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プラプラ堂店主のひとりごと㊼

〜古い道具たちと、ときどきプラスチックのはなし〜

主婦のプロのはなし

 初めて店に来たその人は、ドアを開けてぼくを見るとにっこりと微笑んだ。60代くらいだろうか。明るいショートカットで、細身の小柄な女性だ。黄色の花柄のワンピースにグレーのカーデガンが良く似合っている。店内をぐるりと眺める。大きな目がくるくると動く。それから、商品をひとつひとつ手に取りながら、店の中をまわった。

「あら、かわいい」

手にしていたのは、つい先日入ったばかりの小さなガラスのコップだ。おそらく手描きであろう。赤、青、白の花が描いてある。

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「それ、ヨーロッパの蚤の市の物だそうですよ。先日入ったばかりなんです」

「あら、そうなの。この子、うちの子になりたいって。連れて帰るわ」

そう言って、コップをやさしくレジテーブルに置いた。それからまた、他の品を手に取っては、じっくり見ていた。まるで物に話しかけるように、愛おしそうに。抹茶碗を手にしたのを見て、ぼくは慌てた。

「それは、あの。売り物ではないんです」

「ふふ、そうでしょうね」

「…え?」

「アタシはここの主だ!って、顔してるもの」

「あの、それって…」

「いやね。そんな気がするだけよ。私、主婦なの。家事のプロなのよ。家事って、本当にたくさんあるし。大変でしょ。でもね、家事は効率じゃないの。家事ってのはね、手で愛情を伝えることなの。そのために一番大事なのは『自分の機嫌の良さ』を優先することなのよ。出来ない自分を責めないで、自分の気持ちを第一に優先する。そうするとね、逆に効率が良くなるの」

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ううむ。にわかには信じられない。だって、そんなんじゃ結局何もしなくなりそうだ。怪訝な顔をしていたのだろう。その人は笑いながら言った。

「そんな顔、しないでよ!そうよね、わかりにくいわよねぇ。でも、久しぶりよ。こんなにうれしくなる品揃えのお店!見ててうれしくなっちゃった!お店の中の物、みんな生き生きしてるんだもの。きっと、大切に扱っているのね。私、家の中の物にもね、全部に手と愛情をかけているの。好きな物しか置かないの。そうすると物だって、みんな生き生きするのよ」

「あ、いやぁ。でも、ありがとうございます」

ぼくはどぎまぎしてしまった。物と話ができるんだ。この人は。いや、ぼくのように話すのとは違うかもしれないけれど。恐るべし、主婦のプロ!会計をして店を出る時、ふと振り向いてその人は言った。

「あの戸棚の奥のぐい呑みと湯呑み、ちょっと寂しそうだったわよ」

う!図星だ。後で手入れをして、ちゃんと話しかけてあげないと…。

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