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クズ星兄弟の日常・3


帯

 「悪霊祓い」に一番大事なのは何だと思う。
 霊力? 悪霊に惑わされない強い精神力?
 ハズレじゃないがどっちも一番ってわけじゃない。
 じゃあ、一番大事なのが何かと言えば、そいつは“手順”だ。
 一神教であれ、多神教であれ、自然信仰や民間信仰であれ、人間てやつは多かれ少なかれ、宗教と切り離すことは出来ねぇからな。

 何?「自分は無宗教」だって?
 確かに「日本人は宗教がない」なんて言われるが、そいつは間違いだ。

 あんたらだって、お宮参りに七五三、大晦日には除夜の鐘を聞き、正月には初詣、節分には豆蒔き、盆には墓参りに行って、自分がくたばりゃ葬式をあげるだろ。そいつは全部、宗教行事じゃねえか。
 日本人にないのは「宗教」じゃなく「信仰」だ。“宗教がない”んじゃなくて宗教が日常に浸透しすぎて「形骸化」しちまってるのさ。

 ともあれ、信じるかどうかは別にして、殆どの人間は宗教と完全に無関係じゃいられねえし、そうした神事・仏事では“手順”が何より大事になる。
 何故ならそれらは神仏との“契約”だからな。そこには厳格なルールが定められている。
 そして、そいつは「悪霊祓い」だって例外じゃねえ。

 例えば生前、仏教徒だった悪霊はエクソシストの手順じゃ祓えねえし、逆もまた然り。何故なら死生観も神の捉え方も全くの別物からだ。
 だから各宗教・宗派ごとに「除霊」儀式の手順は違うし、霊能者ってやつはそれぞれの“手順”に沿って悪霊を祓う。

 ところが稀に、生まれてから死ぬまで宗教行事に一切関らねぇヤツがいる。そういうヤツらが悪霊化しちまうと厄介だ。
 なんせ、ヤツらは神仏と“契約”してねぇからな、霊能者の手順(ルール)が通じねぇ。
 だから、そういうヤツは「雑虗(ザコ)」と呼ばれ、霊能者から忌み嫌われるのさ。

 すっかり前置きが長くなっちまったが、そこで俺たちの出番ってわけ。
 俺たちは通称“ザコ専”「雑虗」専門の霊能者ってわけだ。

 「臭ぇ……」
 店に充満する悪臭にセイが顔を顰める。
 雑虗は独特の悪臭を放つ。それは例えるなら……。いや、やっぱ止めとこう。ともかく雑虗は臭い。それが霊能者に嫌われる一因でもある。
 しかし、コイツは今まで嗅いだ悪臭の中でも一際だ。

「兄貴、あれ……」
 グチャグチャに荒らされ、アチコチに「リーガンのゲロ」のような何かが巻き散らかされた店の中央。セイが指差す先に一体の悪霊がいた。
 なるほど、あのスーツ野郎が“ヘドラ”と例えたのも納得だ。ヘドラを知らない奴は、抹茶色のチョコレートフォンデュファウンテンを想像してくれ。

「完全に腐ってやがるな……」
 “ソイツ”は、ドロドロの体でじっとコッチを睨んでいる。
 その奥に目をやると、“何とか巻き”で盛りに盛った金髪がグチャグチャに解け、スパンコールがあしらわれた真っ赤なドレスをはだけた半裸の女が横たわっていた。
 息はあるようだが可哀想に。野郎の放つ瘴気に当てられて気を失ったのだろう。 

 「チッ」セイの舌打ちが聞こえた。
 コイツは女を雑に扱うヤツが大嫌いなのだ。半裸で気を失ってる弥生とかいう女を見て、相当ムカついたらしい。

 斯く言う俺も気持ちは一緒。だがコイツはあくまでビジネスだ。問題解決のためには冷静に“手順”を踏まなきゃならねえ。

 神仏との契約がない「雑虗」を祓うにも、そのルール自体は変わらない。
 俺はまずマニュアルに従い、手順その一「交渉」から始める事にした。

つづく

帯

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