能を管掌する役員になりました。ニューヨーク本社から送り込まれ、ほどなく私をこのポジションに抜擢した新CEOのミッションは、今すぐ何とか手を打たなければ、10年先には存続が危ういと目されていた日本支社の立て直しでした。彼は、外部から手練れのCFOを招へいしました。そして、立て直しのプロであるCEO、CFOと、社内や業界事情には詳しいもののCHROのタイトルにはまったく見合わない、経営ひよっこの私のトロイカ体制で、自社変革に乗り出しました。

そこから、矢尽き刀折れて “闘い”から身を引くまでの約5年間は、今思えば自分の人生の中で最も有意義な経験をさせて頂いた時間だと言えますが、当時は日々ストレスにさいなまされ、特に毎年9月中旬から10月末までは、心身ともに非常に辛い時期でした。翌年の1月から始まる新しい会計年度の予算組みをして、当社の100%株主であるニューヨークの親会社の承認を得る時期だったからです。

市場の変化で利益はじりじりと下落し、ビジネスモデルの特徴から元々高い労働分配率は、目も当てられない程になっていました。仕組みの再構築が間に合わず、個人技と人力でなんとかしている社員たちは過労で疲弊し、メンタルダウンも後を絶たないというのに、本社からは毎年2桁成長を求められ、時差ゆえに深夜に行われる電話会議では、首の皮一枚まで追い詰められていました。結果的にはいつも、年内にリストラする必要があるヘッドカウント(頭数)を洗い出さざるを得ませんでした。株主から見れば、社員は「人間」ではなく、頭数と給与で割り出されるコストでしかありませんでした。

社員が幸せに働けて、同時に会社が儲かる経営をしたいと願っていた私は、瀕死の会社に株主利益優先で四半期ごとに圧をかけてくるビジネスのパラダイムに強い反感を抱き、さりとて一人で「資本主義」に戦いを挑むことなどできるはずもなく、絶望していました。

この環境ではもうやっていけない。体の不調もあり、先のことは決めずに会社を去る決心をしました。

「同じことを繰り返しながら、違う答えを求めるなんて、狂っている」(アインシュタイン)

資本主義のゲームのど真ん中にもう一度戻る気力はなく、さりとて生きていくには稼がねばならず、細々とコーチングやマネジメント研修で食いつないでいた個人事業主時代、企業の存在意義と社員個々人が大切にしている価値観とを結びつけ、社員の意識と行動を変革することで事業成長を促進する、というアプローチに出会いました。直感的に、自分が求めていたのはこれだ!と思いました。今から10年以上前のことです。それは、近年ビジネス界で話題になり始めた「パーパス経営」でした。

私を信頼して組織風土改革や事業の立て直しを任せてくださる経営幹部からご依頼を受けて、自分にできることは何でもやる姿勢で、様々な取り組みをさせていただきました。
目に見える結果が出て、新しい息吹が定着して軌道に乗るまで、お客様も私も長く苦しい時間を過ごします。コンサルの私が手を引いた後、失速して元に戻ってしまう事態に打ちのめされることもありました。

「ハート・オブ・ビジネス」の帯封には、「人こそがビジネスの核心」とあります。一人でもがいていた私も、そうだと思ってやっていました。しかし、自分が無意識的に株主至上主義の枠の中で「人こそすべて」と念じていたことに、この書籍が気づかせてくれました。

ゲームをリセットする

ユベールは「ハート・オブ・ビジネス」の中で、はっきりと株主至上主義を否定し、企業は「あらゆるステークホルダー」に豊かさをもたらすものだと述べています。小さくは会社というシステム、大きくは地球というシステムの持続可能性から発想すれば、当然の帰結だとも言えますが、この宣言には資本主義のゲームのルールをリセットする力を感じます。

書籍には、自分がビジネスパーソンとして生まれ育った環境である株主至上主義、そのための利益追求最優先の経営に深く疑問を感じるようになり、少しずつ自分の「パーパス」を明らかにしていった、ユベール自身の変化と成長のプロセスも記されています。

ユベールは、「ベストバイ」のV字回復の決め手は、驚くほどの力を発揮する「ヒューマン・マジック」、その導火線としての「何があなたを突き動かしているのか?」という「問い」だと述べています。

「ヒューマン・マジック」を引き起こす、リーダーの問い

“仕事は自分が生きる意味の探究の一部である”という信念を持っているユベールは、社員一人ひとりに、「人生の目的は何か?」「自分を突き動かしているものは何か?」という問いを投げ、深く考えるように後押しする機会を提供し続けました。そうして成文化された「ベストバイ」のパーパスは、「テクノロジーを通じて顧客の暮らしを豊かにする」でした。

四半期ごとに幹部で行う合宿のある回では、全員が幼少期の自分の写真を持参し、その頃のことや成長過程の個人的なエピソードを語り・聞く、長い時間を持ちました。
そして、そこには仲間への興味関心から生まれる無言の問いがありました。

  • 目の前のこの人は、どんな人間なのか?

  • どういう歴史を経てこの人になったのか?

  • これからどうなりたいと思っているのか?

  • 生きるエネルギーを何から得ているのか?

  • そのエネルギーの源と会社での仕事はどのように繋がっているのか?

ここに、“コーチ”の目線を感じるのは私だけでしょうか?
前々から、新時代のビジネスリーダーにはコーチのマインドが必要だと思っていましたが、はやりそうなんだ!と実感しました。

ユベールの文章には、自分の不完全さを歓迎しようと努め、「人間」を信頼して個人にフォーカスしようとする意思と、自他の人生への感謝があふれているように思えました。経営者としての、そして人間としての精神的成長の道を歩く彼の存在から発される “コーチの問い”が、周囲の人を変え、組織を変え、業績を変えるドライバーになったという事実に、私は大いに励まされました。この道でよいのだと確信をもって、身近で自分にできる、「このひと隅を照らす」試みに取り組み続けようと思いました。

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