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クズ星兄弟の日常・4

帯

「おい!」と、雑虗に声を掛ける。
 樹の虚みたいな目が、明確な敵意を俺に向けた。
「テメェ、斎藤トシオだろ」

 この雑虗は生前、斉藤トシオという名前だった。
 工場の派遣社員で享年40歳。
 真面目で気の弱い男だったが、ある日、工場の先輩に連れてこられたこの店のキャバ嬢、ミユキ(源氏名)に一目惚れし、何とか気を引こうと給料をすべてこの女に貢ぎ、それだけじゃ足らずに会社から給料の前借り、消費者ローンに手を出し焦げつかせ、最後は闇金から借金を重ねていたという。

 だが、ミユキの方は斎藤を便利なATMくらいにしか思ってなくて、もう金が引き出せないと知ると、あっさりと捨てちまった。それもかなりこっ酷いやり方で。

 その翌朝、全てを失った斎藤は、わざわざミユキの住むマンションの屋上から飛び降りて惨めな生涯を閉じた。まぁ、よくある話だ。
 生前に深い恨みを残して死んだ人間の魂は、腐って穢れ悪臭を放ちつ。それがあいつ。哀れな斎藤の“成れの果て”ってわけだ。

 俺は、グラサンを外すと胸ポケットから取り出したタバコに火を点けて、吸い込んだ煙を深く吐き出した。
 ちなみに、グラサンはU0(幽霊)遮断レンズ使用で、タバコは瘴気を打ち消す成分を含んだ特別な葉が巻かれている。どちらも霊能者用の特製品だ。

「テメェ、ミユキとかいう女に随分入れ込んでだらしいな。それでこっ酷くフラれて死んだって?
 でもよ、相手は男をその気にさせるプロだぜ。素人がどうこう出来る相手じゃねえって事くらい、テメェも薄々分かってただろ」

うるぜえぇえぇぇぇぇぇ!!!

 雑虗となった斎藤が叫ぶ。黒板を爪で引っ掻いたような耳障りで不快な声に、俺たちは思わず顔を顰めた。
『ミユギは、あの女は、オデのごどをやざじぐですでぎっていっだんだ!!げっごんずるなら、あなだみだいなひどがいいっで! 
ぞれなのに、ぞれなのにあのおんな……オデをウラギリやがっでぇぇ!!』
 ノイズ混じりの聞き取りずらい言葉で、雑虗は呪詛を叫び続ける。
『オデがいじもんなジになっだどだん、アンダみだいなクゾだぜえオッザン、ガネがながっだらダレもあいでなんがずるわけねえだろっで!!
 どっがにぎえろグズがっで!!
  ごのミゼのれんじゅうどわらいモのにじやがっで!!
 オデは、オデハ、ほんぎであいじでだのに……
だがら――』

 だから。

「だから、“ミユキを殺した”のか」
 俺の発した一言に、雑虗は一瞬怯んだような素振りをみせ、隣のセイも驚いたように俺を見た。
 証拠は何もないし、女、ミユキは雲隠れしただけかもしれない。
 だが、俺には確信があった。
 他の雑虗と比べても一際ひでぇ悪臭。原型を止めないほど腐り歪んだ魂。
 俺はこのおぞましい魂を“知っている”。
「兄貴、それって……」
「さっき、あのスーツ野郎が言ってたろ。ミユキはコイツが死んだ日に”消えた“ってよ」
「それじゃぁ……」
 あぁ、間違いねぇ。
「ミユキは“消えた”んじゃねぇ。コイツに殺されたんだ」

『オ、オデはわるぐない!!あいづが、あのオンナが!!』

「うるせぇ!」
 俺はありったけの大声で、元斎藤の耳障りで不快な声をかき消す。
「被害者ヅラすんじゃねえぞ斎藤。テメェ、ミユキを『本気で愛してた』と抜かしやがったが、返せねえほどの借金こさえて、金だの品物だの貢ぎまくったのは“あわよくば”ってスケベ心があったからだろうが!」
『ぢがう!!』
「違わねえさ。 女はな、男のスケベ心なんざ全部見透かしてる。
 特に歌舞伎町の女は何度も騙し騙されの修羅場潜ってきてんだ。テメエごときの安いスケベ心なんざ、最初からお見通しよ」
 話しながら横目でセイを見る。俺の意図に気づいたセイは、雑虗に気づかれないように、こっそり奥で気絶している弥生の正面に移動した。

「この街じゃ、惚れた腫れたはギャンブルと同じ。惚れさせ貢がせりゃ勝ち。惚れて貢いだら負け。勝負に負けてオケラになりゃぁ大人しく場から離れる。それがこの街で唯一絶対のルールだ。
なのに、テメェは負けた腹いせに女を殺しちまった」
 コートのポケットからメリケンサックを取り出して、右手に嵌める。
 人にも悪霊にもダメージを与える優れものだ。 

「こいつは重大なルール違反だぜ」

『オデはわるぐない!! オデはわるぐない!! オデはわるぐない!! オデはわるぐないいぃぃぃぃぃ!!』
 元斎藤だった雑虗は、俺の言葉など聞く耳持たぬとばかりに叫び続け、酒瓶だのグラスの破片だの、すでに半壊状態の椅子やテーブルまでもが、宙に浮き上がっては俺目掛けて飛んでくる。ポルターガイスト現象ってやつだ。
 だが、その殆どは俺ではなく壁や床に当たる。駄々を捏ねるガキが、手当たり次第に掴んだ物を投げるだろ? あんな感じさ。

 さて、手順その1「交渉」は決裂。そろそろ“手順その2”に移行しようか。

つづく

帯

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