見出し画像

鮭児(けいじ)

北海道へ行ったときのこと。必ず寄る居酒屋があって、七年ぶりの札幌の夜はそこへ行くことにした。北の大地はおいしいもの満載で、限られた時間のなか何を食べるか非常に迷う。今回は、ジンギスカンに行った後、二軒めに居酒屋に行くことにした。

東京ではありきたりなダイニングバー風の店内。カウンターに案内される。目の前にはホタテや鮭、海老なんかが山積みになっている。その左手の炭火の上には、カニやシシャモが火にあぶられていた。ジンギスカンでたらふく羊を食べてきたにもかかわらず、私と友人は思わず「おいしそう」とつぶやいた。この店にそなえて腹八分にしたことも手伝って、すでに空腹を感じる。

七年前に来たときは、ウニを殻ごと出してくれて、スプーンですくって食べた。おいしくてその上安くて、大口をあけて食べている私の写真まで撮ったくらい。今回もそれを期待して行ったのだけれど、季節外れなのか残念ながら殻付きのがない。お造りもめちゃ高い。意気消沈する私。

「でも何か北海道ぽいもの食べたいよね」とメニューをじっくり検討してみる。お寿司も置いてあるので、あぁだこうだと話し合うが、お互いの好みもあってなかなか決まらない。すると、ふと「鮭児(けいじ)」という二文字が飛び込んできた。

何かめずらしい鮭らしい、ということは知っていたのだけれど、それくらいの知識しかなくてとりあえず握りをオーダーしてみる。目の前にいる板さんが握ってくれた。一万匹に一匹いるかいないかのめずらしいものらしい。へぇ、と感心し、箸をつけようとした私のとなりで、「お寿司、サビ抜きにするの忘れた……」と嘆きの声が聞こえた。彼女はサビ入り寿司が食べられない。それをすっかり忘れていた。食べる前に気付いたのが不幸中の幸いだったが、さてどうするかと一瞬固まっていると、それを見た板さんがサービスでサビ抜きを握ってくれることに。手付かずのサビ入りはもう一貫私のもとへきた。ラッキー。

味わってみる。サーモンよりも、ハラスよりも脂の味。けれどしつこくない。おいしい! 大トロは脂が乗りすぎていると思う私でも抵抗なく食べられた。お寿司なので一口で終わってしまうのも、さみしいけれどちょうどいい。しかも私にはおかわりまである。地酒をひとくち飲んで、「幸せだなぁ……」とつぶやいた。

鮭児を食べてテンションの上がった私たちはよく飲みよく喋る。好きな人の話になった。グルメで通っているその人について盛り上がっていると、友人が一つの逸話を思い出した。家を訪問した客が、玄関に桐の箱を見つけて「これは何ですか?」と聞いたらしい。すると本人が、「取り寄せた珍しい鮭なんだ」と言ったそうだ。

もしかして……? すかさず携帯のネットで調べてみる。確かにお取り寄せでいくつか商品が見つかった。問題なのはその値段。一匹十万円とあるではないか。鮭で十万……。食べるのが好きなのは知っていたけれど、本人が稼いだお金で買ったから誰にも迷惑はかけていないけれど、それでも……。楽しい話をしていたはずなのにちょっと酔いがさめてしまったのだった。

ちなみに北海道では、他にスープカレーと二回もいくら丼を食べて、大変満足だった。そうそう、居酒屋で食べた新じゃがもおいしくて、「配送できます」の文字に思わず注文しそうになった。量が多くて泣く泣くあきらめたが、お取り寄せする気持ちが少しだけわかってしまって、文句ばっかり言えないなと思ったのだった。

*****
学校の課題で、何がテーマだったのかは覚えていないのですが、そうだ、こないだ北海道の遠征に行ったときの話にしよう、と書いた話。珍しくエッセイですね。全部実話。記憶はないけど、自分たちがやりそうなことばかりしてる笑。
先日、北海道物産展でじゃがいもを買おうとしていた私。いも好きは変わらずでした。(予算オーバーで買えず…)

この記事が参加している募集

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?